上 下
49 / 56

49

しおりを挟む
 目が覚めると硬い板の上に寝かされていた。置かれた状況が把握できずに上半身だけ起こして周りを見渡すと二十畳くらいのフローリングだった。

 真後ろを見てギョッとした。壁一面が鏡になっていてダンスの稽古場のようになっていたからじゃない。そこに映る私の姿が異様だったからだ。

「なに……これ」
 
 チェック柄のフリルが付いたドレスはアイドルグループの衣装のようで、頭はご丁寧にシュシュでポニーテールにされている。三十路を迎える私には少々きついコスプレだ。

「お目覚めですか?」

 舐めるようなハスキーボイス。その声を聞いて自分が圧倒的な窮地に立たされている事に思い至る。しかし、声だけで子供部屋おじさんの姿が見当たらない。

「何なんですか……」

 震えた声で天井に向かって呟いた。

「優香にはアイドルになってもらう」

「ここは何処ですか?」

「世界にたった一人、僕だけのアイドルだ」

「家に帰してください!」

「大丈夫、優香には才能がある。何も心配はいらない」

 まったく話が噛み合わなくて泣きそうになった。仕方なく立ち上がり出口に向かう。扉は学校の音楽室みたいに重厚で、もちろん鍵が掛かっていた。

 冷静になって辺りを見渡した。四方を壁に囲われていて一片は鏡張り。反対側は出口の扉。テレビの下には謎の機器があり、よく見るとマイクがささっている。どうやらカラオケボックスにある機械のようだ。

 それ以外には何もない、本当に何もない部屋だった。私は力の限り叫んだ。何を言っているか分からない叫び声を、壁を叩きながら。

 どれくらいそうしていただろう。声が枯れてその場にへたり込んだ。

「この部屋はもともと稽古場だったんだ、そこをカラオケが出来るようさらに防音設備を強化したから外には聞こえないよ」

 また声だけが聞こえてくる。その声だけならうっとりしそうな耳障りの良い声が逆に不気味だった。

「ここは、どこなんですか!」

「どこって僕のマンションだよ、ああ、優香のマンションでもあるか、でも正確にはやっぱり僕のマンションて事になるかな」

「え、ここは藤本マンションなんですか?」

「そうだよ、優香が来たんじゃないか。僕にあいに三階まで」

 そうだ、私はウーバーイーツの配達で自分のマンションに来た。でも。

「女の子の声だった……」

 私が呟くとカタカタとキーボードを叩く音が微かに聞こえた。

「こんにちわ、優香さん」

 私がびっくりして天井を見上げると「キャハハハハ」と女の子の笑い声が聞こえてきた。

「パソコンで作った音声だよ」
 
 再びハスキーボイスに戻った子供部屋おじさんの声は心底愉快そうで、まるで本当に子供みたいだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あなたの妻はもう辞めます

hana
恋愛
感情希薄な公爵令嬢レイは、同じ公爵家であるアーサーと結婚をした。しかしアーサーは男爵令嬢ロザーナを家に連れ込み、堂々と不倫をする。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

処理中です...