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緩やかな前進
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綺麗に晴れた日の午前中。レアンはいつものように笑顔でやってきた。
「こんにちは、アリシア。今日はキミに紹介したい人を連れてきたよ」
「アナタは……」
アリシアはレアンが連れて来た人物を見て驚く。
「お久しぶりでございます、アリシアさま」
「アナタは王宮での侍女……」
「はい。マイラです」
あの日。学園卒業式典の日に王太子の色をまとったアリシアを褒めそやして送り出した侍女の中のひとりが目の前にいる。
小柄で黒髪に黒い瞳の目立たない侍女だった。
「えっ……なぜ?」
「彼女は私の執事であるセバスチャンの娘だ。私はキミの側に近寄れなかつたから心配で彼女に侍女として側にいてもらったんだ」
「あ……」
アリシアの薄ぼんやりとしていた思考が緩やかに本来の働きを取り戻していく。
(わたくしは……見守られていた?)
家族と切り離されて王宮にひとりきり。王妃教育に学園の勉強、お茶会に夜会。忙しいのに国王も王妃も、他の王族の人たちもどこかよそよそしくて。頼みの綱の婚約者、王太子殿下は冷たくて。スケジュールはピッチリ埋まっているのに、寂しくて虚しさを抱えていた日々。
(あの時も……見守られていたの?)
目前で笑みを浮かべる金の瞳は優しくて誠実で、嘘偽りがあるようには思えない。
「私がマイラから得た情報は、ダナン侯爵夫妻とも共有していた。だからキミが思っている以上に私たちはキミのことを知っているよ」
「あっ……」
「でもね。どんな優秀な人材をキミの側に付けたって、キミの気持ちは分からない。本当のところは、何も知らないんだ。ごめんね?」
レアンは少しだけきまり悪そうな笑みを見せる。
だけれども、そんな姿さえ誠実で温かい。
アリシアは霧が晴れて視界が鮮明になっていくように感じた。
「あっ……」
本人すら気付いていなかったモヤついたものが晴れていく感覚。
五感が急速に戻ってくるような感覚にアリシアは戸惑う。
喜怒哀楽がとりとめもなく沸き上がり、どの感情が何と結びついているのが分からないまま全身に広がっていく。
体は震え、声は喉奥に詰まって意味のある言葉が出てこない。
そんなアリシアの前にレアンは切り花を一抱え差し出した。
それは色さまざまなスイートピー。
「庭から盗んできたわけじゃないよ。庭師が切ってくれたんだ」
差し出されたモノを腕の中にポスンと素直に受け取ったアリシアに、心地よく響く声でレアンが問う。
「ねぇ、アリシア? 出来る事なら、私を婚約者候補のひとりとして見て貰えないだろうか?」
「……っ」
正気を取り戻しつつあるアリシアの知識が腕の中にあるスイートピーの花言葉を紐解いていく。
赤いスイートピーの花言葉は「さようなら」と「門出」。
黄色は「分別」に「判断力」。
白は「ほのかな喜び」。
ピンクは「繊細」と「優美」、そして「恋の愉しみ」。
そして紫は「永遠の喜び」。
「私は、キミを守りたい。キミと……幸せになりたい」
「……ッ……」
アリシアの視界がブワッと滲んでいく。
目を開けているのも辛いほどの涙が次から次へ溢れこぼれる。
お嬢さまお花をお預かりしますね、と、言ったマイラの声も心なしか遠い。
レアンの表情を見ようと努力するのだが、金の髪も金の瞳も滲んでしまって笑みを浮かべている事しか分からない。
「返事は、待つよ。その涙が乾いて……キミ自身が答えを出せるまで、ね」
「……ッ」
滝のように流れる涙が、寄り道の与えた苦痛を浄化していく。
柔らかに涙を拭う感触と、髪を撫でる大きな手。
答えは、もう出ているけれど。
涙が乾くまでレアンが待ってくれるというのなら、それに甘えようとアリシアは思った。
この日、王太子殿下とミラ・カリアス男爵令嬢改めミラ・シェリダン侯爵令嬢の婚約が大々的に発表された。
「こんにちは、アリシア。今日はキミに紹介したい人を連れてきたよ」
「アナタは……」
アリシアはレアンが連れて来た人物を見て驚く。
「お久しぶりでございます、アリシアさま」
「アナタは王宮での侍女……」
「はい。マイラです」
あの日。学園卒業式典の日に王太子の色をまとったアリシアを褒めそやして送り出した侍女の中のひとりが目の前にいる。
小柄で黒髪に黒い瞳の目立たない侍女だった。
「えっ……なぜ?」
「彼女は私の執事であるセバスチャンの娘だ。私はキミの側に近寄れなかつたから心配で彼女に侍女として側にいてもらったんだ」
「あ……」
アリシアの薄ぼんやりとしていた思考が緩やかに本来の働きを取り戻していく。
(わたくしは……見守られていた?)
