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妖精令嬢 マッチョに誘惑される

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「踊って頂けませんか?」
「……っ」 

 ミアラリアは差し出された大きな手に動揺した。

(初めてダンスに誘われましたわ。しかも、ゼリウス・ホールデン辺境伯さまにっ! 素晴らしい筋肉をお持ちのゼリウス・ホールデン辺境伯さまにっ!! これがっ! 現実とはっ!)

 令嬢の耳と頬はピンクというより赤に近い色に染まった。遠慮がちな鼻梁と両頬に散った金色のソバカスがキラキラ光る。瞳をキラキラさせて見つめる先にはゼリウス・ホールデン辺境伯。がっしりとした体を少しかがめて、黒い瞳がしっかりとミアラリアを捉えていた。

(あ……あ……あ、あぁ。黒い瞳には金色が散っていますのね。神秘的で素敵。光沢のある浅黒い肌に顔の傷。近くで見ると男らしさマシマシですわぁ)

 はぁぁ~と大きく息を吐くとミアラリアは差し出された浅黒くて大きな手に自分の細くて白い手を重ねた。ぎこちないながらもチャンスは逃したくないという思いを込めて。

(そう、チャンスですわ。これはチャンス。恥ずかしがっている場合ではありませんよ、ミアラリアっ。キチンと視線をあげて、お応えせねば)

 思い切って顔を上げたミアラリアはゼリウスと視線を合わせて柔らかく笑みを浮かべた。

「はい。よろこんで」
「……っ」

 ミアラリアのハッキリとしながらも恥ずかしさに震える声が、ゼリウス・ホールデン辺境伯の鼓膜を震わせた。

(なんだこのカワイイ生き物は――――ッ!)

 歴戦の誉れ高きゼリウス・ホールデン辺境伯は、その浅黒い肌を耳まで赤く染め上げた。

「まぁ……ミラったら……」
「ああ、ミアラリアが……」
「ふふふ。ミアラリアにも春が来たね」
「……お姉さまが……食べられちゃいそう……」
 
 手を取り合った若き二人は言葉少なく滑るように踊りの輪のなかに入っていく。ロマンスの香りに沸き立つ家族のなかで、リアナだけが震えながらゼリウス・ホールデン辺境伯を睨んでいた。

 クルクル踊るミアラリア。
 ゼリウス・ホールデン辺境伯の腕の中。
 夢見心地にうっとりと。
 ふたりの世界が出来上がる。

 キラキラ。キラキラキラ。
 輝く会場。漏れ出る溜息。

 キラッ。キラキラ。
 どちらからともなく漏れ出る未来への甘い予感。

「ねぇ、ご令嬢?」
「はい?」
「オレは今日、褒賞を貰えることになっているのだが、貴女との婚姻を願い出ても良いだろうか?」
「まぁ……それはおやめになった方が」
「えっ?」
「褒賞に婚姻を願い出るなんて勿体ないですわ」
「ご令嬢……」
「父に一筆書いて頂ければ、私は貴方の元へ参ります」
「あぁ、それでは……オレを受け入れてくれるのだろうか?」
「褒賞はイズデラン辺境領の領民のためや、兵士の方々のためにお使い下さい」
「今すぐにでも貴女をイズデランへ連れ帰りたい」
「焦らないで……我が家の領は、イズデラン領に張り付くような位置にありますのよ……」
「会いにいきます……必ず」
「お待ち申し上げております」

 再会を約束した手をそっと離せば。
 二人の間に流れる体温含みの空気が名残惜しげにキラキラ光った、ように見えた。
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