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新しい一歩
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私室とはいえアリシアの部屋は広い。
大きな窓からは庭がよく見えた。ダナン侯爵家のお抱え庭師が丹精込めて作っている庭は四季折々に美しい姿を見せるのだ。
今日も晴れた空の下、クロッカスやラナンキュラス、アネモネと色鮮やかに咲き誇り輝いていた。
丸い噴水を囲むようにして広がる白やピンク、赤や紫、黄色やオレンジにアプリコットの花弁が緑と一緒に揺れている。
窓の外に気持ちよさそうな日差しと風を感じながらの室内は、明るい雰囲気に包まれていた。
来客のために運び込まれたテーブルの上には、華やかなティーセットとお菓子、そして紅茶が並んでいる。
ふたり分用意された席に向かい合わせに座り、ほのかに甘い花の香りがする紅茶を飲みながらアリシアとレアンは会話に花を咲かせた。
もっとも。話しているのは主にレアンで、アリシアはどこかぼんやりとした表情を浮かべて聞いていた。
レアンが昔話をした時に反応することもあれば、反応がないこともある。
(幼い頃のことだ。記憶がおぼろげな所もあるのだろう。だが。これは記憶にないのか、薄ぼんやりしていて反応できないのか、どちらだろうか?)
話しながらレアンはアリシアを知ろうと必死になって観察する。
笑顔の奥に切なさと野望を隠してレアンはアリシアと向き合っていた。
(昔通りの彼女を取り戻すのは無理でも……私は少しでも多く、本来のアリシアを取り戻したい)
レアンは土産に持ってきた焼き菓子をアリシアに勧めながら考えていた。
一方のアリシアは、幼い日の思い出と目の前のレアン、離れていた間にあった事を重ね合わせながら考えていた。
(優しいお兄ちゃまは、やっぱり今も優しいわ。……あぁ、いけない。レアンとお呼びする約束でしたわ。それにしても。こんなに優しいレアンとペドロさまを重ねて考えていたなんて。わたくしは愚かでしたわ。やはり、わたくしは使えない子、でしたのね……)
ふと虚しさが胸を塞ぐ。
「……シア? ……アリシア? どうかしたの?」
「いいえ、何でもないわ。レアン」
アリシアは笑顔を作って見せる。レアンは一瞬、不意を突かれたような顔をして、再びいつもの優しい笑顔を浮かべた。
◆◆◆
その日を境に、レアンは頻繁にダナン侯爵家を訪れるようになった。
「やぁ、アリシア。お邪魔するよ」
「こんにちは、レアン。いらっしゃいませ」
「今日のお土産はね……」
レアンの訪問先はアリシアの部屋だ。
屋敷の一歩外に出れば穏やかな日差しの下、花々を愛でながら語り合うことができる。
しかし、今はまだ早い。
アリシア本人に自覚がなくても、彼女は普通の状態ではなかったからだ。
もともと華奢な体は細く弱々しく、表情もぎこちない。
レアンは、そんなアリシアを見ては切なさを覚える。
(アリシア、早く本来のキミを取り戻したいよ……)
ふとした時に見せる表情は、儚く何処かへ行ってしまいそうで不安になる。
話題のお菓子を持ち込んで最近の流行りを話すなど、レアンはアリシアの興味を今に向けられるように必死だった。
(今日もレアンは優しいわ)
アリシアはふわふわとした笑みを見せながらも、崩れてしまった自分の一部を眺める。
ダナン侯爵家での生活が安定してくるにつれ、自分の内側にある崩壊してポッカリと空いた穴のような部分が強く感じられるようになってきた。
(心の中に白く燃え尽きた灰のような虚無が詰まっているみたい。皆、傷付いたのだから、疲れているのだから、と、慰めてくれるけれど。……心の中にまでこんな傷のある貴族令嬢に、価値なんてないわね)
相変わらず何もする気になれず、アリシアの生活は私室をほとんど出ることなく回っていた。
(価値のないわたくしなどにこんなに優しくしてくれて。レアンは、なんて素敵な人なのかしら。でもなぜ、わたくしなどに構ってくれるのかしら?)
