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第一話 出会い
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「優勝おめでとー」
茶髪にハイライトが入った髪を丁寧にコテで巻いたロングヘアーの女が、指で毛先を遊ばせながらワイングラスを傾けた。
「ああ、ありがとう」
『きょうこ、きょうこ、きょうこ』
佐藤は十二月だというのに両肩が丸出し、オフショルのミニワンピを着た女の名前を間違えないように呪文の様に心の中で呟いた。
「テレビで見てたよ、賞金一億円とかやばーい」
パッチリとした二重は少しだけつり気味で猫を連想させる、小さな鼻に薄い唇、身長は百五十八センチ程で細い体には不釣り合いな膨らみが二つ、先日キャバクラで連絡先を交換した女は見た目が佐藤のどストライクだったが、喋り方が馬鹿丸出しなのが玉に瑕だった。
「まあ半分は税金に持っていかれるからさ、大して残らないよ」
先日の賞金王の賞金が一億円、その他の賞金と出走料を合わせると年収は二億円を優に超えた。さらに二十二歳という若さと端正なルックスはテレビ受けも良く、今年は様々なCMやテレビ出演がすでに決まっている。
「何か苦手な食材などございませんか?」
鉄板越しに真っ白なコックコートを着た料理人が、穏やかな笑みを浮かべて話しかけてきた、内心ではこんな若造が西麻布の高級鉄板焼きを食べに来ていることを苦々しく思っているに違いない。
「僕は大丈夫です、響子ちゃんは」
「ウチも大丈夫ー」
料理人は笑みを浮かべたまま「かしこまりました」と言って前菜の準備を始めたが、女の頭の悪そうな喋り方に佐藤は舌打ちしたくなる。よりによって会話が丸聞こえのカウンター席にした事を後悔した、個室にしておけばこんな恥をかくこともなかっただろう。
「こちらサーモンのマリネです」
サニーレタスの上に乗ったサーモンを見てギョッとした、佐藤はサーモンが食べられない。ならば先程聞かれた時になぜ言わなかったのか、それは苦手な物を言うのが子供みたい、格好悪い様な気がしたからだ。好き嫌いがあまりないので大丈夫だろうとタカを括っていたが今日はツイてない。
隣の響子は美味そうにサーモンのマリネをサニーレタスに巻いて食べている、意外にも食べ方は綺麗だ、個室だったら彼女にくれてやったのに、目の前では料理人が次の準備をしていて離れそうにもなかった。
仕方なく佐藤はサーモンを口の中に放り込むとトイレに駆け込んだ、トイレットペーパーを巻き取り、口から吐き出すと便器に流して何事も無かったかのように席に戻った。
「トイレ鬼近いねー」
距離の事を言っているのか尿意の事を言っているのか、分からないので曖昧に返事をしておいた、彼女とまともに会話するにはもう少し酒を飲まなければならないだろう。
「響子ちゃんは彼氏とかいないの?」
「あたし本名は星野莉奈なんだー、莉菜って呼んで」
ああ、目の前で真剣にエビを焼いているこの料理人は、この会話を聞いてなんて思っているだろう、キャバクラ嬢を口説くために若造が無理して高級店で食事をしていると、この後はこの女の店に同伴するのだと、きっとそう思っているに違いない。佐藤はブライトリングの高級腕時計が料理人に見えるように腕の角度を調整した。
料理を一通り食べ終わると女は席を立ってトイレに向かった、その後姿は抜群のスタイルで店内の男性客の殆どが彼女を目で追った、あれで喋らなければ完璧なのにな、と考えていると目の前の料理人から話しかけられた。
「佐藤選手ですよね?」
「え、知ってるんですか」
今でこそ人気芸能人がCMなんかをしているが、それでも競艇選手の顔と名前が一致する一般の人間は少ない。実際、今年の王者である佐藤が町中で歩いていても、声を掛けられる事は殆どなかった。
「勿論ですよ、史上最年少賞金王」
「いやー、たまたまですよ」
謙遜しながらも気分は高揚していた、自分を知っている人なら貧乏人が無理して高級店に来ているとは思ってはいないだろう。
「サイン、良いですか?」
この店はどうやら芸能人も御用達のようで、壁には色紙が幾つも飾ってあった。
「えー、サインですか、ちゃんと書けるかなあ」
すっとぼけながら色紙とペンを受け取った、サインの練習はデビューする前に死ぬほどしていたのでスラスラとペンが進む。
「ありがとうございます、来年も頑張ってください応援してます」
そう言って握手した所で女が戻ってきた。
「えーすごい、サインしてたのー」
驚いた表情で隣に座った女は羨望の眼差しで佐藤を見つめた。
「たまたま、知ってくれてたみたいでね」
いまいち佐藤の凄さを理解していなかった女だったが、やっと分かってくれたようだ、気分が良くなった所でお会計をした。
店を出ると十二月の冷たい空気が頬を撫でた、次の店は雰囲気の良いバーを予定している。
「ご馳走様ー、じゃあまたねぇ」
「え、もう帰っちゃうの」
「これからお店だから、同伴してくれる?」
佐藤はキャバクラの同伴が苦手だった、と言うよりもした事がない、『同伴=成金おやじ』そんなイメージがあるので恥ずかしくて出来なかった。
