モラハラ夫との離婚計画 10年

桐谷 碧

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 イタリアンの後は近くのバーに入り、普段飲まないようなカクテルを飲んだ。私は恒くんの時のような失敗をおかさないように、自分を保つことに集中する。

「あのさ、実は初めてなんだ」

「え?」

 松本くんは照れながらマティーニを口にした。苦そうな顔を一瞬見せる。

「彼女できるの……」

「へ?」

「でも絶対、大切にするからさ」

 え? あれ? 私たち付き合う事になってる?

 私もずっと好きだったよ――。

 もしかして、あれを告白の返事と受け取ってしまったのだろうか。そんな馬鹿な。

「あの、松本く――」

「夢みたいだよ、水森と付き合えるなんて」

 だめだ、遠くを見つめる松本くんに今さら結婚してます、なんて言えない。

「え、あの。松本くんモテるでしょ? 彼女が初めてなんて嘘だぁ」

 極力、冗談めかして言った。

「本当だよ、デートはした事あるんだけどさ。その後が続かないんだよね」

 どうしてだろう。見た目は良いし、話し方も穏やか。一緒にいてもすごく楽しいのに。

「そうなんだ……」

「だから、すごい嬉しい!」

「あ、うん、私も」

 太陽のような笑顔に思わずそう答えてしまう。独身だったらこんなに幸せな事ないのに、たった一度の過ちが私の人生を狂わせる。

 店を出ると松本くんは所在なさげに手をぶらつかせている、すぐに手を繋ぎたいんだなと分かった。その純朴さはまるで中学生に戻ったような感覚になる。

 私から手を絡める、恋人つなぎ。松本くんはびっくりした顔の後に笑顔になった。

 駅まで送られる、なるべくゆっくり歩いて少しでも長い時間を一緒に過ごそうとする松本くんの意思が伝わってきて切なくなる。

 つないだ手を離して軽く手を振った。今生の別れみたいな悲痛な表情に見送られて改札口を通り過ぎる。

 数歩、歩いて振り返ると同じ場所で変わらずにヒラヒラと手を振っていた。前を向いて歩き出す。振り向く。その繰り返し。

 最後に大きく手を振ってエスカレーターに乗ると松本くんの姿は見えなくなった。とたんに寂しくなって、登り切ったエスカレーターの真横にある階段を勢いよく降りる。

 松本くんはまだ同じ場所にいた、私の姿を確認して驚いている。私は走って改札に向かう、出ようとしたら『ピンコン』と行手を阻まれた。

 駅員さんに「やっぱり乗りません」と言って乗車をキャンセルして改札を出た。

「帰りたくない……」

 息を切らしてそれだけ言った。どうしよう、本当に後戻りできない。

「うち、くる?」

「うん」

 だって。私だって幸せになりたい。あんな夫に良いように扱われて過ごす人生なんて本当は嫌。

 白馬に乗った王子様、とまではいかなくても。だれか私を連れ去ってほしい。

 身勝手な言い訳で自分を正当化する。ただの不倫を自分自身に非難されないように。ずるい女だ。私は。

 
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