上 下
534 / 1,316
第15章 とある御家騒動の話

第534話 『宴』にてまた新たな悩みが

しおりを挟む
 まずデレンダが馬車から降り、それにオレが続いたところで、大勢の使用人に囲まれた身なりと恰幅のよい中年の男性が恭しく頭を下げた。

「あなた様がアルタシャ様でございますね。デレンダの父、トガロと申します」

 それを合図に周囲の人間も揃って一斉に頭を下げる。
 やっぱり思った通り『ささやかな宴』どころか、デレンダの実家の総力を挙げた出迎えになっているようだ。

「お話はかねがね愚女より伺っておりましたが、高名なあなた様を拙宅にお迎えできるとは光栄の至りでございます」
「お招きに預かり光栄です。しかし――」
「申し訳ありません。準備が整っておらず、何ともお見苦しいところを晒しております。むろん大陸に名を馳せる女英雄たるあなた様にとっては何とも貧相なものでしょうが、お許しいただけますかな」

 オレが言いたいのは逆に何でこんなに大げさになっているのかという事なんですけど。
 歓待と言ってもせいぜいデレンダの家族数人との小さな宴のはずだったのに、どうみても町の有力者達を急遽かき集めた大騒動になっていますよ。
 そして当然、デレンダはオレの様子に気付いている。

「こんなことになってしまってすみません。お手数ですが、しばらくお付き合い下さいますか?」

 どうせこっちが断らないと分かっていて、そんな事を言ってくるのだな。
 デレンダには陰湿な権力闘争の絡む宮廷暮らしなど無理だと思っていたが、この様子だとそうでもなかったようだ。
 誰だって『純朴な少女』のままではいられないということか。

「それでは少しばかりお時間をいただけますでしょうか」

 そんなわけでしばらくトガロやデレンダと共に、この街の有力者に顔を合わせさせられる事となった。
 それはこの町の市長兼町の神の大司祭から、他のいろいろな有力者と面通しされ、いろいろと称賛されたり、明らかに好色な視線を向けられたりだ。
 会話の中身も相手の事もいちいち覚えていられないが、覚えていても大して意味が無いことは間違い無い。
 しかしこんな事になったのは以前に首輪をはめられて、奴隷扱いされつつ、なぜか『黄金の乙女』という聖人と持てはやされていた時以来だな――つまりロクでもない展開だということである。
 そんな事を考えているとトガロとほぼ同年配で、同じく裕福そうな男が近づいてくる。
 そうすると周囲の空気に緊張が走るのがオレにも分かった。

「ほう……そちらの美しいご婦人が『アルタシャ』を名乗るお方ですか」

 これはまた随分と含みがありそうな言い方だな。

「確かに見た目は評判以上のお美しさだ。これならば何も知らない人間ならば疑いはしないでしょうなあ」
「それはどういう意味ですかな? ネレオミ殿」

 トガロやデレンダの態度からして、ネレオミと呼ばれた男とは明らかに仲がよろしくない。恐らくライバル関係にある商人なのだろう。
 見たところネレオミの取り巻き連中とおぼしき人間が、この宴であちこちとオレに対する疑念を口にしている様子もうかがえる。
 まあこの状況ではどう考えてもオレの立場はごまかしようがない。
 当然、たまたま出会った友人のデレンダから宴の誘いに乗っただけという話をネレオミが信じるとは思えないし、仮に信じたところでオレが目障りという点では同じだろう。

「いえいえ。今さら賢明なる皆様には念を押すまでもありませんが『アルタシャ』を名乗る者がいれば帝国が取り調べ、もしも偽りであれば当人はもちろん関わった者も処刑するとの勅命が出ているのですぞ」
「どういう意味ですか? それではまるでこの方を偽者ではないかと疑っているように聞こえますよ」

 デレンダがその眉をつり上げて文句を言うが、ネレオミは小さく肩をすくめる。

「しかしそちらの方が本物だといったい誰が証明出来るのですかな?」
「あたしが証明します! 何しろ後宮では一緒だったのですからね!」
「そうですな。そちらのお嬢さんの仰る事ですから、本当なのでしょう。少なくともそれでお宅が得をする範囲に於いてはね」
「なんですと――」

 デレンダが更に怒りそうなので、オレは止めることにする。
 人間的に良くも悪くも成長したとは思ったけど、やっぱり海千山千の相手に比べればまだまだ子供だな。
 どう考えても水掛け論にしかならないし、とりあえずオレの方が止めるとしよう。

「デレンダ。もういいですよ」
「しかし――」
「わたしは何を言われようが構いません。気にしてませんから」
「ほう。さすがは名高き『輝ける者』なんとも寛大なお言葉です。私ごとき田舎の商人ごときの言葉は聞くに値しませんか」

 相変わらずどうにもトゲのある言葉だな。
 もっともネレオミも躍起になってオレが偽者だと糺弾する気は無いようだ。
 実際、これまでの発言も明確な非難ではなく、あくまでも『偽者』だと匂わせる程度に止めている。
 推測だけど本気で疑っているというよりは、今後この町でトガロが有利に立つ事を牽制するのが目的なのだろう。

 オレの場合、普段なら罵声どころか命を狙われる事もしょっちゅうなので、いちいち気にしないけど冷静に考えるとちょっと困りものだ。
 今までオレ自身、自分が『本物』だと身の証を立てる必要も無ければ、興味も無かったので特に考えてこなかったけど、いざ本人との確認を求められたら何とも困る。
 別に名声などどうでもよかったし、最悪偽者扱いされてもさっさと逃げるだけで済んだからだ。しかし今回はそういうワケにもいかない。
 身の証を立ててくれる知り合いは大陸中に大勢いると言ったところで、連絡を取る手段など無い。
 もちろんデレンダが後宮でずっと友人関係にあったけど、そこにまで疑義を持たれたら具体的に証明する術は思いつかないな。
 そりゃまあウァリウス皇帝に話を通せば一発だけど、どれだけ時間がかかるか分からないし、当然ながらその場合また結婚しろと迫られるのは確実なのでそれは避けたい。
 最悪、命がかかるような事になれば『チャラーナ・イロールの化身』になってみせる手もあるけど、もちろん最後の手段だ。
 どうすればこの場を穏便に切り抜けられるか、また新たな悩み事が出来たと思わずにはいられない。
しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

処理中です...