「いや、やめとくよ」
八方美人で見栄っ張り、しかし見栄を張るためには努力を惜しまない童貞、それが佐藤寿木也だった。
茶髪にハイライトが入った髪を丁寧にコテで巻いたロングヘアーの女が、指で毛先を遊ばせながらワイングラスを傾けた。
「ああ、ありがとう」
『きょうこ、きょうこ、きょうこ』
佐藤は十二月だというのに両肩が丸出し、オフショルのミニワンピを着た女の名前を間違えないように呪文の様に心の中で呟いた。
「テレビで見てたよ、賞金一億円とかやばーい」
パッチリとした二重は少しだけつり気味で猫を連想させる、小さな鼻に薄い唇、身長は百五十八センチ程で細い体には不釣り合いな膨らみが二つ、先日キャバクラで連絡先を交換した女は見た目が佐藤のどストライクだったが、喋り方が馬鹿丸出しなのが玉に瑕だった。
「まあ半分は税金に持っていかれるからさ、大して残らないよ」
先日の賞金王の賞金が一億円、その他の賞金と出走料を合わせると年収は二億円を優に超えた。さらに二十二歳という若さと端正なルックスはテレビ受けも良く、今年は様々なCMやテレビ出演がすでに決まっている。
「何か苦手な食材などございませんか?」
鉄板越しに真っ白なコックコートを着た料理人が、穏やかな笑みを浮かべて話しかけてきた、内心ではこんな若造が西麻布の高級鉄板焼きを食べに来ていることを苦々しく思っているに違いない。
「僕は大丈夫です、響子ちゃんは」
「ウチも大丈夫ー」
料理人は笑みを浮かべたまま「かしこまりました」と言って前菜の準備を始めたが、女の頭の悪そうな喋り方に佐藤は舌打ちしたくなる。よりによって会話が丸聞こえのカウンター席にした事を後悔した、個室にしておけばこんな恥をかくこともなかっただろう。
「こちらサーモンのマリネです」
サニーレタスの上に乗ったサーモンを見てギョッとした、佐藤はサーモンが食べられない。ならば先程聞かれた時になぜ言わなかったのか、それは苦手な物を言うのが子供みたい、格好悪い様な気がしたからだ。好き嫌いがあまりないので大丈夫だろうとタカを括っていたが今日はツイてない。
隣の響子は美味そうにサーモンのマリネをサニーレタスに巻いて食べている、意外にも食べ方は綺麗だ、個室だったら彼女にくれてやったのに、目の前では料理人が次の準備をしていて離れそうにもなかった。
仕方なく佐藤はサーモンを口の中に放り込むとトイレに駆け込んだ、トイレットペーパーを巻き取り、口から吐き出すと便器に流して何事も無かったかのように席に戻った。
「トイレ鬼近いねー」
距離の事を言っているのか尿意の事を言っているのか、分からないので曖昧に返事をしておいた、彼女とまともに会話するにはもう少し酒を飲まなければならないだろう。
「響子ちゃんは彼氏とかいないの?」
「あたし本名は星野莉奈なんだー、莉菜って呼んで」
ああ、目の前で真剣にエビを焼いているこの料理人は、この会話を聞いてなんて思っているだろう、キャバクラ嬢を口説くために若造が無理して高級店で食事をしていると、この後はこの女の店に同伴するのだと、きっとそう思っているに違いない。佐藤はブライトリングの高級腕時計が料理人に見えるように腕の角度を調整した。
料理を一通り食べ終わると女は席を立ってトイレに向かった、その後姿は抜群のスタイルで店内の男性客の殆どが彼女を目で追った、あれで喋らなければ完璧なのにな、と考えていると目の前の料理人から話しかけられた。
「佐藤選手ですよね?」
「え、知ってるんですか」
今でこそ人気芸能人がCMなんかをしているが、それでも競艇選手の顔と名前が一致する一般の人間は少ない。実際、今年の王者である佐藤が町中で歩いていても、声を掛けられる事は殆どなかった。
「勿論ですよ、史上最年少賞金王」
「いやー、たまたまですよ」
謙遜しながらも気分は高揚していた、自分を知っている人なら貧乏人が無理して高級店に来ているとは思ってはいないだろう。
「サイン、良いですか?」
この店はどうやら芸能人も御用達のようで、壁には色紙が幾つも飾ってあった。
「えー、サインですか、ちゃんと書けるかなあ」
すっとぼけながら色紙とペンを受け取った、サインの練習はデビューする前に死ぬほどしていたのでスラスラとペンが進む。
「ありがとうございます、来年も頑張ってください応援してます」
そう言って握手した所で女が戻ってきた。
「えーすごい、サインしてたのー」
驚いた表情で隣に座った女は羨望の眼差しで佐藤を見つめた。
「たまたま、知ってくれてたみたいでね」
いまいち佐藤の凄さを理解していなかった女だったが、やっと分かってくれたようだ、気分が良くなった所でお会計をした。
店を出ると十二月の冷たい空気が頬を撫でた、次の店は雰囲気の良いバーを予定している。
「ご馳走様ー、じゃあまたねぇ」
「え、もう帰っちゃうの」
「これからお店だから、同伴してくれる?」
佐藤はキャバクラの同伴が苦手だった、と言うよりもした事がない、『同伴=成金おやじ』そんなイメージがあるので恥ずかしくて出来なかった。
「いや、やめとくよ」
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