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第13章 広大な平原の中で起きていた事

第417話 湿原にて危険がいろいろ

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「兄者。いったいどこだ?!」

 ターダは勢い込んでパップスの街を飛び出す。
 どうやら《雷鳴鳥の卵》の発する音をターダが聞きつけたらしいのだが、それでためら割らず湿地帯に足を踏みいれるのはさすがに危なすぎる。
 もちろんパッと見で危険なモンスターがうろついているような、コンピュータRPGのような事は無いにしろ、どこに何が潜んでいるかは分からないのだ。
 しかしターダは躊躇無く湿地帯に足を踏み入れて、周囲を見回している。

「兄者……どこにいるんだ」
 残念ながら『悪鬼の湿原』は特に平坦というわけではなく、いろいろな植物が生い茂っているので視界がそれほど開けていない。
 湿地帯なのであちこちに小さな沼や池が点在しているが、人間が動き回る分にはさほど問題はないようだ。

「カウワイミの兄者! 俺だ! 弟のターダだ! もしもいるのなら、俺の声が聞こえているなら姿を見せてくれ!」

 ターダは姿の見えない兄に向けて必死に呼びかけるが、どうも反応は無いらしい。
 この場合『返事がない』のでただの屍どころか、この世界では『ただの屍ではないアンデッド』ですら特に珍しくもないのだから困ったものだ。
 仕方ないので魔法の『鷹の目』で視覚を飛ばして、上空から見下ろしてみるか。
 もちろんオレはターダの兄であるカウワイミの事は知らないので、仮に見つけても当人だという確証は得られないが、やらないよりはマシだろう。

 見下ろすとあちこちに動く相手がいて、この湿原が少なくとも動物に関してはそれなりに豊かな土地だという事は分かった。
 もっともその中に知性のある相手がいるかもしれないとなると、とても狩りをして、また獲物を食べるなんて出来ないので、オレとはしてはやっぱり近づきたくは無い場所である。
 それはともかく遠目に見るとやっぱりチラホラと人間の姿も見つかった。
 ここで狩りをして『勇者』の称号が欲しい遊牧民か、それともパップスの食料を得るために働いている定住者の狩人か、もしかしたら交易のためにこの地にいる珍しい動物目当てということも考えられるな。
 ひょっとするとただ狩りをしただけで箔をつけるのを目論んでいるような相手もいる可能性は高いな。
 たださすがにターダの兄と明確にわかる相手はいない。
 くだんの《雷鳴鳥の卵》の音も、さっきまでかすかに聞こえてはいたのだが、今はまるで聞こえなくなっていた。
 これはどういうことだろうか?
 ただの聞き間違いというならまだいいのだが、もっと深刻な何かがあるような気がしてくる。
 そんなわけでとりあえず『鷹の目』を打ち切って、ターダに追いつく。

「気持ちはわかりますけど、今は我慢すべきです。ここが迂闊に動き回ったら危険な事ぐらい分かっているでしょう」
「そうはいかん! 兄者が近くにいたのは間違いないんだ」

 それが本当だとしても本人が姿を見せないとしたら、相応の事情があるのではないだろうか――この場合、既に命が無くて答えようが無いというところですら驚くには値しない。
 下手をすると亡霊と化してこの湿地をうろついていたりするかも知れないのだ。
 最悪の場合、亡霊と化した兄にターダが襲われる事すらありうる。
 ホラーものではしばしばある展開だが、もちろん自分で見たいとは微塵も思わない。
 しかしターダにとっては命がけでここまで来て、ようやくつかんだ僅かな手がかりである以上、必死になるのはやむを得ないか。
 仕方ない。オレがその分、少しばかり苦労すれば済む事だ。

「とりあえずさっき魔法で見たら、この近くに人間が何人かいました。今はそちらに案内しますよ」
「そうか……すまんな」

 切羽詰まっているようで、それでも話を聞いてくれるのは助かる。
 先ほどヌリアから少々、大げさにオレの事を教えられた結果なのかもしれないがな。
 そんなわけで先ほど『鷹の目』で見つけた相手のところに向かうことにする。
 しばらく進むと、何人かの人間がゆっくりと歩いているのが目に入った。
 外見からして恐らくはこのパップスに来た遊牧民か、それとも商隊の護衛の類いだろうか、何か心ここにあらずな様子が感じられるぞ。
 遊牧民は部族が異なると、仲が良いというわけでもないので、敵対される可能性も考えていたが、どうやらこちらには目もくれないらしい。
 これは何か不吉な予感がしてくる。
 まさかゾンビの類いだったりしないよな?

「あの人達、どうも様子がおかしくないですか?」
「ああ……あれはひょっとしたら……」

 ターダは険しい表情を浮かべつつ、その足を止める。

「危ないかもしれないからアルタシャは下がっていろ」

 それで下がっていられたら、こっちも楽なんですけどね。
 そう思ったところで周囲には急に鼻をつくような悪臭が漂い出す。
 よくよく見ると、微かに黄色い霞がかかったようなそんな空気が漂っているのだ。

「むう! やはりこれは瘴気か!」

 ターダは口を押さえつつ慌てて地面に伏せ、オレも付き合う事にした。

「瘴気と言いましたね? これはいったい何なんですか?」
「この平原の沼地では悪臭を放つ穴があちこちにある。もちろんその場所は俺達にも知られていて、近づく事の無い危険なところだ」

 何というか聞くだけで危ない気がヒシヒシと感じられますけど。

「その穴に入って生きて出てきたものはいないので、誰も近づきはしない。しかしときおりその穴から悪臭漂う瘴気が生まれ、風に乗って周囲をうろつき、出会った人間に取り憑いて自分の生まれた穴に引き込もうとする。そしてこの『悪鬼の湿原』にはそれが沢山あるとは聞いていた」
「それではあの人達は?」
「ああ。風に乗ってこの湿原を出ていった瘴気に魅入られたものたちだろう。パップスの城壁の中は街の神が守っているから瘴気は入れないが、街の外に出たものが襲われてそのまま姿を消すことがよくあるらしい」

 そういうとターダは体勢を低くしたまま、フラフラと歩いている連中に背を向ける。

「あいつらは兄者とは関係無いな。すぐにこの場を離れるぞ」
「だけどそれではあの人達はその穴に入って消えてしまうのではないのですか?」
「仕方ないな。瘴気に魅入られたものに近づいたら、俺達も同じ運命だ」
「そうですね……分かりました」

 ターダにとっては無関係な人間がそうなっても知っちゃこっちゃないのだろうけど、オレの方はそうはいきません。
 そりゃあ出会った全ての相手を助けるなんて出来るはずも無いけど、助けられるかもしれないのに見捨てる事は出来ないんですよ!
 オレは決意を固めて、瘴気に魅入られフラフラ歩いている人達の方に駆け出した。
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