上 下
13 / 40

新しい一歩

しおりを挟む
 私室とはいえアリシアの部屋は広い。

 大きな窓からは庭がよく見えた。ダナン侯爵家のお抱え庭師が丹精込めて作っている庭は四季折々に美しい姿を見せるのだ。

 今日も晴れた空の下、クロッカスやラナンキュラス、アネモネと色鮮やかに咲き誇り輝いていた。

 丸い噴水を囲むようにして広がる白やピンク、赤や紫、黄色やオレンジにアプリコットの花弁が緑と一緒に揺れている。

 窓の外に気持ちよさそうな日差しと風を感じながらの室内は、明るい雰囲気に包まれていた。

 来客のために運び込まれたテーブルの上には、華やかなティーセットとお菓子、そして紅茶が並んでいる。

 ふたり分用意された席に向かい合わせに座り、ほのかに甘い花の香りがする紅茶を飲みながらアリシアとレアンは会話に花を咲かせた。

 もっとも。話しているのは主にレアンで、アリシアはどこかぼんやりとした表情を浮かべて聞いていた。

 レアンが昔話をした時に反応することもあれば、反応がないこともある。

(幼い頃のことだ。記憶がおぼろげな所もあるのだろう。だが。これは記憶にないのか、薄ぼんやりしていて反応できないのか、どちらだろうか?)

 話しながらレアンはアリシアを知ろうと必死になって観察する。

 笑顔の奥に切なさと野望を隠してレアンはアリシアと向き合っていた。
 
(昔通りの彼女を取り戻すのは無理でも……私は少しでも多く、本来のアリシアを取り戻したい)

 レアンは土産に持ってきた焼き菓子をアリシアに勧めながら考えていた。

 一方のアリシアは、幼い日の思い出と目の前のレアン、離れていた間にあった事を重ね合わせながら考えていた。

(優しいお兄ちゃまは、やっぱり今も優しいわ。……あぁ、いけない。レアンとお呼びする約束でしたわ。それにしても。こんなに優しいレアンとペドロさまを重ねて考えていたなんて。わたくしは愚かでしたわ。やはり、わたくしは使えない子、でしたのね……)

 ふと虚しさが胸を塞ぐ。

「……シア? ……アリシア? どうかしたの?」

「いいえ、何でもないわ。レアン」

 アリシアは笑顔を作って見せる。レアンは一瞬、不意を突かれたような顔をして、再びいつもの優しい笑顔を浮かべた。

◆◆◆

 その日を境に、レアンは頻繁にダナン侯爵家を訪れるようになった。

「やぁ、アリシア。お邪魔するよ」

「こんにちは、レアン。いらっしゃいませ」

「今日のお土産はね……」

 レアンの訪問先はアリシアの部屋だ。

 屋敷の一歩外に出れば穏やかな日差しの下、花々を愛でながら語り合うことができる。

 しかし、今はまだ早い。

 アリシア本人に自覚がなくても、彼女は普通の状態ではなかったからだ。

 もともと華奢な体は細く弱々しく、表情もぎこちない。

 レアンは、そんなアリシアを見ては切なさを覚える。

(アリシア、早く本来のキミを取り戻したいよ……)

 ふとした時に見せる表情は、儚く何処かへ行ってしまいそうで不安になる。

 話題のお菓子を持ち込んで最近の流行りを話すなど、レアンはアリシアの興味をに向けられるように必死だった。

(今日もレアンは優しいわ)

 アリシアはふわふわとした笑みを見せながらも、崩れてしまった自分の一部を眺める。

 ダナン侯爵家での生活が安定してくるにつれ、自分の内側にある崩壊してポッカリと空いた穴のような部分が強く感じられるようになってきた。

(心の中に白く燃え尽きた灰のような虚無が詰まっているみたい。皆、傷付いたのだから、疲れているのだから、と、慰めてくれるけれど。……心の中にまでこんな傷のある貴族令嬢に、価値なんてないわね)

 相変わらず何もする気になれず、アリシアの生活は私室をほとんど出ることなく回っていた。

(価値のないわたくしなどにこんなに優しくしてくれて。レアンは、なんて素敵な人なのかしら。でもなぜ、わたくしなどに構ってくれるのかしら?)

 穏やかな金の瞳に見守られながら、アリシアは不思議そうにレアンの揺れる金髪を見ていた。

◆◆◆ 
 
 晴れた日には、レアンの笑顔がある。

 曇った日には、来たり来なかったり。

 雨の日には来ない。

「今日は寂しいわね」

 雨降る空を眺め、アリシアはポツリつぶやく。

 庭を見れば雨に打たれた花々は花弁をクッタリとさせている。

 黄色や紫、白や赤紫、薄紫と賑やかに咲いていたクロッカスは終わる時期を迎えているようだ。

(これからの時期はスイートピーが見頃を迎えるのよね。ピンクに白に紫に。あと、黄色や赤もあったはずよ)

 クロッカスが終わってしまうのは寂しいけれど、スイートピーが賑やかに咲いているのも可愛らしい。

「明日は、賑やかになるかしら?」

 なんとなくつぶやけば。

 メイドが、そうなると良いですね、と、言いながらアリシアの肩にショールをかけた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

婚約「解消」ではなく「破棄」ですか? いいでしょう、お受けしますよ?

ピコっぴ
恋愛
7歳の時から婚姻契約にある我が婚約者は、どんな努力をしても私に全く関心を見せなかった。 13歳の時、寄り添った夫婦になる事を諦めた。夜会のエスコートすらしてくれなくなったから。 16歳の現在、シャンパンゴールドの人形のような可愛らしい令嬢を伴って夜会に現れ、婚約破棄すると宣う婚約者。 そちらが歩み寄ろうともせず、無視を決め込んだ挙句に、王命での婚姻契約を一方的に「破棄」ですか? ただ素直に「解消」すればいいものを⋯⋯ 婚約者との関係を諦めていた私はともかく、まわりが怒り心頭、許してはくれないようです。 恋愛らしい恋愛小説が上手く書けず、試行錯誤中なのですが、一話あたり短めにしてあるので、サクッと読めるはず? デス🙇

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす

初瀬 叶
恋愛
『本の虫令嬢』 こんな通り名がつく様になったのは、いつの頃からだろうか?……もう随分前の事で忘れた。 私、マーガレット・ロビーには婚約者が居る。幼い頃に決められた婚約者、彼の名前はフェリックス・ハウエル侯爵令息。彼は私より二つ歳上の十九歳。いや、もうすぐ二十歳か。まだ新人だが、近衛騎士として王宮で働いている。 私は彼との初めての顔合せの時を思い出していた。あれはもう十年前だ。 『お前がマーガレットか。僕の名はフェリックスだ。僕は侯爵の息子、お前は伯爵の娘だから『フェリックス様』と呼ぶように」 十歳のフェリックス様から高圧的にそう言われた。まだ七つの私はなんだか威張った男の子だな……と思ったが『わかりました。フェリックス様』と素直に返事をした。 そして続けて、 『僕は将来立派な近衛騎士になって、ステファニーを守る。これは約束なんだ。だからお前よりステファニーを優先する事があっても文句を言うな』 挨拶もそこそこに彼の口から飛び出したのはこんな言葉だった。 ※中世ヨーロッパ風のお話ですが私の頭の中の異世界のお話です ※史実には則っておりませんのでご了承下さい ※相変わらずのゆるふわ設定です ※第26話でステファニーの事をスカーレットと書き間違えておりました。訂正しましたが、混乱させてしまって申し訳ありません

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...