上 下
28 / 40

和やかな家族

しおりを挟む
 ひとり娘であるアリシアとの結婚により、レアンは婿養子になった。

 それはひとり娘の婿としてダナン侯爵家に寄り添う生活の始まりでもある。

 今日もレアンは書斎で前ダナン侯爵であるリチャードから仕事を教えられていた。

 天井近くまである大きな窓の外は明るい。

 太陽の光が窓の近くに置かれた執務机にまで届いている。

 その執務机を挟んで、リチャードとレアンは向かい合って座っていた。

「……と、今日はこんな所かな」

 トンッと書類をまとめるとリチャードはフゥーと溜息をついた。

「ありがとうございます。だいぶ分かってきました」

 執務机に座って作業していたレアンが笑顔で言う。

 新しいダナン侯爵が執務机の椅子に座り、その前にいるリチャードは予備の椅子に座っている。

 椅子は簡単に換えることができるが、仕事はそうはいかない。

「同じ屋敷に住むだけでなく、仕事も手伝っていただけて助かります」

「いやいや。私としてもアリシアと離れてしまうのは寂しいから嬉しいよ」

 にっこり笑って言うリチャードにレアンも笑顔を返した。

「でも仕事は伯爵として役割を果たしてきたアナタなら簡単でしょう?」

「いえいえ。領地の広さも商売の内容も違いますから毎日が勉強です」

「ならば、アナタは優秀な生徒さんだ」

「ありがとうございます」

 レアンを見つめていたリチャードはふっと表情を引き締めて、改まった調子で聞く。

「ところで……王家からは何も言ってはきませんか?」

「はい、リチャードさま。いまのところ私には何の接触もありません」

「そうですか。それなら良いのですが……」

「何か気になる事でも?」

 思案深げな表情を浮かべたリチャードに、レアンは問いかけた。

「んー……レアンさま?」

「何でしょうか、リチャードさま」

「そろそろ、義父ちちと呼んでくださいませんか?」

「あっ……」

 チロンと上目遣いでこちらを見てくるリチャードに、レアンは不意を突かれたような表情を浮かべた。

 家柄もよく優秀な貴族でもあるリチャードは、年齢に見合わずお茶目な所がある。

 命を守るために身を隠すようにして生きてきて常に緊張感のあるレアンとは違う社交術を使うのだ。

「アナタも婿に入って我々と家族になったのだから、義父ちちと呼んでくれてもよいのではないですか?」

「あっ……あっ、そうですね」

 レアンはポンッと赤くなる。
 
(言われてみればそうだ……リチャードさまは私の義父ちち上になったのだ)

 生まれた時には実父を亡くしていたレアンには、父と呼んでいた人物はいない。

(祖父と祖母はいたけれど、父は……ああ、母もだ。生きている人に、その言葉を使ったことはない)

「では、リチャードさま……いえ、義父ちち上。私のことはレアンと、敬称なしで呼んでいただけますか?」

「はい、レアン」

 照れくさそうに自分を呼ぶレアンに、リチャードはふんわりした笑顔を浮かべた。

(やはり親子だ。アリシアと笑顔が似ている)

