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王城の食堂は騒がしい
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夜の食堂も昼と同じように賑やかだ。
(遅い時間には来た事はなかったけれど。夕食の時間帯でも騒がしいのは変わらないのね)
トレーシーが所属する研究開発部は忙しい職場ではあるけれど、伯爵令嬢である彼女が深夜まで働くことはあまり無い。
どちらかと言えば出向く時間を惜しんで職場の方へ食事を届けて貰うことが多かったため、上品とは言えない食堂内の雰囲気にトレーシーは戸惑った。
(よく考えたら、いつもは職場の人達と一緒だったのよね。食堂に来た事はあるけれど。一人で来たのは初めてかもしれないわ)
王城は二十四時間体制で動いているため、食堂には様々な役割を持つ、様々な身分の人々がひしめきあっていた。
武官や文官、下働きの女性たち。
身分も立場も様々な人たちが入り乱れて食事をする光景は、屋敷の食卓で静かに食べる事に慣れている令嬢にとっては異質だ。
腹を満たすことに真剣な者もいれば、情報交換に余念のない者たちもいる。
なかでも護衛や警備にあたる武官たちは、食べる量にも迫力があった。
マナーを気にすることもなく、大声で喋りながら陽気に食べ進めている人たちの姿に、トレーシーは圧倒されて足が止まってしまったのだ。
(ああ、そう言えば。侍女などの仕事に就いている上位貴族女性達が使う食堂は、違う場所でしたわね。王城とはいえ、働いている者のなかには平民も多いし。私、来る場所を間違えたかもしれないわ)
食堂内の雰囲気に気圧されてモタモタしているトレーシーの背後から声が掛かる。
「あら、トレーシーちゃんじゃない? どうしたの? こんな所で一人きりなんて」
驚いて振り返ると、高い位置にある黒い瞳と目が合った。
研究開発部の部長であるレイシル・トラント伯爵だ。
「トラント部長! ご機嫌麗しゅうございます」
「ふふ、こんばんは」
トラントは魔法省研究開発部をまとめる要職に就いている男だ。
侯爵令息でもある彼は、32歳。
独身で国王の幼馴染でもある。
由緒正しき家柄の貴族男性であるトラントは、褐色の肌に短い黒髪、がっしりした筋肉質な体を持つ男前だ。
騎士とよく間違われるし、実際に強い。
しかしトラントは、男臭い見た目を裏切るように細やかな気遣いをしてくれる頼れる上司である。
「それで、どうしたの? ひとりなんて珍しいじゃない? セイデスやアルバスは一緒じゃないの? ケンカでもしちゃった?」
「いえいえ、違いますよ。私、今日から王城の居室に住む事になりました」
「あら、そうなの?」
「はい」
「トレーシーちゃんのお家は、なかなか難しいと聞いていたから深くは聞かないけど……慣れない一人暮らしをするなら、食事の時くらい知り合いを捕まえて一緒に居た方がいいわよ」
「そうですか?」
「ん。私は、そう思うわ」
トラントは女言葉を使う。
無駄にマッチョな体をしているから柔らかい印象にしたいらしい。
それが功を奏しているかどうかは分からないが、トレーシーにとっては話しやすい相手の一人だ。
「あー、ココにいたのか」
「探したんだよ、トレーシー」
そこに噂のふたり、アルバスとセイデスがやってきた。
「あら、やっぱり探されてたんじゃない。仲良しさんね」
「えっ? こんばんは、部長。えっ? なぜ?」
「ご機嫌麗しゅう、トラント部長」
「ふふ。アルバスも、セイデスも、ご苦労さま。トレーシーちゃんと一緒になったのは偶然よ。私がさらってきたわけじゃないからね」
「あ? えっ? そんな事は思ってませんよ」
「もう。相変わらず冗談が好きですねぇ、部長」
「ふふ。せっかくだから、みんなで食事しない?」
「いいですねぇ~。オレは研究開発部の方々との接点が少ないので、ご一緒したいです」
「こちらとしても事務方とは仲良くしたいのよ、セイデス」
「ううっ、でも。私のせいで皆さまに気を使わせるのも……」
「あっ? えっ? そんなの、気にしないでいいよ。トレーシー君ッ」
「そうだよ。独り暮らしの初日でしょ? 今日は賑やかに食事しようよ」
