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第三十六話 プロポーズ

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 久しぶりに姉の病院を訪れると、先客がいた、佐藤の声が漏れ聞こえてくる。武志は扉の向こうから耳を澄ませた。


「今日はずいぶん顔色が良いな」

『今日も! でしょ。そんな事より次のレース大丈夫なの?』

「え、もちろん自信あるよ」

『本当かなあ、あんたの言う事は当てにならないわね』

「ははっ、何言ってるんだよ」

『笑ってごまかさない』

「あのさ、優勝したら結婚しようか?」

『はぁ? 正気?』

「あたりまえだろ、なあ、キスしても良いか」

『良いわけないでしょ!』

「ちょ、そんな怒るなよ、わかったよ」

『まったく女心がまるで分かってないわよね』

「あのさ、気が早いけどこれ」

『なによ?』

「俺にはボートしかないからさ」

『……』

「今年の賞金王決定戦、やっと戻ってこれた。絶対に優勝するよ」

『うん』

「そしたら、そろそろ目を覚ませよな」



 聞こえるはずがない姉の声が聞こえた気がした、武志はこぼれ落ちる涙を拭おうともしないでその場に立ち尽くすと絵梨香と佐藤の会話を扉の向こうでいつまでも聞いていた。

「またくるよ」

 扉が開いて佐藤が出てきた。

「おお、武志」

「すみません、立ち聞きするつもりは」

「気にするな、証人がいたほうが良いだろう」

 武志の肩をぽんと叩くと佐藤は病室を後にした、入れ違いで室内に入ると眠っているはずの絵梨香が笑っているように見えた。

 布団に乗った左手の薬指には指輪が光っている。そうか、やっとプロポーズしてもらえたからそんな嬉しそうなんだな。武志は一人で納得した。

 
「姉ちゃん、結婚おめでとう」
 
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