 リチャードの笑顔を見ながら、自分もダナン侯爵家の一員になったのだとレアンはくすぐったい思いがした。

 そこへアリシアとニアが、お茶の乗ったワゴンを引く侍女を引き連れてやってきた。

 書斎の隅に飾られた白いアリウムと紫のラベンダーが揺れる。

 にこやかにニアが言う。

「そろそろ休憩されるでしょ?」

「ああ、そうだ。流石のタイミングだな、私の奥さんは」

「まぁ、ふふふ」

 リチャードが言えば、まんざらでもなさそうにニアは笑う。

 仲の良さそうな両親を眺めてアリシアが言う。

「ふふ。わたしたちもあんな風になりたいわね」

「ん……そうだね」

 レアンは心の底からそう思った。

 ハーブの良い香りが書斎に漂う。

 ふんわりと笑みを浮かべたニアが言う。

「今の時期は紅茶よりもハーブティーの方が良いかと思って」

「我が家は毎年、そうなのよ。夏は良い紅茶の葉が手に入りにくくなるから」

 アリシアの説明に続いてニアはレアンに聞く。

「レアンさまは、ハーブティーお好きかしら?」

「はい、好きです」

 マリーゴールドにカモミール。透明なティーポットのなかで花や緑の葉が揺れる。

「さぁ、こちらでいただきましょう」

 ニアが応接セットの方へ皆を誘う。

「さぁさ、レアンさまはそちらに……」

「あっ、あの……」

 言われるままアリシアの隣の席に座りながら、レアンはニアに言う。
 
「何でしょうか?」

「あの……私のことはレアンと、敬称なしで呼んでいただけないでしょうか? それで……あの……ニアさまのこと……義母はは上と……お呼びして良いでしょうか?」

 頬を赤く染めたレアンが少しどもりながら伝えると、ニアは驚きに目を見開いて両手で口元を押さえた。

 ニアはしばしレアンをじっと見つめる。

 そして、大きな青い目を潤ませて、

「っ……ええ、ええ……」

 と、何度もうなずいた。

 涙ぐみながらうなずくニアに、どうすればよいのか分からないといった風におろおろするレアン。
 
 その光景を、リチャードとアリシアは笑みを浮かべて見守っていた。

 レアンは婿養子としてダナン侯爵家のひとりになった。

 それはダナン侯爵家の人々がレアンに寄り添う生活の始まりでもあった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

婚約「解消」ではなく「破棄」ですか? いいでしょう、お受けしますよ?

ピコっぴ
恋愛
7歳の時から婚姻契約にある我が婚約者は、どんな努力をしても私に全く関心を見せなかった。 13歳の時、寄り添った夫婦になる事を諦めた。夜会のエスコートすらしてくれなくなったから。 16歳の現在、シャンパンゴールドの人形のような可愛らしい令嬢を伴って夜会に現れ、婚約破棄すると宣う婚約者。 そちらが歩み寄ろうともせず、無視を決め込んだ挙句に、王命での婚姻契約を一方的に「破棄」ですか? ただ素直に「解消」すればいいものを⋯⋯ 婚約者との関係を諦めていた私はともかく、まわりが怒り心頭、許してはくれないようです。 恋愛らしい恋愛小説が上手く書けず、試行錯誤中なのですが、一話あたり短めにしてあるので、サクッと読めるはず? デス🙇

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす

初瀬 叶
恋愛
『本の虫令嬢』 こんな通り名がつく様になったのは、いつの頃からだろうか?……もう随分前の事で忘れた。 私、マーガレット・ロビーには婚約者が居る。幼い頃に決められた婚約者、彼の名前はフェリックス・ハウエル侯爵令息。彼は私より二つ歳上の十九歳。いや、もうすぐ二十歳か。まだ新人だが、近衛騎士として王宮で働いている。 私は彼との初めての顔合せの時を思い出していた。あれはもう十年前だ。 『お前がマーガレットか。僕の名はフェリックスだ。僕は侯爵の息子、お前は伯爵の娘だから『フェリックス様』と呼ぶように」 十歳のフェリックス様から高圧的にそう言われた。まだ七つの私はなんだか威張った男の子だな……と思ったが『わかりました。フェリックス様』と素直に返事をした。 そして続けて、 『僕は将来立派な近衛騎士になって、ステファニーを守る。これは約束なんだ。だからお前よりステファニーを優先する事があっても文句を言うな』 挨拶もそこそこに彼の口から飛び出したのはこんな言葉だった。 ※中世ヨーロッパ風のお話ですが私の頭の中の異世界のお話です ※史実には則っておりませんのでご了承下さい ※相変わらずのゆるふわ設定です ※第26話でステファニーの事をスカーレットと書き間違えておりました。訂正しましたが、混乱させてしまって申し訳ありません

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

処理中です...