「ふふ。そういう事。あの辺なら皆で座れそうね。行きましょ」
「あっ、あっ。トラント部長ッ」
トラントはトレーシーの手を引いて、混み合った食堂内を慣れた様子でスイスイと進んでいく。
「あっ! トラント部長じゃないですか」
「今日は、お一人ではないんですね」
「おっ、女性連れだ」
「えっ? トラントさんが女性を連れている?」
「えー。トラント部長、そっちだったんですか?」
「あぁっ。明日はトラント部長に憧れていた団員たちの、失恋休みが続出だぁー!」
「もう、ちょっとアナタ達。冗談ばっかり言わないでよぉ~」
王城職員の人気者であるトラントは、通り過ぎる先々で声を掛けられる。
その顔ぶれは貴族や平民など身分を問わない幅広い人付き合いが窺われるもので、特に武官たちとの繋がりを感じさせた。
「おお。珍しいな、レイ。お前が女性連れとは」
「もうっ。エセルったら、揶揄わないで」
「ん? その子は研究開発部の……」
「そう、トレーシーちゃんよ。よろしくね。トレーシーちゃん、このボンキュッボンかつマッチョなお姉さんは、エセル。オズワルド伯爵の娘さんで、王妃さま付きの近衛兵をしているのよ」
「はぁ……あ、あの。私はトレーシーと言います。よろしくお願いいたします」
「こちらこそヨロシク。キミが噂のトレーシー嬢か。やっと会えた」
エセルは形だけの女性近衛兵ではない。
女性でありながら腕の立つ優秀な近衛兵であり、王妃のお気に入りだ。
そのため、魔道具などを通じて近衛隊との接点も多いトレーシーも、あまり顔を合わせたことがなかった。
「噂に聞いてたよりも可愛いお嬢さんだね」
「そんな、可愛いだなんて……」
「ちょっと~エセル? 会った途端に口説かないでよねぇ」
「ん? 私は口説いてなどいないぞ?」
エセルは、端正な顔に悪戯な笑みを浮かべた。
淡い褐色の肌に出るべき所は出ていて締まるべき所はキュッと締まっているスラリとした体は、赤い騎士服の上からでもスタイルの良さが見て取れた。
邪魔にならないよう高い位置でキュッと結い上げている赤い髪。
その瞳は茶色だが虹彩は金色で、視線を向けられると心臓も心も落ち着かなくなるような美女だ。
「もう、無自覚な人って困るわよね。この子、私の幼馴染なのよ、トレーシーちゃん。エセルも王城に住んでるから、困った事があったら頼るといいわ」
「はい。その時には、よろしくお願い致します」
「良いよ、いつでもどうぞ。部屋も近いだろうから、困った事があったら遠慮なく言ってくれ。この褐色筋肉団子に意地悪されたら、とっちめてやるから安心して」
「ちょっと、エセルッ! 褐色筋肉団子って誰のことよっ!?」
「ふふふっ。ありがとうございます。お二人は仲良しなんですね?」
「まぁな。レイとは腐れ縁だ」
「幼馴染だからね」
「私はこれでも数少ない働く令嬢の一人だからな。同じ立場の者同士、何かあったら相談に乗るよ」
「ふふっ。ありがとうございます」
「じゃ、またね」
「はい。よろしくお願い致します」
エセルが手をひらひらさせながら去っていく後姿を、トレーシーはうっとりしながら見送っている。
三人の男たちは複雑な表情を浮かべてそれを眺めていた。
気持ちを切り替えるようにトラントが言う。
「さぁさ、行きましょ。ココは安くて人気だから競争率が高いのよ。品切れになる前に取りに行かなきゃ」
食堂では自分達で料理を取りに行くシステムになっている。
美味しくて量があるわりに安い。
王城で働く者の殆どが利用するので、人気のあるメニューから無くなっていくのだ。
「そうですね、部長。さっさと行って……あっ、トレーシー君は何が好きなのかな?」
「んー……お肉もお魚も好きですけれど……あら、昼と夜だとメニューが違うのですね」
メニューを眺めながらトレーシーは気付いたままを口にした。
後ろから来たセイデスが料理を乗せるためのトレーを手に取りながら後ろから覗き込む。
「ああ。オレたちと違って毎食ココで食べなきゃいけない人たちも居るからね。多少は変わるよ」
「職種によっては仕方ないのよねぇ。王城に詰めてないといけない人たちもいるから」
トラントの言葉に、セイデスは大きく頷いた。
「そうですよね。オレらみたいな書類を相手にする仕事とは違って、沢山食べなきゃ体が持たない仕事をしている人たちもいますからね」
