愛する家庭を守るため 病んだ妻が決断したのは「夫を娘にする」事だった

高崎三吉

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ナオミは大人になって

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 そこは卒業式も過ぎた三月も終わり近い大きな大学のキャンパスだ。
 名前を聞けば誰でもピンと来る有名な一流大学の構内にて、人目を引く美しい女性が、これもハンサムで恰幅のいい男に呼び止められていた。

「ナオミ……やっぱり俺とは付き合ってはくれないのか?」
「私は来月からママの研究所で働くから、その準備で忙しいのよ」

 同じ大学の研究室で勉学を共にした男子に対し、成長したナオミは背を向けた。
 ナオミは既に大学を首席の成績で卒業式を迎え、その美貌もあってまさに「才色兼備」を絵に描いた存在だった。
 それでいて彼女は家庭的でもあり、料理や掃除、洗濯など家事に長けていて、なおかつ編み物や刺繍も巧みにこなすと言う万能女子だ。
 もちろん多くの男子のあこがれの的であったが、彼女の男に求める基準の高さとガードの堅さもまたよく知られていた。
 才色兼備のナオミは知勇兼備かつハンサム、つまり「最高の男」しか相手にしない。要するに殆どの男にとっては決して手に届かない「高嶺の花」である。
 有力者を集めて行われた大学の研究発表会後に開かれたパーティに着飾って出向いた時には、幾人もの若くして地位と富のある男性からの誘いも受けていた。
 だがどれほどの地位や富があろうと「知勇兼備かつハンサム」でなければ付き合わなかったのだ。

「……どうしても俺じゃダメなのか……自分では結構いい線行っていると思っていたんだがな」
「悪いけど、あなたでもなかったわ。だけどあなたならきっといい相手が見つかるわ。気を落とさないで」

 ナオミはそう言って落胆する男を慰める。
 男の言葉は決してうぬぼれではない。
 大学でもナオミに次ぐ優れた成績を残しており、それでいてハンサムで、なおかつスポーツマンらしいたくましい体をしていた。
 名高い大企業への就職も決まっており、ナオミ以外なら有望株として殆どの女が喜んでお付き合いしただろう。

「お前はいつまで『子供の夢』を見ているんだよ……大人びているようで、もっとその歳にふさわしい事を考えろ。早く結婚して、子供も欲しいとまで言っていたじゃないか」
「そう言われても……こればっかりはどうしようもないわ」

 基準が高くガードも堅い、と言ってもナオミは決して男嫌いではなく、大学時代にも今の男を含めて、幾人かとデートするなど一定の付き合いはあった。
 だがメガネにかなった相手でもせいぜい一緒に食事と映画に行く「軽いデート」程度で留まってしまい、ナオミには「恋人」と言える相手はいなかったのだ。
 実はナオミは表に出していないが、むしろ男を求める願望は人並み以上に強かった。
 眼中にない筈の平凡な男ですら、見るだけで心に喜びと興奮が生じる。
 大学でも出会った立派な男とたくましいシンボルを想像して、秘部が熱くなり、口に溢れる唾液を呑み込んだのも一度や二度ではない。
 しかしそこに踏み出そうとすると、いつも心に大きなブレーキがかかる。
 なぜならナオミには幼い頃から彼女の脳裏に浮かび上がる「理想の男」がいたからだ。
 その相手は名前も知らず、ずっと前に恐らくは小学校に上がる前に会ったという事しか記憶はない。
 しかしどんなに優秀で金持ちの色男と付き合っても、その「理想の男」にはとても及ばない。
 少なくともナオミはそうとしか思えなかった。

 だがこの話をすると、友人たちは揃って一笑に付すか呆れた表情を浮かべるのだった。
 当然と言えば当然の話で、仮にその男性が実在していたとしても、ナオミが幼い時点でたくましい成人の姿をしているのだから、普通に考えれば相手はナオミよりも二十歳は年上の筈である。
 もちろん今は外見も大きく変わっているだろう。
 そんな存在に想いを寄せて、同じ一流大学に通い、一流の就職先を得ているエリートの男たちとの付き合いをためらうのだから『子供の夢』をいつまでも見ていると思われても仕方ない。

「この際だからハッキリ言わせてもらうが、それはたぶんお前の親父さんだ。子供の頃に別れたのを未だに引きずっているんじゃないのか」

 周囲が思っていてもなかなか言えなかった神経質な話題を、男はハッキリ言った。
 エリートサラリーマンだったナオミの父は彼女が四歳の時に営業先からの帰り道で行方不明になり、そのまま失踪したのだ。
 犯罪に巻き込まれた事も考慮の上で捜索されたが、そのような証拠は出てこなかった。
 実は夫婦仲があまりよくなかった事も聞き込みで分かったので、妻のミチコも事情聴取されたがすぐに疑いは晴れた。
 ナオトが行方不明になったときもミチコは泊まり込みで研究所にいた事を大勢が証言したからだ――夫婦関係が冷えていた事から、夫が急にいなくなってもミチコは動揺していないのだろうと周囲に思われた。
 ただナオトには既に四歳になる娘がいたと言う話を聞いて、知り合いがそれを意外に思った程度である。
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