賞金王と呼ばれた男 〜童貞の果てしなき挑戦〜

桐谷 碧

文字の大きさ
上 下
20 / 38

第十九話 尾行する女

しおりを挟む
 今日も彼から連絡はない、自分から花束を投げつけた挙句に「さようなら」と、絶縁宣言を突きつけたのだから当然だろう。

 莉菜は鳴らないスマートフォンを見つめながら先日の出来事を振り返った。

 しかし――。

 今回は勘違いでも何でもない、目の前でキスをしている所を目撃したのだから。喜んだり、悲しんだり、彼と出会ってからの莉菜は感情の起伏が激しく情緒不安定だった。

 それでも、自分から連絡しようかと何度もスマートフォンを手に取った。その度になんて連絡するのか分からずに、ただ画面を見つめるだけだった。

『なんだ、やっぱり彼女いたんだー、騙されたー』
 なんか軽いなあ。

『なんなのあの女、浮気してたの』
 正式に付き合おうとも言われてないしな。

『突然出て行ってごめんなさい、許して』
 なんで私が謝らなきゃならないのよ。

 不毛な思考は連日続き、既に一ヶ月以上が経っていた。幸いなのは佐藤のスケジュールがびっしりで、連絡をする余地がない事だったが、ボートレースの公式ウェブサイトによると今週一杯はオフのはずだが、一向に連絡は無かった。

「莉菜いるー?」

 リビングからお母さんの声が聞こえてきた、ボサボサの頭にスウェット姿のまま布団から這い出すと声の元に向かう。

「いるよー、なあに」
 リビングではお父さんがソファに仰向けで寝ている、なぜか上半身は裸だ。

「どうしたの、お父さん」

「今朝ね、豊洲に仕入れに行った時に、重いもの持って腰痛めちゃったのよ」

 お母さんが湿布を腰に貼りながら説明してくれた、お父さんはグッタリと横たわっている。

「えー、大変じゃない、今日はお休みにしなよ」
「バカ野郎、ちっと腰が痛むくらいで休めるか、このスットコドッコイ」
 お母さんがやれやれ、といった表情をしている。

「悪いんだけど、薬局で鎮痛剤やら買って来てくれないかしら」

 はぁ、面倒くさいと思ったが、この家で暇なのは自分だけだ。莉菜は渋々承諾するとジーンズにパーカー、ボサボサの頭を結んでキャップを被った、もちろんメイクなどしていない。

 自転車にまたがり蕨駅前のドラッグストアを目指す、青空の下ペダルを漕ぎ続ける事十分、目的地が見えてきた。

『リニューアルオープンのため改装中』

 閉ざされたシャッターに貼られた紙をみて莉菜はため息をついた、全くもってツイてない、しばしシャッターの前で考え込むがドラッグストアはこの駅に一件しか無かった。

 手ぶらで帰るわけにもいかず、仕方なく自転車を駅前の駐輪場に停めると、自動改札機にスマートフォンを充てて蕨駅に入った、京浜東北線の赤羽方面に乗り込むと隣駅の西川口に着く。

 しかし待てよ、莉菜は頭をフル回転させる、この小さな駅のドラッグストアでは目当ての品々が見つからないかも知れない、あと二駅で赤羽駅だ、赤羽なら大きなドラッグストアが何件からあるので確実だろう。