家族と切り離されて王宮にひとりきり。王妃教育に学園の勉強、お茶会に夜会。忙しいのに国王も王妃も、他の王族の人たちもどこかよそよそしくて。頼みの綱の婚約者、王太子殿下は冷たくて。スケジュールはピッチリ埋まっているのに、寂しくて虚しさを抱えていた日々。
(あの時も……見守られていたの?)
目前で笑みを浮かべる金の瞳は優しくて誠実で、嘘偽りがあるようには思えない。
「私がマイラから得た情報は、ダナン侯爵夫妻とも共有していた。だからキミが思っている以上に私たちはキミのことを知っているよ」
「あっ……」
「でもね。どんな優秀な人材をキミの側に付けたって、キミの気持ちは分からない。本当のところは、何も知らないんだ。ごめんね?」
レアンは少しだけきまり悪そうな笑みを見せる。
だけれども、そんな姿さえ誠実で温かい。
アリシアは霧が晴れて視界が鮮明になっていくように感じた。
「あっ……」
本人すら気付いていなかったモヤついたものが晴れていく感覚。
五感が急速に戻ってくるような感覚にアリシアは戸惑う。
喜怒哀楽がとりとめもなく沸き上がり、どの感情が何と結びついているのが分からないまま全身に広がっていく。
体は震え、声は喉奥に詰まって意味のある言葉が出てこない。
そんなアリシアの前にレアンは切り花を一抱え差し出した。
それは色さまざまなスイートピー。
「庭から盗んできたわけじゃないよ。庭師が切ってくれたんだ」
差し出されたモノを腕の中にポスンと素直に受け取ったアリシアに、心地よく響く声でレアンが問う。
「ねぇ、アリシア? 出来る事なら、私を婚約者候補のひとりとして見て貰えないだろうか?」
「……っ」
正気を取り戻しつつあるアリシアの知識が腕の中にあるスイートピーの花言葉を紐解いていく。
赤いスイートピーの花言葉は「さようなら」と「門出」。
黄色は「分別」に「判断力」。
白は「ほのかな喜び」。
ピンクは「繊細」と「優美」、そして「恋の愉しみ」。
そして紫は「永遠の喜び」。
「私は、キミを守りたい。キミと……幸せになりたい」
「……ッ……」
アリシアの視界がブワッと滲んでいく。
目を開けているのも辛いほどの涙が次から次へ溢れこぼれる。
お嬢さまお花をお預かりしますね、と、言ったマイラの声も心なしか遠い。
レアンの表情を見ようと努力するのだが、金の髪も金の瞳も滲んでしまって笑みを浮かべている事しか分からない。
「返事は、待つよ。その涙が乾いて……キミ自身が答えを出せるまで、ね」
「……ッ」
滝のように流れる涙が、寄り道の与えた苦痛を浄化していく。
柔らかに涙を拭う感触と、髪を撫でる大きな手。
答えは、もう出ているけれど。
涙が乾くまでレアンが待ってくれるというのなら、それに甘えようとアリシアは思った。
この日、王太子殿下とミラ・カリアス男爵令嬢改めミラ・シェリダン侯爵令嬢の婚約が大々的に発表された。
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