穏やかな金の瞳に見守られながら、アリシアは不思議そうにレアンの揺れる金髪を見ていた。
◆◆◆
晴れた日には、レアンの笑顔がある。
曇った日には、来たり来なかったり。
雨の日には来ない。
「今日は寂しいわね」
雨降る空を眺め、アリシアはポツリつぶやく。
庭を見れば雨に打たれた花々は花弁をクッタリとさせている。
黄色や紫、白や赤紫、薄紫と賑やかに咲いていたクロッカスは終わる時期を迎えているようだ。
(これからの時期はスイートピーが見頃を迎えるのよね。ピンクに白に紫に。あと、黄色や赤もあったはずよ)
クロッカスが終わってしまうのは寂しいけれど、スイートピーが賑やかに咲いているのも可愛らしい。
「明日は、賑やかになるかしら?」
なんとなくつぶやけば。
メイドが、そうなると良いですね、と、言いながらアリシアの肩にショールをかけた。
大きな窓からは庭がよく見えた。ダナン侯爵家のお抱え庭師が丹精込めて作っている庭は四季折々に美しい姿を見せるのだ。
今日も晴れた空の下、クロッカスやラナンキュラス、アネモネと色鮮やかに咲き誇り輝いていた。
丸い噴水を囲むようにして広がる白やピンク、赤や紫、黄色やオレンジにアプリコットの花弁が緑と一緒に揺れている。
窓の外に気持ちよさそうな日差しと風を感じながらの室内は、明るい雰囲気に包まれていた。
来客のために運び込まれたテーブルの上には、華やかなティーセットとお菓子、そして紅茶が並んでいる。
ふたり分用意された席に向かい合わせに座り、ほのかに甘い花の香りがする紅茶を飲みながらアリシアとレアンは会話に花を咲かせた。
もっとも。話しているのは主にレアンで、アリシアはどこかぼんやりとした表情を浮かべて聞いていた。
レアンが昔話をした時に反応することもあれば、反応がないこともある。
(幼い頃のことだ。記憶がおぼろげな所もあるのだろう。だが。これは記憶にないのか、薄ぼんやりしていて反応できないのか、どちらだろうか?)
話しながらレアンはアリシアを知ろうと必死になって観察する。
笑顔の奥に切なさと野望を隠してレアンはアリシアと向き合っていた。
(昔通りの彼女を取り戻すのは無理でも……私は少しでも多く、本来のアリシアを取り戻したい)
レアンは土産に持ってきた焼き菓子をアリシアに勧めながら考えていた。
一方のアリシアは、幼い日の思い出と目の前のレアン、離れていた間にあった事を重ね合わせながら考えていた。
(優しいお兄ちゃまは、やっぱり今も優しいわ。……あぁ、いけない。レアンとお呼びする約束でしたわ。それにしても。こんなに優しいレアンとペドロさまを重ねて考えていたなんて。わたくしは愚かでしたわ。やはり、わたくしは使えない子、でしたのね……)
ふと虚しさが胸を塞ぐ。
「……シア? ……アリシア? どうかしたの?」
「いいえ、何でもないわ。レアン」
アリシアは笑顔を作って見せる。レアンは一瞬、不意を突かれたような顔をして、再びいつもの優しい笑顔を浮かべた。
◆◆◆
その日を境に、レアンは頻繁にダナン侯爵家を訪れるようになった。
「やぁ、アリシア。お邪魔するよ」
「こんにちは、レアン。いらっしゃいませ」
「今日のお土産はね……」
レアンの訪問先はアリシアの部屋だ。
屋敷の一歩外に出れば穏やかな日差しの下、花々を愛でながら語り合うことができる。
しかし、今はまだ早い。
アリシア本人に自覚がなくても、彼女は普通の状態ではなかったからだ。
もともと華奢な体は細く弱々しく、表情もぎこちない。
レアンは、そんなアリシアを見ては切なさを覚える。
(アリシア、早く本来のキミを取り戻したいよ……)
ふとした時に見せる表情は、儚く何処かへ行ってしまいそうで不安になる。
話題のお菓子を持ち込んで最近の流行りを話すなど、レアンはアリシアの興味を今に向けられるように必死だった。
(今日もレアンは優しいわ)
アリシアはふわふわとした笑みを見せながらも、崩れてしまった自分の一部を眺める。
ダナン侯爵家での生活が安定してくるにつれ、自分の内側にある崩壊してポッカリと空いた穴のような部分が強く感じられるようになってきた。
(心の中に白く燃え尽きた灰のような虚無が詰まっているみたい。皆、傷付いたのだから、疲れているのだから、と、慰めてくれるけれど。……心の中にまでこんな傷のある貴族令嬢に、価値なんてないわね)
相変わらず何もする気になれず、アリシアの生活は私室をほとんど出ることなく回っていた。
(価値のないわたくしなどにこんなに優しくしてくれて。レアンは、なんて素敵な人なのかしら。でもなぜ、わたくしなどに構ってくれるのかしら?)
穏やかな金の瞳に見守られながら、アリシアは不思議そうにレアンの揺れる金髪を見ていた。
◆◆◆
晴れた日には、レアンの笑顔がある。
曇った日には、来たり来なかったり。
雨の日には来ない。
「今日は寂しいわね」
雨降る空を眺め、アリシアはポツリつぶやく。
庭を見れば雨に打たれた花々は花弁をクッタリとさせている。
黄色や紫、白や赤紫、薄紫と賑やかに咲いていたクロッカスは終わる時期を迎えているようだ。
(これからの時期はスイートピーが見頃を迎えるのよね。ピンクに白に紫に。あと、黄色や赤もあったはずよ)
クロッカスが終わってしまうのは寂しいけれど、スイートピーが賑やかに咲いているのも可愛らしい。
「明日は、賑やかになるかしら?」
なんとなくつぶやけば。
メイドが、そうなると良いですね、と、言いながらアリシアの肩にショールをかけた。
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