モラハラ夫との離婚計画 10年

桐谷 碧

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「違うんだよ、あれは……元カノなんだ」

 恒くんの家でハンバーグを焼きながら「昨日の髪の長い女の子に焼いて貰えば良いのに」と嫌味を言った後のセリフがそれだった。

 言い訳にすらなっていない。

「あいつ、合鍵で勝手に入ってきて迷惑してたんだよ。でも、もう返してもらったからさ」

「へー」

「いや本当だってば」

「エッチしたでしょ?」

 ハンバーグをひっくり返しながら何でもないことのように軽く聞いた。明日の天気を聞くように自然に。

「いや、それは。流れで仕方なく……」

 そこは嘘をつかないのか。まあ私も夫としてたけど。夫には『やっぱ残業頼まれたから火曜日だけ』と連絡した。代替えのスマートフォンで。

「でも、ぜんっぜんだから。優香に比べたらまるでダメ、立たなかったもん。いやまじで」

「ぷっ」

 なんだそりゃ。そんなんで女が喜ぶとでも……。喜ぶとでも?

「でもやったんでしょ?」

「いや、それは流れで……」

「でもイってないから、これはほんと!」

 本気で言ってるのか表情は至って真剣だった。

 ああ、そうか。

 この人は子供のまま大人になっちゃったんだ。おそらく元カノも、合鍵の話も本当なのだろう。それでも正直に話せば許してくれるはず。そう信じて疑わない純粋さがある。

「ふーん」

 ハンバーグに菜箸を刺すと透明な肉汁が溢れた、もう焼けたみたい。夫にはいつも半生を食わせるけど、今日はしっかり火を通す。

 肉汁が残ったフライパンにバターを入れた、溶ける前にウスターソースとケチャップを投入してソースを作る。

 あらかじめ焼いておいた目玉焼きをハンバーグに乗せてからソースをたっぷりとかける。付け合わせはブロッコリーとミニトマト。

 小学生が喜びそうなハンバーグを目の前に目を輝かせる三十六歳。

「いただきまーす」

「めしあがれ」

 居心地いいなぁ、この人は。

 馬鹿との生活でささくれた心がまぁるく滑らかになる感覚。穏やかな気持ちになれる時間。
離婚までまだ七年もある。こんな場所も必要かも知れない。

 自分に言い聞かせるように心の中で呟く。孤独を癒す子供のような大人を眺めながら。
 
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