ある町での「妻」の物語

高崎三吉

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全ての決着と真相

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 しばしの後、わたしは駆けつけてきた警察官、そして夫に助け出された。

「無事だったかい! よかった!」

 夫は満面の笑みでわたしを抱きしめる。
 それからわたしは医者に診てもらい、軽い傷を負っただけなのを確認の上、それから警官の事情聴取を受けた。
 わたしはありのままに起きたことを話した――スマホを見る前までのことを。
 二人の男は警察に連れて行かれてからどうなったのかは分からない。
 聴取が終わって部屋を出たところで、夫がわたしを人目もはばからずにまたしても抱きしめる。

「何もなくて本当に安心したよ。今日はずいぶんと怖い思いをしてしまったね。さあ早く家に帰ろう」

 わたしは夫に連れられて家路につく。

「あの男たちはどうなるのですか?」
「それは分からないが……たぶん厳しい罰が下るだろう」

 この町における「厳しい罰」とは何だろうか。
 少なくともわたしのように「妻」とされるのではないようだが、普通の犯罪者として裁かれるのでもないだろう。
 そしてわたしは夫の横顔を見ながら、先ほど見たばかりのネットニュースを思い出していた。
 それは数か月前に行方不明となったあるベンチャー企業の社長夫妻の妻の死体が発見されたというものだったのだ。
 しかもその妻は殺害されており、いろいろな証拠から犯人が夫である可能性が非常に高いということが報じられていた。
 夫はすでに事業を売却して莫大な金を得ており、それを海外の口座に送金した上で姿をくらました疑いが強いようだ。
 当然、ネットではものすごい大騒ぎになっている。
 それだけならば普通に読み飛ばすだけだったが、そこにあった写真は紛れもなくわたしの夫とその前の妻だったのだ!
 つまりわたしの夫は前の妻を殺していたかもしれない!

 写真を見る限り彼女は美しい女性だったのは間違い無いが、この瀬渡町の妻達とは正反対のキャリアウーマンでベンチャー企業の共同経営者だったようだ。
 だがまばゆい成功を収めたにもかかわらず、夫婦で経営方針を巡って対立し、その関係は冷え切っていたという。
 もしかすると夫は妻を殺し、事業を売却して得た金でこの瀬渡町に自分に居場所を設け、そして新たに前の妻とは正反対の「従順な妻」を得たのかもしれない。
 これがよくあるサスペンスドラマだったら、わたしは夫の真実を知って戦慄し、恐怖に震えて助けを求める役どころだろう。
 しかしわたしは違った。むしろ晴れ晴れした気分になったのだ。
 わたしは夫の気持ちがまだ前の妻に残っているかもしれないと不安だった。
 そうではない。夫はわたしを求めている。前の妻とわたしでは比べ物にならない。
 愚かな女だ。
 彼女は『夫に従順に尽くす』ことの素晴らしさに死ぬまで気が付かなかった。
 わたしはこれからも愛する夫に尽くし、子供を産んで幸せに暮らすでしょう。
 月並みですけど『あなたの分までわたしたちは幸せになりますから、安心してゆっくりと眠ってください』という言葉を前の妻には送ります。
 自らの人生に満足してわたしは夫に身を預けた。


 このとき幸せな夫婦を隠しカメラで見つめる二対の目があった。

「これでもう心配は無いわね。彼女は夫の真実を知っても全て受け入れて『妻の幸せ』を選んだわ」
「そうだね。これで安心だ」

 町長夫妻は「完全な夫婦」の姿を見て安堵した様子だ。「普通の男から従順な妻への変身」は完璧だった――いつものように。
 この町の男の多くは、裕福ながらいろいろな理由で表社会に戻れなくなり、莫大な金を献じる事で「理想の妻」との生活を得る事を選んだ者達である。
 町役場の下にある機械の研究費は彼らの懐から出ているのだ。
 そして彼らは町役場からネットを通じて、他のビジネスをしている。

「もう少し時間がかかるとは思ったけど、今度はあの愚かな2人組に感謝しましょう」
「それであの連中はどうしたんだい?」
「いつものように『処理』しましたよ」

 それを聞いて町長は小さく肩をすくめる。
 その表情には僅かながら『妻への畏怖』があった。

「あら? 反対ですか?」
「いいや。お前の手際に感心しているだけさ」

 この町で「理想の妻」を得る男性もまた「夫として完全」足る必要がある。
 ただ女性を性のはけ口として扱う、暴力をふるう、といった男が「夫」として認められるはずがないのだ。
 全ての家が隠しカメラで監視されているので、隠れて浮気や従順で忠実な妻に暴力を振るうことは禁じられている。
 もちろん今度の男達のように女性を無理やりさらうなど許されるはずもない。
 道を踏み外した男が女に変えられるのは同じだが、その後はどこかに売り飛ばされる事になるのだ。その先でどうなるかは町長も知らない。

「理想の夫婦のようで全てを監視されている鳥かごか……」
「そういう皮肉もまたいいものでしょう?」

 全てを掌握しているかのように「市長の妻」は微笑んだ。
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