ある町での「妻」の物語

高崎三吉

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「夫」の秘密?

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 結婚してからしばらく経って、わたしは夫の帰りを待ちつつ、一つのことに気づいた。
そう言えばわたしは、いや、わたしたち「この町の妻」は夫が何の仕事をしているのか誰も知らない。
 もちろん夫は毎朝家を出かけて、夜には帰ってくる。
 その上で生活費も問題なく振り込まれている。
 わたしも夫の仕事について疑問を持って、他の妻たちに尋ねたこともあるが、みんな笑顔で「そんなことは気にしなくていい」「妻が夫の仕事に口をはさむべきではない」と言われたので、そのままにしていた。
 何も疑問を持たず、ただ夫のため、家族のため、愛のために働く。
 それがこの町の妻の役目であり、もちろんそれでみんなが幸せなのだ。
 しかしわたしはある日、夫の留守の間に何の気なしに夫の古い記録を目にしていた。
 そのとき目を疑うものがあった。
 そこには夫がわたし以外の美しい女性と一緒にいる、いや、結婚している写真があった。
 おそらくせいぜい2~3年前のことだろう。
 それだけではない。他の記録によると夫はどうやら若くしてのし上がったベンチャー企業の社長であり、相当な財産を築いていたようだ。
 夫は結婚していた! 写真の中のその幸せそうな笑顔はわたしの心をかき乱した。
 もちろんかつて結婚していたからと言って、そのことで責める気はない。
 ベッドで女体を探る慣れた手つきは、少なからぬ女性経験を物語っているわけで、前に結婚していても何の不思議もないのは最初から分かっていた。
 わたしたち妻たちもみんな「元男」という過去を掘り返されていい気分はしないだろう。
 だけど一度気になると、確かめたい気持ちがどうしてもわいてくる。
 夫は前の妻とはどうなったのか? いま彼女は何をしているのか? そもそも昼間、夫はどこで働いているのか?
 ベンチャー企業の社長の座を離れてこの若さで何をしているのか?
 疑問が次から次へとわいてくる。
 わたしは「やってはならないことに手を出してしまっている」のは自覚していた。
 この町の妻であるならば、夫の過去も現在も一切詮索してはならない。ただ家に帰ってきたときに出迎え、忠実に尽くし愛することのみが求められる。
 わたしもそれで少し前まで満足していた。
 いや。永遠にそれで満足せねばならないはずだった。
 いったんは心の中に押し込めようと思ったが、その日の夜、夫は寝床でわたしの異変に気付いたようだった。

「どうしたんだい? 何か悩みでもあるのかな?」

 いつものようにわたしの胸を触りながら、夫は問いかけてきた。
 一瞬、ヒヤリとしたがわたしのことを気にかけてくれていると思うと、むしろうれしくもあった。

「いえ。以前の家族のことが少し気になって……」

 決して嘘はついていないので、これぐらいは許してほしい。

「もしかして今の生活に不満があるのかい? 夫として至らない点があるかな?」

 夫はやさしく問いかけてくる。

「いいえ。そんなことはないです。まるで夢のように幸せです。あなたの妻になったことは『女としての理想』です。しかし……」
「気持ちはわかるよ。だけど今の家族を優先して欲しいな」
「もちろんです」

 それから夫とわたしはいつものように愛し合った。
 翌朝、目覚めたわたしは普段通りに朝食を準備しつつ夫に問いかける。

「あの……ひとつ尋ねてよいですか?」
「なんだね」
「あなたはいったいどこに働きに出ておられるのです?」

 もしかしたら怒られるかもしれない、いや、今の幸せが壊れてしまうかもしれない。
 そんな不安と共に問いかけたのだが、夫はなんだそんなことか、と言わんばかりに小さく微笑む。

「もしかして昨日からそれが心配だったのかい?」
「はい……この街の妻として、こんなことを聞くべきではないのはわかっているのですが……」
「別に聞いてはならないという決まりはないし、夫の仕事を気にするのは当然のことだ」
「それでは……」
「毎日、役場に出かけているよ。そこでずっと仕事をしている。もしも疑うなら一緒に出向いて働いているところを見てもかまわないさ」
「あなたの言葉を疑っているわけではないです」
「それならいい。ただし詳しい仕事の中身については教えられない。別に妻だからではない。守秘義務というものがあるのでね。仕事の中身をたとえ家族でもペラペラしゃべることが出来ないのはわかるね?」

 夫の言葉には疑わしいところはないように思える。

「分かりました。お言葉に従います」

 そこで夫はわたしにキスをして出て行った。


 昼になると、わたしはいつも通りの買い物のために家を出る。
 そのとき車でこの町を訪れたらしい車を見かけた。
 通過するだけならよそからきた自動車もさほど珍しくもないのだが、かつてのわたしと同じくこの町の美しい妻たちに目を奪われる男もいる。
 もしかしたらわたしの次の「新しい妻」になるかもしれない。
 そう思って車を見ると若い男性の二人組だった。
 ここで後部座席の男が窓を開けて笑顔でわたしに話しかけてきた。

「やあ。彼女、もしかしていまヒマ?」
「え?」

 一瞬、呆気にとられたがどうやらわたしはナンパされているらしい。
 確かにまだ二十歳前のわたしは、今の日本で結婚しているとは思わないだろうし、この容姿を見れば健康な男なら声をかけるのは何の不思議も無い。
 かつての自分の事を思えばむしろ当たり前だった。

「そうだよ。そこの君だよ。どうだい。一緒にドライブ行かない?」

 二人とも髪を染め、ピアスをいくつも付けているチャラそうな男で、もちろん夫とは比較にもならない。
 だが二人の男の目は欲望にぎらついてわたしを見つめていた。
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