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第十話 事故
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「なにしてんだ、あの天才は?」
佐藤の師匠である小峠亮太は休日にも関わらず、戸田競艇場の水面でターンの練習をする弟子を見ながらため息をついた。練習熱心なのは良いことだが体を休めるのもプロの仕事だ。
「チルト3で回る練習だそうです」
佐藤の兄弟子である桐野裕太が関心したように水面を眺めている、チルトとは艇に付いているプロペラの角度の事で、マイナス0.5~プラス3.0まで調整出来るようになっている。
「はぁ?」
「つまり、チルト3で戸田を回れたら俺は無敵、りなちゃんは俺のもの……だそうです」
チルトの角度が高くなるほど舳先が上がり水面との接地面積が少なくなる、つまりスピードが出る、その代償として安定感が失われ曲がるのが非常に困難になる。
実戦では殆どの選手がチルトをマイナス0.5に調整していた。
「今度あいつに心の声が漏れてる事教えてやれ、とにかくすぐにやめさせろ、危ねえだろうが」
水面の幅が狭い戸田競艇場ではチルト角度プラス0.5が最高角度でそれ以上の調整は禁止されていた。
ピットに戻ってきた佐藤に桐野が話しかけている、二人は少しばかり談笑すると佐藤は再び水面に戻っていった。
「自分は小峠さんと違って空気抵抗があるからもっと練習しなきゃだそうです」
「だれの頭が空気抵抗ゼロだ、それにヘルメット被るんだからハゲ関係ねえだろ」
水面上の佐藤は艇を自在に操っていた、二人はその光景を見て感心している。
「あれ本当にチルト3なのか?」
「そのはずですが」
「戸田競艇場の上限がチルト3だったらあいつに勝てるやついねえな」
「危なかったですね」
佐藤はターンマークのギリギリを攻めると体を目一杯艇から出して体重をかける、モンキーターンと呼ばれるテクニックで今では殆どの選手が使っているが、佐藤のそれは美しさとダイナミックさが融合し、すでに芸術の粋に達していた。
「次に戻ってきたら本当に止めさせろよ」
「わかりましたよ」
小峠が踵を返して小屋に戻ろうとしたその時、激しい激突音が静かな戸田競艇場内に響き渡った、振り返ると佐藤が乗っていた艇が第二ターンマークを曲がってすぐの壁に激突して転覆していた。操縦していた佐藤は防護壁の横に、打ち上げられたイルカのようにぐったりと横たわっている。
「寿木也――――!」
桐野が救助艇を出して佐藤の元に駆けつける、小峠は急いで小屋に戻り救急車を手配すると、ピットに戻ってきた佐藤に声を掛けたが返事はない。
「あまり動かすな」
周りの人間に指示すると佐藤のヘルメットを脱がして脈を測る、どうやら正常だが頭を強く打っているかも知れないので油断は出来ない、すぐにサイレンの音が近づいてくると救急隊員がやって来てタンカに乗せて運び出した。
「すみません、俺がさっき止めておけば」
「バカ野郎、自己責任だ、お前は佐藤の知り合いに連絡してくれ、俺はコイツに付いていく」
「わかりました」
救急車がハッチバックを閉めるとサイレンを鳴らして走り出した、小峠は救急隊員と共に乗り込んで佐藤の手を握る。
「おい、寿木也、大丈夫か」
すると佐藤の手は小峠の手を握り返してきた。
「おい、わかるか、俺だ」
「うっ、うーん、りなちゃん……」
小峠は握っていた手を離すと軽く頭を引っぱたいたが、気絶しているはずの佐藤の顔は終始ニヤけていた。
佐藤の師匠である小峠亮太は休日にも関わらず、戸田競艇場の水面でターンの練習をする弟子を見ながらため息をついた。練習熱心なのは良いことだが体を休めるのもプロの仕事だ。
「チルト3で回る練習だそうです」
佐藤の兄弟子である桐野裕太が関心したように水面を眺めている、チルトとは艇に付いているプロペラの角度の事で、マイナス0.5~プラス3.0まで調整出来るようになっている。
「はぁ?」
「つまり、チルト3で戸田を回れたら俺は無敵、りなちゃんは俺のもの……だそうです」
チルトの角度が高くなるほど舳先が上がり水面との接地面積が少なくなる、つまりスピードが出る、その代償として安定感が失われ曲がるのが非常に困難になる。
実戦では殆どの選手がチルトをマイナス0.5に調整していた。
「今度あいつに心の声が漏れてる事教えてやれ、とにかくすぐにやめさせろ、危ねえだろうが」
水面の幅が狭い戸田競艇場ではチルト角度プラス0.5が最高角度でそれ以上の調整は禁止されていた。
ピットに戻ってきた佐藤に桐野が話しかけている、二人は少しばかり談笑すると佐藤は再び水面に戻っていった。
「自分は小峠さんと違って空気抵抗があるからもっと練習しなきゃだそうです」
「だれの頭が空気抵抗ゼロだ、それにヘルメット被るんだからハゲ関係ねえだろ」
水面上の佐藤は艇を自在に操っていた、二人はその光景を見て感心している。
「あれ本当にチルト3なのか?」
「そのはずですが」
「戸田競艇場の上限がチルト3だったらあいつに勝てるやついねえな」
「危なかったですね」
佐藤はターンマークのギリギリを攻めると体を目一杯艇から出して体重をかける、モンキーターンと呼ばれるテクニックで今では殆どの選手が使っているが、佐藤のそれは美しさとダイナミックさが融合し、すでに芸術の粋に達していた。
「次に戻ってきたら本当に止めさせろよ」
「わかりましたよ」
小峠が踵を返して小屋に戻ろうとしたその時、激しい激突音が静かな戸田競艇場内に響き渡った、振り返ると佐藤が乗っていた艇が第二ターンマークを曲がってすぐの壁に激突して転覆していた。操縦していた佐藤は防護壁の横に、打ち上げられたイルカのようにぐったりと横たわっている。
「寿木也――――!」
桐野が救助艇を出して佐藤の元に駆けつける、小峠は急いで小屋に戻り救急車を手配すると、ピットに戻ってきた佐藤に声を掛けたが返事はない。
「あまり動かすな」
周りの人間に指示すると佐藤のヘルメットを脱がして脈を測る、どうやら正常だが頭を強く打っているかも知れないので油断は出来ない、すぐにサイレンの音が近づいてくると救急隊員がやって来てタンカに乗せて運び出した。
「すみません、俺がさっき止めておけば」
「バカ野郎、自己責任だ、お前は佐藤の知り合いに連絡してくれ、俺はコイツに付いていく」
「わかりました」
救急車がハッチバックを閉めるとサイレンを鳴らして走り出した、小峠は救急隊員と共に乗り込んで佐藤の手を握る。
「おい、寿木也、大丈夫か」
すると佐藤の手は小峠の手を握り返してきた。
「おい、わかるか、俺だ」
「うっ、うーん、りなちゃん……」
小峠は握っていた手を離すと軽く頭を引っぱたいたが、気絶しているはずの佐藤の顔は終始ニヤけていた。
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