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第20章 とある国と聖なる乙女

第848話 『人質』から口説かれて

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 アイウーズがオレに対して、下心満載で近づいて来ているのを見てどういうわけかサーシェルが席を立つ。

「そうですか。これは私がお邪魔なようですね」

 なんでサーシェルが『これからは若い人に任せます』と言わんばかりの笑顔を浮かべて、いそいそと出て行くんだ。
 あんた保険医なのに自分の仕事場に男女の生徒を置いて行く気かよ。
 恐らくは先ほどの王妃に関するオレの質問をはぐらかす気なのだろう。

「すみません。待ってください」
「アルさんはそこで休んでいて結構です。先ほどの話は学長に通しておきますから」

 オレの魔法授業に関する話をするつもりらしいが、それは後回しでもいいですよ。

「そうですか。それでは僕もここでしばらく休ませていただきますよ」

 アイウーズも『空気』を察したらしく、笑顔でサーシェルを送り出す。
 お前、体調はもうよくなったのか?
 内心でツッコミを入れたところで、アイウーズは嬉しげに話しかけて来る。

「ところで少し話をさせてもらっていいかな?」
「あなたは長旅のために疲れているのではなかったのですか」
「大丈夫だよ。『病は気から』と言うじゃないか。すっかりよくなったさ」

 こいつ。現金にもほどがあるぞ。
 機を見るに敏なのかもしれないし、それはそれで政治家には必要な資質なのかもしれんが、こっちが真っ平だ。

「先ほどサーシェル先生が言われていたけど、君が噂のアルさんなのかな?」
「いったいなんの噂ですか」
「登校の初日に蒼穹女学院の守護精霊が顕現した、眼を見張る美人の新入生がいると言うので、こちらでも随分と話題になっていたよ」

 情報伝わるの早すぎだろ!
 いや。蒼穹女学院と碧空学園に兄妹や同じ貴族家の一門が通っているのは何の不思議もないし、情報も融通しあっているのが当然だ。
 そう言えばファンタジーでよく出て来る『お姫様の侍女』なども一見すると忠実なようで、その日に起きたことは細大漏らさず実家に報告していたというから、貴族たちが通うこの学院でも情報網が張り巡らされているのだろう。
 昼休みのうちに情報は伝わり、今では碧空学園の方にも知れ渡っているということか。
 あっという間に情報が世界中に拡散する元の世界とは比較にもならないが、こっちの口コミもなかなかのものだ――などと感心している場合ではない。

「いやあ。君の評判を耳にした時は、さすがに『話半分』かと思っていたけど、まさか本物の美しさの半分も伝わっていなかったとは驚いたよ」

 そういう口説き文句も何度聞かされたことか。
 そんなセリフがスラスラ淀みなく出て来る男が、要求して来る事も分かっているつもりだ。

「僕も数年すればグラフト公国に帰る予定だ。よければその時、一緒に来て欲しいな」

 初対面でいきなりプロポーズだけど、しょっちゅう過ぎて驚く事もなくなったな。
 もちろんオレの返答は決まっている。

「申し訳ありませんが、わたしも会ったばかりの人についていくな、と繰り返し言われているものですから。それにあなたは初対面の相手に対し、これまで何度同じ事を言われたのですか?」

 結構、容赦なく突き放したつもりだが、もちろんそれで引き下がるような相手では無かった。

「ははは。それは誤解だよ。君が初めてに決まっているだろう」

 とりあえず見た目は爽やかな好青年だが、相当な人たらし野郎だな。

「それに会ったばかりという事は、これからいくらでもお互いを知る機会あるという事だよ。喜ばしいじゃないか」
「今は授業中ですよ。それだけ元気ならば教室に戻るべきだと思いますけど。あなたに期待して留学に送り出した故国の方々のためにも、今は勉学に励む時間なのではありませんか」
「正論だね。しかし僕のように『つらい人質生活』の身としては、時には愛を求める必要があると思わないかい?」
「それだけ余裕があればなんの心配もいりませんよ」

 属国と言ってもいろいろあるように『人質』にもいろいろある。
 一般に人質と言えば、異国に無理やり送り出されて、自由も無くつらい生活を強いられ、祖国で何かあれば見せしめに殺されかねない危険極まりない立場というイメージがある。
 ファンタジーでの別パターンとしては、人質生活だとやる事も無いので、国の金で遊びまわって堕落しダメ人間になってしまうというものもあった。

 だが実際にはほとんどの人質はそんな扱いでは無い。
 通常、人質になった人間はエリートとして遇され、貴族たちとの人脈を築いてそこから妻を娶り、将来的には祖国に戻って宗主国との友好的な外交関係を構築する事を望まれるのだ。
 このため厳しく教育される事はあっても『孤独でつらい生活を送らされる』『やる事なくて遊びほうける』ような人質は滅多にいない。
 もちろん祖国が裏切った場合は、一気に困難な立場に追いやられ、時には処刑される事もあるが、それも決して多くはない。
 敵対した場合でも、有力者の子弟である人質の扱いは交渉における取引材料に利用できるし、相手国を再び屈服させ、傀儡政権を立てる時にその人質を首班にする事もある――何しろ自分の祖国からは一度見捨てられているので裏切りようがない。
 要するに『属国から差し出された人質』は決して悪い立場ではないのだ。
 ぶっちゃけオレが『養女』ということになっている二グリ家よりも、はるかにアイウーズの方が恵まれているだろう。
 だからこそこうやって堂々と胸を張って、オレを口説こうとしているわけだ。
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