 そう自分に言い聞かせながら、密かに佐藤とバッタリ会うかも知れない可能性を胸に秘めながら西川口駅を通り過ぎた。

 平日の昼間だというのに赤羽駅は人で溢れている、莉菜は駅前にある大型のドラッグストアに入ると目当ての商品を探した。

「すみません、腰を痛めまして、湿布とか鎮痛剤ありますか?」

 あまりにも商品が多くて探すのも面倒になった莉菜は近くの店員に話しかけた、人の良さそうなお兄さんは、親切に商品棚まで案内してくれた上におススメを紹介してくれる。

「では、お大事に」
「いや、私じゃ……」

 言い終わる前に店員さんは目の前から消えていた。五台あるレジはどこも渋滞だ、一番速く流れそうな列に並んで順番を待った。

 目の前に並ぶ若い女が購入している商品をなんの気無しに眺めていた、ポケットティッシュ、下着、除菌シート、栄養ドリンク、コンドーム――。

 うわぁ、昼間から堂々とよく買えるなあ、と莉菜は鼻白んで観察していた、どんな女か見てやろうと顔に視線を上げた所で固まった。

 威風堂々とスキン商品を購入する美しい女は先日、佐藤の病室でかち合ったあの女に間違いなかった。

 莉菜の心拍数は急上昇した、佐藤に逢えるかもと期待して赤羽くんだりまで足を運んだのに、よりによって天敵に出くわしてしまった。

 それよりも気になるのは、たった今購入したその如何わしい商品を、誰と使うのかだった。

「お次の方どうぞー」

 女の会計が済んで莉菜が呼ばれた、カゴに入った商品のバーコードを読み取っている間も視線は女を追いかけている、幸い女は買い忘れた物でもあるのだろうか、店頭に並んだ商品を眺めていた。

 スマートフォンで料金を支払うとキャップを深く被り直して女の横を通り過ぎた、女は鼻歌を口ずさみながら、ご機嫌な様子で商品の陳列棚を眺めている。

 莉菜は距離を取りながら女を観察した、ヒールの高いサンダルに春物のミニワンピースは、身体のラインが強調されるタイプで華奢な身体がより一層際立っていた、ジャケットを羽織っているがおそらく脱いだら両肩が丸出しになるタイプだ、姉が着ているのを先日見た。

 まだ寒いだろうが、その格好は――。

 しかし、胸は私のほうがボリュームが、莉菜は片手で自分の胸を揉んでいると、通り過ぎたサラリーマンが怪訝な表情でコチラを見ている。

 ふと、ガラス張りになった喫茶店にうっすらと映る自分の姿を確認した、無造作に一本で結んだ髪の毛が尻尾のようにキャップの後ろから飛び出している、スニーカーにジーンズ、パーカー姿の怪しい女が電柱の陰で肩乳を揉んでいた。

 莉菜は急いで姿勢を正して、その場を離れようとした。

 はずだった――。

 思いとは裏腹にドラッグストアに戻るとマスクを購入した。

 居なくなってて――。

 その願い虚しく、女はまだドラッグストアの前をウロウロとしていた。仕方なくマスクの袋を破り装着した、これなら例え親でも莉菜だと分かるのは困難なはずだ、女は時計を確認すると駅前の噴水に向かって歩き出した、予想通り誰かと待ち合わせのようだ。

 まるで、ギャンブルの結果を待つように莉菜は願った、これから現れる男が彼じゃありませんように、と。

 もし彼じゃ無ければ、そうだ、あの女に騙されている事になる、それならば一刻も速く伝えてあげなければ。そうすれば二人は晴れて何の障害もなくなり――。

 と考えていた所で女はパッと笑顔になり手を振っている、あまりにも幸せそうな笑顔になぜか胸がチクリと痛んだ。

「寿木也くん……」

 女の視線の先に現れた男を見て、その場にへたり込みそうになりながら呟いた。二人は並んで歩き出すと赤羽駅の改札口に吸い込まれて行く、莉菜はふらふらと二人の後を追った、こんな事をしても惨めになるだけだと、分かりながらも本能が莉菜の歩を進めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

女難の男、アメリカを行く

灰色 猫
ライト文芸
本人の気持ちとは裏腹に「女にモテる男」Amato Kashiragiの青春を描く。 幼なじみの佐倉舞美を日本に残して、アメリカに留学した海人は周りの女性に振り回されながら成長していきます。 過激な性表現を含みますので、不快に思われる方は退出下さい。 背景のほとんどをアメリカの大学で描いていますが、留学生から聞いた話がベースとなっています。 取材に基づいておりますが、ご都合主義はご容赦ください。 実際の大学資料を参考にした部分はありますが、描かれている大学は作者の想像物になっております。 大学名に特別な意図は、ございません。 扉絵はAI画像サイトで作成したものです。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

命の灯火 〜赤と青〜

文月・F・アキオ
ライト文芸
交通事故で亡くなったツキコは、転生してユキコという名前の人生を歩んでいた。前世の記憶を持ちながらも普通の小学生として暮らしていたユキコは、5年生になったある日、担任である園田先生が前世の恋人〝ユキヤ〟であると気付いてしまう。思いがけない再会に戸惑いながらも次第にツキコとして恋に落ちていくユキコ。 6年生になったある日、ついに秘密を打ち明けて、再びユキヤと恋人同士になったユキコ。 だけど運命は残酷で、幸せは長くは続かない。 再び出会えた奇跡に感謝して、最期まで懸命に生き抜くツキコとユキコの物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...