「そうなのね。私は……ああ、バラバラに頼むと注文が大変そうだわ。昼間だと定食を頼むことが多いのだけど、夜は……コースというか、セットメニュー? もあるのね?」
「ココはセルフサービスだからね。コース、っていうメニュー名になってても、持ってきてはくれないよ」
「そうなのね。セイデスは意外と詳しいわね?」
「オレたち事務方は、年度末は残業から逃れる術がないからな」
「あー、そうなのね? んー、効率化を図れる魔道具でも考えてみようかしら?」
「出来ることなら作って欲しいよ。ホント、大変なんだから」
「それよりも今はメニュー決めちゃってよ、トレーシーちゃん。後ろで待っている人たちがいるわ」
「あっ、そうですね。ごめんなさい。あぁーん、どうしましょう? 研究開発部に届けて貰う時には大皿で注文していたから迷っちゃう。んー。お肉とお魚の両方が食べられて量は少な目のCコースくらいにしようかな」
「ああ、スープとか前菜とか、全部セットになってるのがあるのか。じゃ、オレは肉たっぷりのBコースかな」
「私は……トレーシー君と同じでCコースにしようかな」
「アルバス先輩には、量が少なすぎません?」
「んんー……私は一度に沢山は食べられないタイプなのだよ、トレーシー君ッ」
「ああ。それで、アルバスさまは痩せてるんですねー」
セイデスはマジマジと白衣に包まれた細い体を眺めた。
アルバスは情けなさげに眉を下げる。
「私としても、もうちょっと筋肉が欲しい所なんだが……体質なんで仕方ないのだよ。ん、Cコースにデザート付けようかな」
「研究開発部は頭使いますものね」
「うん、そうなんだよトレーシー君。糖分大事」
「えーと、私はAコースを二人分にしようかしらぁ」
「えっ?」
「部長!?」
「トラント部長!?」
三人は驚いてトラントを見た。
Aコースは、肉も魚もたっぷり山盛りのコースだ。
「ふふ。私ってば体が大きいから、一人分だと足りないのよね。あら、Aコースだとデザートも最初から付いているのね。トレーシーちゃん、一個分けてあげましょうか?」
「はぁ……ありがとうございます?」
こうして、トレーシーの一人暮らし初日は賑やかに過ぎていった。
(遅い時間には来た事はなかったけれど。夕食の時間帯でも騒がしいのは変わらないのね)
トレーシーが所属する研究開発部は忙しい職場ではあるけれど、伯爵令嬢である彼女が深夜まで働くことはあまり無い。
どちらかと言えば出向く時間を惜しんで職場の方へ食事を届けて貰うことが多かったため、上品とは言えない食堂内の雰囲気にトレーシーは戸惑った。
(よく考えたら、いつもは職場の人達と一緒だったのよね。食堂に来た事はあるけれど。一人で来たのは初めてかもしれないわ)
王城は二十四時間体制で動いているため、食堂には様々な役割を持つ、様々な身分の人々がひしめきあっていた。
武官や文官、下働きの女性たち。
身分も立場も様々な人たちが入り乱れて食事をする光景は、屋敷の食卓で静かに食べる事に慣れている令嬢にとっては異質だ。
腹を満たすことに真剣な者もいれば、情報交換に余念のない者たちもいる。
なかでも護衛や警備にあたる武官たちは、食べる量にも迫力があった。
マナーを気にすることもなく、大声で喋りながら陽気に食べ進めている人たちの姿に、トレーシーは圧倒されて足が止まってしまったのだ。
(ああ、そう言えば。侍女などの仕事に就いている上位貴族女性達が使う食堂は、違う場所でしたわね。王城とはいえ、働いている者のなかには平民も多いし。私、来る場所を間違えたかもしれないわ)
食堂内の雰囲気に気圧されてモタモタしているトレーシーの背後から声が掛かる。
「あら、トレーシーちゃんじゃない? どうしたの? こんな所で一人きりなんて」
驚いて振り返ると、高い位置にある黒い瞳と目が合った。
研究開発部の部長であるレイシル・トラント伯爵だ。
「トラント部長! ご機嫌麗しゅうございます」
「ふふ、こんばんは」
トラントは魔法省研究開発部をまとめる要職に就いている男だ。
侯爵令息でもある彼は、32歳。
独身で国王の幼馴染でもある。
由緒正しき家柄の貴族男性であるトラントは、褐色の肌に短い黒髪、がっしりした筋肉質な体を持つ男前だ。
