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「僕の家はお金持ちでね」

 私が茫然と天を仰いでいると子供部屋おじさんは続けた。

「不動産だけじゃなく全国チェーンの居酒屋なんかも展開していて兄弟、親戚はみな優秀。医者や裁判官になって今も活躍している。僕だけなんだ、何の才能も持たずに生まれてきたのは……」

 私は自分との共通点を探しながら黙って聞いた。

「裏口入学でなんとか大学までは進んだけど、そんなものは社会に出たら何の意味もない、後ろ盾のない世界で僕は無力だった」

 今の所まったく共通点はない。

「半年で仕事を辞めた僕に家族は何も言わなかった。考えてみたら小さな頃から期待された事なんてなくて、こうなることもきっと分かってたんだと思う」

 一向に交わる様子は見られない。

「港区に自社ビルを建てて、上層階を自分たちの住居にする事になったんだ。僕は一番古いこのマンションを渡された、つまり縁を切られた」

 古いが駅前一等地のマンション、家賃収入で働く必要なし。汗だくで自転車を漕いで小銭を稼いでいる私とは世界が違う。

「別に良かった、生まれてきて楽しいと思った事もないし、この世になんの未練もない。生きていくのも面倒だし首でも吊ろうかと考えていたところさ」

 そんな時に引越して来たのが私たち親子だった。一見してなんの変哲もない平凡な家族、普通の旦那に特徴の無い嫁、産まれたばかりの赤ん坊。

 自分が住んでいる一つ下の階に赤ん坊が入居する事に辟易した子供部屋おじさんだったが、防音設備のない部屋に聞こえてきたのは赤ん坊の泣き声ではなく、夫の異常な怒鳴り声とその後に訪れる妻の喘ぎ声だった。

「防音部屋以外の壁はペラペラだからね、僕の家族と一緒だよ、はは」

 それから子供部屋おじさんは私達のことを注意深く観察するようになる。マスターキーを使って留守の日に忍び込み盗聴器を仕掛けた。

 優しそうな夫からDVされる妻、その妻は同時期に引越してきた若い男と不倫していた。ほどなくしてその男からも捨てられて傷心する私に子供部屋おじさんは夢中になった。

「あの、どこが似ているんですか?」

「僕も優香も……」

 数秒溜めてから放たれた言葉に私は何も言い返せなかった。

「誰からも必要とされていない……」

 心の底にしまって厳重に鍵を掛けておいたのに。子供部屋おじさんはあっさりとそこに踏み込んできた。

 あっさりと、土足で。
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