大志荘の若者

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俺と双葉と御来光

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「な!な!日野何お願いしたん?」

「何でもいいだろ。お前、ポロポロこぼれてんじゃないか」

初詣の帰り際、出店で買った焼きとうもろこしを頬張る双葉と供に帰路に着く。

「おれ、こんど白テレの漫才コンテストで絶対優勝したる!って宣言してきた!」

普通に願う気はねえのか。どいつもこいつも。

「おれ、これから初日の出拝んだら浅草の出店まわるんやけど、日野はどうする?」

「帰るよ。眠いし。」

「ほんま、連れへんやっちゃなあ・・・・、せやな・・・まあ、今日はようきたわ。ゆっくり寝や。」

トウモロコシの端の小さい粒を齧りながら優しい眼差しを向ける双葉。

「・・・・」

こいつ気は使えねーけど根はいいやつなんだよな。

「あんま飲み過ぎんなよ」

そういってまだ夜明け前の仄暗い交差点を渡ろうとしたところを双葉に呼び止められる。振り向く俺を真っ向から見つめる双葉。いつになく真面目な表情に一瞬何事かと驚かされる。

「なぁ、日野。今度の漫才大会で優勝出来ひんかったら、俺・・・芸人諦めよう思ってんねん。ほんで優勝したらあのアパート出てくつもりや。このまま続けてもズルズルいくだけやろし。今年にな、今年に懸けてるんや。」

いきなりのことに面喰らって、2秒ほど息をのんだ。突如ふきあがる風の切るような冷たさが鼻をつん裂く。

「べつになにもやめるこたねーだろ。」

「本気やで。」

どうしたんだよ、急に。いつもの阿保面はどうしたんだよ。そんな疑問を投げかける前に畳み掛けるように双葉が喋り出す。

 「なぁ、日野。うるさいかもしれへんけど、相棒として言わせて貰うわ。」

「・・・・・。」

「お前から詳しいこと聞いとらんけどな。5年一緒におったら分かんねんて。生きてたらそらいろいろあるわ。辛いこと、悔しいこといっぱいある。過去に苦しんでても何も始まらへん」

「・・・・・・」

責められてる訳ではない。励ます叱咤も俺には耳が痛く、背を向けた。

「お前にはわからねーよ」

「そうやって、一人になろうすな!自分だけ苦しいんと違うやぞ!」

「なんなんだよ、煩いな!なんだよお前、いきなり。」

「日野、小説書け」

「出来たらとっくに書いてるよ」

「ええから書けって。三月末の漫才コンテストまでに書け」

「巻きこむんじゃねえ!それにな、そんなすぐ書けるもんじゃないんだよ小説ってのは」

「今と向き合わへんで何が芸術家やねん!この小説家気取りが!ええっ!?何を書くんや!」

「・・・・・・」

「ええから、お前の小難しい小説、もっかい読みたいんや!」

拳を握り締め、唇をわなわな震わせる双葉の目にはうっすら涙が浮かんでいた。なんだよ、その目。お前、ほんと何なんだよ。

「頼む。お前才能あんのやから・・・俺も安心してあの大志荘卒業したいんや。」

「・・・・・、
書くよ、書きゃあいいんだろ。」

「それでこそ熱い芸人魂、チキチキバンバン、双葉大吾の同志!江戸川乱歩の再来!日野正人!ほな、あとでな。ええ酒、買うてきたるから付き合い!」

ニカッと笑って通りをズカズカと歩いていく売れない芸人。どうせベロンベロンになるまで飲んだくれてまた面倒事でも引き起こしてくんだよ。

彼奴は今は売れてないが大博打みたいな野郎でなかなか見所がある。双葉がいるだけでその場に日が差したように明るくなるし大胆不敵な言動はいつも周りを驚かせドッと沸かせる。TVショーのタレントにはうってつけな調子者ではあるが、奴は何故か漫才に拘泥る。芸人たるもの漫才極めなあかんやろ。という一本筋なところがあり、その熱すぎる性分からこれまで相方と衝突してはとっかえ引っ換え、多くのチャンスを逃してきた。
奴の空回りを巧く廻せるような相方と出逢えさえすればきっと上手く運んでいるのだろうが。

この大志荘に流れ着いてから五年、同い年で部屋も隣だったことから多くを語り合った仲ではあるが、先ほどの日野の眼差しは初めてみた。きっとこの数年、俺が奴をみてきたのと同じように、彼も俺を小説家として応援してくれていたのだ。

一人、大志荘の軋む階段を上がり慣れた四畳半に戻ると、どさりと崩れた。突っぱねて堪えてきた何かが糸を切れたように溢れでる。

「・・・・っく、うぅ、ひぐっ」

這い蹲りながら布団までくると、嗚咽を漏らしながら枕に顔を押し当て割れるような痛みを必死で抑えた。

「圭一っ、うわぁああ、あああっああっ」

暫く経って疲れ果て、顔をあげると、窓からは御来光が差し込んでいる。

先ほどの参拝と同じように胸の前で手を合わせ目を瞑る。自然と息を深く吸い込み浮かんでくる言葉を念じた。

「神様、どうか俺に生きる気力と明日を夢みれるだけの才能を下さい」


其の後、またしらばらく寝ていたらしく目を覚ますと辺りは暗くなっていた。

今、何時だ?
部屋には時計すらなく電気も止まっているためTVもつかず確認のしようがない。

外をみようと窓に近づいたその時だった、月の光が一瞬陰り物陰が降ってきたかと思うと窓ガラスを突き破ってバリィイイン、と音が鳴ったとほぼ同時に衝撃が乗っかってくる。

「わッ、・・・・っ、ゔぅ、」

痛い、重い!?
一体何があった・・・!?

「っ痛ああ・・・」

横たわり肘をつく、俺の上の何かが動く、人?着物姿の男?女?・・・
額を押さえる様子の陰が、ゆっくり身体を起こす。

「なっ、なっ・・・・・!?
・・・っ!?」


月明かりに照らされた肌蹴た着物の男。色白で細身、髪は黒髪でさらさらと光に照らされ輝き、乙女と見間違うほど繊細な造りをしている。

突然のことにたじろぐ俺を他所にはだけた襟をなおし、気恥ずかしそうに笑う其奴。

「悪りぃな、にぃちゃん。蝋燭の灯つけてくんねぇか?」

ふにゃりと弛んだような笑みを零すそいつは、俺が愛した男、圭一にそっくりな美青年だった。

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