騎士とよく間違われるし、実際に強い。
しかしトラントは、男臭い見た目を裏切るように細やかな気遣いをしてくれる頼れる上司である。
「それで、どうしたの? ひとりなんて珍しいじゃない? セイデスやアルバスは一緒じゃないの? ケンカでもしちゃった?」
「いえいえ、違いますよ。私、今日から王城の居室に住む事になりました」
「あら、そうなの?」
「はい」
「トレーシーちゃんのお家は、なかなか難しいと聞いていたから深くは聞かないけど……慣れない一人暮らしをするなら、食事の時くらい知り合いを捕まえて一緒に居た方がいいわよ」
「そうですか?」
「ん。私は、そう思うわ」
トラントは女言葉を使う。
無駄にマッチョな体をしているから柔らかい印象にしたいらしい。
それが功を奏しているかどうかは分からないが、トレーシーにとっては話しやすい相手の一人だ。
「あー、ココにいたのか」
「探したんだよ、トレーシー」
そこに噂のふたり、アルバスとセイデスがやってきた。
「あら、やっぱり探されてたんじゃない。仲良しさんね」
「えっ? こんばんは、部長。えっ? なぜ?」
「ご機嫌麗しゅう、トラント部長」
「ふふ。アルバスも、セイデスも、ご苦労さま。トレーシーちゃんと一緒になったのは偶然よ。私がさらってきたわけじゃないからね」
「あ? えっ? そんな事は思ってませんよ」
「もう。相変わらず冗談が好きですねぇ、部長」
「ふふ。せっかくだから、みんなで食事しない?」
「いいですねぇ~。オレは研究開発部の方々との接点が少ないので、ご一緒したいです」
「こちらとしても事務方とは仲良くしたいのよ、セイデス」
「ううっ、でも。私のせいで皆さまに気を使わせるのも……」
「あっ? えっ? そんなの、気にしないでいいよ。トレーシー君ッ」
「そうだよ。独り暮らしの初日でしょ? 今日は賑やかに食事しようよ」
「ふふ。そういう事。あの辺なら皆で座れそうね。行きましょ」
「あっ、あっ。トラント部長ッ」
トラントはトレーシーの手を引いて、混み合った食堂内を慣れた様子でスイスイと進んでいく。
「あっ! トラント部長じゃないですか」
「今日は、お一人ではないんですね」
「おっ、女性連れだ」
「えっ? トラントさんが女性を連れている?」
「えー。トラント部長、そっちだったんですか?」
「あぁっ。明日はトラント部長に憧れていた団員たちの、失恋休みが続出だぁー!」
「もう、ちょっとアナタ達。冗談ばっかり言わないでよぉ~」
王城職員の人気者であるトラントは、通り過ぎる先々で声を掛けられる。
その顔ぶれは貴族や平民など身分を問わない幅広い人付き合いが窺われるもので、特に武官たちとの繋がりを感じさせた。
「おお。珍しいな、レイ。お前が女性連れとは」
「もうっ。エセルったら、揶揄わないで」
「ん? その子は研究開発部の……」
「そう、トレーシーちゃんよ。よろしくね。トレーシーちゃん、このボンキュッボンかつマッチョなお姉さんは、エセル。オズワルド伯爵の娘さんで、王妃さま付きの近衛兵をしているのよ」
「はぁ……あ、あの。私はトレーシーと言います。よろしくお願いいたします」
「こちらこそヨロシク。キミが噂のトレーシー嬢か。やっと会えた」
エセルは形だけの女性近衛兵ではない。
女性でありながら腕の立つ優秀な近衛兵であり、王妃のお気に入りだ。
そのため、魔道具などを通じて近衛隊との接点も多いトレーシーも、あまり顔を合わせたことがなかった。
「噂に聞いてたよりも可愛いお嬢さんだね」
「そんな、可愛いだなんて……」
「ちょっと~エセル? 会った途端に口説かないでよねぇ」
「ん? 私は口説いてなどいないぞ?」
エセルは、端正な顔に悪戯な笑みを浮かべた。
淡い褐色の肌に出るべき所は出ていて締まるべき所はキュッと締まっているスラリとした体は、赤い騎士服の上からでもスタイルの良さが見て取れた。
邪魔にならないよう高い位置でキュッと結い上げている赤い髪。
その瞳は茶色だが虹彩は金色で、視線を向けられると心臓も心も落ち着かなくなるような美女だ。
「もう、無自覚な人って困るわよね。この子、私の幼馴染なのよ、トレーシーちゃん。エセルも王城に住んでるから、困った事があったら頼るといいわ」
