1 / 8
職場で上手く立ち回れない私
しおりを挟む
人生に100%など求めていない。だとしても現状は何%なのだろうか。
「はぁ……」
江戸川ナツコは会社のプリンターに右手をつき、軽快な音を聞きながら大きな溜息を吐いた。
彼女は疲れていた。
連日のように最高気温を更新していく暑い夏。
オフィスビルの窓は真っ暗な夜闇を映しているというのに、暑さが手を緩めることはない。
生きているだけで体力を削られていくような日々の中で、彼女には更に仕事があった。
ナツコはギリギリ滑り込むようにして新卒採用された会社でバリバリと働き続けている。
平日にはラッシュで混み合う電車に1時間ほど揺られて職場に辿り着き、帰りは終電、もしくはその一本前の電車に乗って帰るのだ。
いわゆる社畜と呼ばれるタイプの人類である。
28歳の彼女はアラサーとはいえお局さまと呼ばれるには早く、新人と呼ばれるには遅い微妙なお年頃だ。
同棲中の彼氏はいるが独身。
年齢も立場も年収も微妙なことこの上ない。
ナツコは印刷が終わった書類を整えると、疲れの溜まった体を引きずって上司のデスク前に立った。
「ようやくできたか」
「はい。では、説明させていただきます……」
ナツコは書類の束を広げながら企画についての説明を始めた。
時は令和。感染症による自粛から抜けて急激に経済活動が戻って来たタイミング。
社員たちは会社から好機を逃さずに稼ぐことを求められていた。
上司の視線が書類上で止まり、一箇所を指さしながら苛立った耳障りな声をあげる。
「ここは、どうなってるんだ?」
「はい、ここはですね……」
ナツコも苛立ちを覚えたがそれを隠して冷静に説明した。
上司が業績の悪化を理由に上層部から尻を叩かれているのは知っている。
出世に響くことを恐れているから、当たりがきつくなっているのだ。
そのくらいのことは分かっている。
28歳の彼女は上司以上に立場が微妙なのだから。
ナツコには上司の進退に関わる大事な計画を取りまとめる役目が与えられていた。
上司の進退がかかっているが、この計画が上手くいってもいかなくても、ナツコの給与には影響がない。
それでも必死にやるしかないのだ。
「分かった。我々の今後がかかっている。迅速に進めてくれ」
「……分かりました」
上司の言うことはもっともだ。
会社としては今がチャンスで、儲けが出れば社会であるナツコにも恩恵がある。
基本給はジリジリと少しずつしか上がらないが、ボーナスは業績に合わせて大きく変動する。
恩恵がなかったとしても、ナツコの給与は下がらないのだから良いことなのだろう。
儲けがなかった時には、速やかに影響が出る。
それはマズイ。
ナツコも頭では分かっていた。
頭では分かっていても、こう体が重くては全身の機能が上手く働かない。
闇に沈むオフィスビルは、ナツコの所属する部署のフロアだけが明るい。
経費節減が叫ばれているというのに煌々と灯りがついた部屋は、働け、働けとナツコに迫ってくるようだ。
だが、今日は体が重くてどうにもならない。
暑さが体に重くまとわりついて疲労を更に深めていく。
とても仕事が出来るような状態ではない。
「はぁ……帰るか」
ナツコはつぶやいた。
自宅に持ち帰ることができる範囲の資料を手早くまとめる。
帰宅したからといってノルマから逃れられるわけではない。
いったん自宅に帰って仕事の続きを進めることにした。
職場は地価の高いビジネス街にあっても、それに見合った給料を貰える事は少ない。
ナツコのように女性であればなおの事。
手取りに見合った部屋を借りれば、ちょっとした旅行の距離を移動することになるのは当たり前だ。
「もう帰るのか? 女は楽でいいな」
「お先に失礼します」
上司の嫌味を浴びながらナツコは会社を後にした。
「はぁ……」
江戸川ナツコは会社のプリンターに右手をつき、軽快な音を聞きながら大きな溜息を吐いた。
彼女は疲れていた。
連日のように最高気温を更新していく暑い夏。
オフィスビルの窓は真っ暗な夜闇を映しているというのに、暑さが手を緩めることはない。
生きているだけで体力を削られていくような日々の中で、彼女には更に仕事があった。
ナツコはギリギリ滑り込むようにして新卒採用された会社でバリバリと働き続けている。
平日にはラッシュで混み合う電車に1時間ほど揺られて職場に辿り着き、帰りは終電、もしくはその一本前の電車に乗って帰るのだ。
いわゆる社畜と呼ばれるタイプの人類である。
28歳の彼女はアラサーとはいえお局さまと呼ばれるには早く、新人と呼ばれるには遅い微妙なお年頃だ。
同棲中の彼氏はいるが独身。
年齢も立場も年収も微妙なことこの上ない。
ナツコは印刷が終わった書類を整えると、疲れの溜まった体を引きずって上司のデスク前に立った。
「ようやくできたか」
「はい。では、説明させていただきます……」
ナツコは書類の束を広げながら企画についての説明を始めた。
時は令和。感染症による自粛から抜けて急激に経済活動が戻って来たタイミング。
社員たちは会社から好機を逃さずに稼ぐことを求められていた。
上司の視線が書類上で止まり、一箇所を指さしながら苛立った耳障りな声をあげる。
「ここは、どうなってるんだ?」
「はい、ここはですね……」
ナツコも苛立ちを覚えたがそれを隠して冷静に説明した。
上司が業績の悪化を理由に上層部から尻を叩かれているのは知っている。
出世に響くことを恐れているから、当たりがきつくなっているのだ。
そのくらいのことは分かっている。
28歳の彼女は上司以上に立場が微妙なのだから。
ナツコには上司の進退に関わる大事な計画を取りまとめる役目が与えられていた。
上司の進退がかかっているが、この計画が上手くいってもいかなくても、ナツコの給与には影響がない。
それでも必死にやるしかないのだ。
「分かった。我々の今後がかかっている。迅速に進めてくれ」
「……分かりました」
上司の言うことはもっともだ。
会社としては今がチャンスで、儲けが出れば社会であるナツコにも恩恵がある。
基本給はジリジリと少しずつしか上がらないが、ボーナスは業績に合わせて大きく変動する。
恩恵がなかったとしても、ナツコの給与は下がらないのだから良いことなのだろう。
儲けがなかった時には、速やかに影響が出る。
それはマズイ。
ナツコも頭では分かっていた。
頭では分かっていても、こう体が重くては全身の機能が上手く働かない。
闇に沈むオフィスビルは、ナツコの所属する部署のフロアだけが明るい。
経費節減が叫ばれているというのに煌々と灯りがついた部屋は、働け、働けとナツコに迫ってくるようだ。
だが、今日は体が重くてどうにもならない。
暑さが体に重くまとわりついて疲労を更に深めていく。
とても仕事が出来るような状態ではない。
「はぁ……帰るか」
ナツコはつぶやいた。
自宅に持ち帰ることができる範囲の資料を手早くまとめる。
帰宅したからといってノルマから逃れられるわけではない。
いったん自宅に帰って仕事の続きを進めることにした。
職場は地価の高いビジネス街にあっても、それに見合った給料を貰える事は少ない。
ナツコのように女性であればなおの事。
手取りに見合った部屋を借りれば、ちょっとした旅行の距離を移動することになるのは当たり前だ。
「もう帰るのか? 女は楽でいいな」
「お先に失礼します」
上司の嫌味を浴びながらナツコは会社を後にした。
1
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話
水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。
相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。
義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。
陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。
しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる