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飢饉

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 女に子供はいない。

「ありゃダメだ」
 乾いた呟きを吐く夫なら、いる。

「今年は酷い有り様さ。一昨年もダメ、去年もダメ。畑も田んぼもカラカラだ。あれじゃ、できるものもできゃしない。こんなに酷い状態が続くなんて。どうしたものか……」
 思案するふりだけして答えを出せるほどの脳みそも能力もない、干からびた舅なら、いる。

 去年あたりまでは、干からびた姑もいた。意地悪するしか能のない、嫌な奴だった。消えてくれて清々している。

 だからといって、女の置かれている状況が良くなったわけでも、ない。

「ホント、どうしようもねぇな」吐き捨てるように夫が言った。

 姑が、どうなったかなんて知らない。いないという事実だけが転がっている。知りたいとも思わないし、知る必要もない。世の中とは、そういうものだ。

「おい、お前。アレは捨ててきたか」舅が私の腹を見ながら言う。女は黙って頷いた。

 ええ、言われた通り。昨日、川で始末してきましたよ。育てる気も、育てる手立てもない、新しい命を。

「ホントにお前は、すぐ出来る女だよ。困ったもんだ」舅は溜息を吐きながら、呆れた調子で言った。

 ええ、すぐに出来るし、産めますよ。それは過去に何度も証明済みです。

 しかし、この家に子供はいない。木と土でできたカラッカラに乾いた家は、いまにも砂に還りそう。

 砂に還るなら、とっとと砂に還ってしまえ。女は何度思ったことか。思ったところで何も変わることはなく。自分自身はやせ細り腹が大きくなっていったあの頃も、何も変わることはなく。腹が縮んだいまでさえ、やせ細った体はそのままで、何一つ変わらない。変わらない。

「おらぁ、ちょっと皆のトコに行ってくる。これじゃ、年貢どころの騒ぎじゃない」舅はそう言うと、戸口から消えていった。

 そのまま消えてしまえばいい。女はそう思ったが、視界から消えたところで意味のないことを知っていた。この世から舅が消える日は、まだ先になるだろう。愚痴を言いながら消えた先で舅が何をするか、女に知る術はない。だが、やせ細りながらも弱る様子がない舅を疑う気持ちは消えなかった。

 舅の姿が見えなくなると、さっそく夫は女にすり寄った。いつものことだ。
 そして女は河原へ出向く羽目になる。いつものことだ。

 カラッカラに乾いた村の河原は、それはもう乾ききっていて、それでいて酷く臭った。擦り切れて尽きかけた命が転がったのを見ると、カラスたちが寄ってくる。カラスたちを叩き殺して食べたいけれど、いまは出すものを出してしまわないと収まらぬ。寄ってくるカラスたちを追い払いながら、出すべきものを出し、まずはそれから叩き殺す。そこまで済ませてしまうと力尽き、カラスを叩き殺す気すら失せてしまう。ときならぬご馳走に歓喜の声を上げるカラスを背に、戻ったところでせんなき家に向かうしか女には手立てがなかった。

 そんな暮らしが始まって何年目だろうか。作物が収穫できないときに暦など意味がない。いまできることを済ますと、いま暮らすべき場所に戻る。それしか女にはできなかった。

 女にすり寄ってくる男は知らない。カラカラに乾いた河原が、どんな色をしているのかを。どんな臭いがするのかを。乾いた血と生々しい血が石にこびりつく、あの光景を知らない。河原に吹き抜ける風を知らない。カラカラに乾いた、魂まで干からびるような風を知らない。


 女に子供はいない。

「なぁ……いいだろ」熱っぽい吐息を首筋に感じさせる夫なら、いる。

 だが、女に子供はいない。いないのであった。
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