「はい。その時には、よろしくお願い致します」
「良いよ、いつでもどうぞ。部屋も近いだろうから、困った事があったら遠慮なく言ってくれ。この褐色筋肉団子に意地悪されたら、とっちめてやるから安心して」
「ちょっと、エセルッ! 褐色筋肉団子って誰のことよっ!?」
「ふふふっ。ありがとうございます。お二人は仲良しなんですね?」
「まぁな。レイとは腐れ縁だ」
「幼馴染だからね」
「私はこれでも数少ない働く令嬢の一人だからな。同じ立場の者同士、何かあったら相談に乗るよ」
「ふふっ。ありがとうございます」
「じゃ、またね」
「はい。よろしくお願い致します」
エセルが手をひらひらさせながら去っていく後姿を、トレーシーはうっとりしながら見送っている。
三人の男たちは複雑な表情を浮かべてそれを眺めていた。
気持ちを切り替えるようにトラントが言う。
「さぁさ、行きましょ。ココは安くて人気だから競争率が高いのよ。品切れになる前に取りに行かなきゃ」
食堂では自分達で料理を取りに行くシステムになっている。
美味しくて量があるわりに安い。
王城で働く者の殆どが利用するので、人気のあるメニューから無くなっていくのだ。
「そうですね、部長。さっさと行って……あっ、トレーシー君は何が好きなのかな?」
「んー……お肉もお魚も好きですけれど……あら、昼と夜だとメニューが違うのですね」
メニューを眺めながらトレーシーは気付いたままを口にした。
後ろから来たセイデスが料理を乗せるためのトレーを手に取りながら後ろから覗き込む。
「ああ。オレたちと違って毎食ココで食べなきゃいけない人たちも居るからね。多少は変わるよ」
「職種によっては仕方ないのよねぇ。王城に詰めてないといけない人たちもいるから」
トラントの言葉に、セイデスは大きく頷いた。
「そうですよね。オレらみたいな書類を相手にする仕事とは違って、沢山食べなきゃ体が持たない仕事をしている人たちもいますからね」
「そうなのね。私は……ああ、バラバラに頼むと注文が大変そうだわ。昼間だと定食を頼むことが多いのだけど、夜は……コースというか、セットメニュー? もあるのね?」
「ココはセルフサービスだからね。コース、っていうメニュー名になってても、持ってきてはくれないよ」
「そうなのね。セイデスは意外と詳しいわね?」
「オレたち事務方は、年度末は残業から逃れる術がないからな」
「あー、そうなのね? んー、効率化を図れる魔道具でも考えてみようかしら?」
「出来ることなら作って欲しいよ。ホント、大変なんだから」
「それよりも今はメニュー決めちゃってよ、トレーシーちゃん。後ろで待っている人たちがいるわ」
「あっ、そうですね。ごめんなさい。あぁーん、どうしましょう? 研究開発部に届けて貰う時には大皿で注文していたから迷っちゃう。んー。お肉とお魚の両方が食べられて量は少な目のCコースくらいにしようかな」
「ああ、スープとか前菜とか、全部セットになってるのがあるのか。じゃ、オレは肉たっぷりのBコースかな」
「私は……トレーシー君と同じでCコースにしようかな」
「アルバス先輩には、量が少なすぎません?」
「んんー……私は一度に沢山は食べられないタイプなのだよ、トレーシー君ッ」
「ああ。それで、アルバスさまは痩せてるんですねー」
セイデスはマジマジと白衣に包まれた細い体を眺めた。
アルバスは情けなさげに眉を下げる。
「私としても、もうちょっと筋肉が欲しい所なんだが……体質なんで仕方ないのだよ。ん、Cコースにデザート付けようかな」
「研究開発部は頭使いますものね」
「うん、そうなんだよトレーシー君。糖分大事」
「えーと、私はAコースを二人分にしようかしらぁ」
「えっ?」
「部長!?」
「トラント部長!?」
三人は驚いてトラントを見た。
Aコースは、肉も魚もたっぷり山盛りのコースだ。
「ふふ。私ってば体が大きいから、一人分だと足りないのよね。あら、Aコースだとデザートも最初から付いているのね。トレーシーちゃん、一個分けてあげましょうか?」
「はぁ……ありがとうございます?」
こうして、トレーシーの一人暮らし初日は賑やかに過ぎていった。
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