遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!

天田れおぽん

文字の大きさ
上 下
9 / 40

爽やかな朝

しおりを挟む
 可愛らしい鳥のさえずりが聞こえる。

 静かだからこそ良く響く控えめな足音やドアを開け閉めする音。

 人々が動き始めた物音がする。

 朝の気配にベッドの上で薄っすらと目を開けたトレーシーは、見慣れない天井をぼんやりと見上げた。

 カーテンの隙間からこぼれる光。

 光が照らしだす小さな部屋。

(……ああ、そうよ。昨日、私はダウジャン伯爵家を出たのだったわ……)

 トレーシーは大きな伸びをしながら上半身を起こした。

「ん~、ノンストレス!」

 ここは王城。

 部屋は小さくとも安全だ。

 勢いで家を出て来たものの後悔はない。

 前々から考えていた事だったからだ。

 目覚めて一番に感じたのは、実家への未練が微塵もない自分だった。

 トレーシーは、自分でも驚くほど爽やかに朝を迎えていた。

 ここまで綺麗サッパリと生家を切り捨てられるとは。

「ああ、スッキリした。出てくる日にちを決めていたわけではないけれど。良いタイミングを見つけられて良かったわ。あの家で私だけがお邪魔虫扱いだったもの」

 若い女性が一人で暮らすというのは外聞の良いものではないが、王城へ奉公に上がるというのなら話は別だ。

 魔法省の職員なら仕事として十分であるし、良い部屋もあてがって貰った。

 小さな頃から一緒で慣れているとはいえ、相性の悪い家族に合わせて生活するというのはストレスが溜まる。

 ましてや、トレーシーには自活力があるのだ。

 いくらあそこがトレーシーの物なのだから、と、言われていても我慢には限度がある。

「いえ。そもそも最初から我慢する必要なんて無かったわ。時間が勿体無い」

 健康に恵まれず出産に耐えきれなかった母の年齢を、トレーシーは後もう少しで追い越す。

 気落ちした祖父母が亡くなるのも早かった。

 長生きをした曾祖母でさえ、100歳を超えられなかったのだ。

 人生は、思っているよりも短いかもしれない。

「だったら、迷っている時間すら惜しいわ。私にはやりたいこともあるのだし」

 魔道具を作るのも、魔法薬を作るのも好き。

 新しいものを開発するのは、もっと好き。

 魔法陣に囲まれて新しい術式を工夫するのも楽しいし、それを魔道具に組み込んで新しいモノを生み出すのも楽しくてたまらない。

 もう移動の時間を気にする必要もないから、思い切り仕事が出来る。

 とてもワクワクする新しい冒険に出掛けるような気分をトレーシーは味わっていた。

「それにしても……私ってば、実家に思い入れ無さすぎでしょ? こんなことなら、もっと早く出てくれば良かったかしら?」

 などと呟きながら、軽く洗浄魔法で全身をサッパリさせた。

「あー、普段使う物くらいは出しておかないと……」

 普段使う物も仕舞ったままだった魔法収納庫を開けて、必要な物を取り出していく。

「んー……普段着とローブくらいは、クローゼットに入れておいた方がいいかなぁ? でも白のローブは祭典とか、特別な時にしか着ないから……コッチは仕舞ったままでいいかな」

 カジュアルなワンピースを数点、替えのパジャマ、普段使いの青いローブをクローゼットに並べてみる。

「これでいいか」

 トレーシーはクローゼットの中を見ながら満足気に頷いた。

「今日はコレを着ましょう」

 山吹色のカジュアルなワンピースを手に取り、パジャマから着替えた。

 その上からスポッとローブを羽織る。

 青と山吹色の組み合わせは派手だが、ワンピースはローブの下に殆ど隠れてしまうので程よいアクセントになっていた。

 再び魔法収納庫を覗いて、普段使いの道具類を吟味する。

「あら? 持ち物は少ないと思っていたけど……魔道具だけでも割と数があったわね。んんー……出しておくと邪魔だけど、使った方が改善案のヒントが得られるのよねぇ~」

 悩みつつも魔道具の中から両手に収まる程度の小さな箱を一つ、手に取った。

 両手に収まる程度の小さな箱型の道具を机の上に置き、その前に座る。

 上蓋部分を立てると、小さな鏡が現れた。

 トレーシーは鏡を覗き込み呟く。

「んー。今日はトップを緩く三つ編みにしたハーフアップにしようかな」

 鏡の右上に手を置いて目をつぶる。

 するとキラキラした光が線を描いて現れた。

 それは髪の上をチカチカと光りながら滑るように素早く動いていく。

 光がスッと消えた時には、赤茶色の長い髪はトップを緩く三つ編みにしたハーフアップに整えられていた。

「うん。こんなもんよね。化粧はしないから、これで終了、と」

 魔道具を使ってサッサと身支度を整えたトレーシーは、朝食を摂るために食堂へと向かったのだった。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

通称偽聖女は便利屋を始めました ~ただし国家存亡の危機は謹んでお断りします~

フルーツパフェ
ファンタジー
 エレスト神聖国の聖女、ミカディラが没した。  前聖女の転生者としてセシル=エレスティーノがその任を引き継ぐも、政治家達の陰謀により、偽聖女の濡れ衣を着せられて生前でありながら聖女の座を剥奪されてしまう。  死罪を免れたセシルは辺境の村で便利屋を開業することに。  先代より受け継がれた魔力と叡智を使って、治療から未来予知、技術指導まで何でこなす第二の人生が始まった。  弱い立場の人々を救いながらも、彼女は言う。 ――基本は何でもしますが、国家存亡の危機だけはお断りします。それは後任(本物の聖女)に任せますから

【完結】それはダメなやつと笑われましたが、どうやら最高級だったみたいです。

まりぃべる
ファンタジー
「あなたの石、屑石じゃないの!?魔力、入ってらっしゃるの?」 ええよく言われますわ…。 でもこんな見た目でも、よく働いてくれるのですわよ。 この国では、13歳になると学校へ入学する。 そして1年生は聖なる山へ登り、石場で自分にだけ煌めいたように見える石を一つ選ぶ。その石に魔力を使ってもらって生活に役立てるのだ。 ☆この国での世界観です。

奪われ系令嬢になるのはごめんなので逃げて幸せになるぞ!

よもぎ
ファンタジー
とある伯爵家の令嬢アリサは転生者である。薄々察していたヤバい未来が現実になる前に逃げおおせ、好き勝手生きる決意をキメていた彼女は家を追放されても想定通りという顔で旅立つのだった。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

処理中です...