異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

第12章 強奪の地にて

第361話 知識神の信徒の場合

　ダンギムに近くからジロジロと凝視されて、オレはかなり恥ずかしい気になってちょっとばかり身をひねる。

「いったい何のつもりですか？」
「も、申し訳ありません！」

　オレが不機嫌そうに声をかけると、ダンギムは慌てた様子で視線を逸らす。
　外見年齢の割には随分と女性慣れしていない態度だ。
　この向こう見ずなところといい、知識を得るためには後先考えずに突っ走るので、女性経験が殆どないのだろう。

「いえ。あなたがあまりにも美しすぎて、目を奪われてしまったのです」

　歯の浮くような賛辞というか、むしろありふれた言いぐさだ。
　たぶんそれぐらいしか思い浮かばなかったのだろう。
　知識神の信徒でも本業以外は疎いのだな。
　まあそんな事はどうでもいい。

「あなた様はどこのどなた様なのでしょうか？　少なくともこの川の精霊や流域の神に関わる存在で、斯様な外見を有するお方はおられないはずです」

　そりゃそうだろう。つい先日オレはここに来たばっかりなんだから。

「わたしはただの通りすがりですよ。ドラゴンの卵が流れてきて、その卵を略奪しようとする人間がいたので止めようとしただけです」
「ほう……それは……」

　ダンギムはその目を瞬かせる。この話に興味を持ったのか、はたまた濡れてムダに色っぽくなってしまっているオレの肢体を注視しているのかはよく分からん。

「それではあなた様のお名前は？」
「……アルタシャと呼んで下さい」

　ごまかす事も考えたけど、上流のバラストールではモンローフとバラストール神がドラゴンの卵を守る教団をつくるはずなので、ここで嘘をつくのは後々面倒な事になりかねない。

「え？　それではやはり！」

　知識神の信徒というだけであって、オレの事も知っているのか　――　もっともオレの伝説は無茶苦茶に誇張されていたり、デタラメばかりだったりするからな。
　ダンギムがどこまで知っているのか分からないが、きっととんでもない話になっているに違いない。
　そしてここでダンギムは一気に間合いを詰めてきて、一方的にオレの手を取る。

　おい！　いくら何でも馴れ馴れしいだろ。
　しかし興奮に顔を充血させたダンギムは一気にまくしたてる。

「あなた様の数々の伝説はよく聞いておりますとも。まさかこのような地に『顕現』されるとは驚きです」

　いや。驚かなくていいから。
　オレはむしろこういうところをうろついているんですから　――　と言いたいけど、あっちこっちの町にて、大勢の人の前で本気の姿をさらしているから、そういう話にもなるんだろうな。
　しかしオレが目立つ真似をしたところから、千キロ単位で離れているんだけどやっぱり知識神だったら、その手の情報伝達のネットワークがあるのか。
　それとも魔法で遠く離れた地の情報をある程度は知る事が出来るのかもしれない。

「あなた様が顕現された時に、この私が居合わせる事が出来たのは、きっと我が神『本の司イリピー』のお導きでござまいしょう」

　勝手に盛り上がっているけど、あんたオレの手をつかんだままで、しかも服の胸元から覗いている谷間を凝視しているだろ。
　このスケベ！
　卵から蹴り落としてやりたい気にもなるが、ダンギムは泳げないし、溺死されるわけにもいかないので結局、また引き上げる事にならざるを得ない。

「あのう……その手はもういいでしょうか？」
「え？　……ああ？！　こ、これは失礼しました！　なにとぞお許し下さい」

　ようやく自分のやっている事に気付いたらしいダンギムは赤面して、手を離すがまたしてもよろける。

「あ……ああ？！」

　おい！　こら！　泳げない癖に丸くとっかかりのない卵の上で下手に動くんじゃない。

「申し訳ありません……」

　ダンギムは必死の形相で四つん這いになって、どうにか卵に張り付いている。
　はた目には何とも無様な姿だが【蜘蛛登り】スパイダークライムの魔法で、どんな斜面や曲面でも自由自在に動けるオレと同じようなワケにはいかなくて当然だから、ここは仕方ないだろう。

「ところでダンギムさんですか……あなたはどうやってこの卵の魔力を抑えて、行動出来ているんですか？」
「それにつきましては、我ら真実を求める知識の使徒は、そのような魔法には動じる事が無いと申し上げておきましょう」
「だったらこの川の底に行って、川の神様に真実を聞いてきたらいかがですか」
「ああ！　おやめ下さい！」

　図々しい台詞で自分の事はごまかそうとするダンギムに対し、オレはちょっとばかり小突いて川に落としかける。

「それなら正直に答えてくれますか」
「すみません。実は我が寺院には、上流のロブ・エッグの廃虚から手に入れたモノがあったのです――」

　そう言ってダンギムは懐から黒く焼け焦げた跡のある装身具を取り出す。
　しかし知識神の使徒としてこちらの話を聞きに来たといいつつ、自分の情報はちゃっかり隠そうとするところは思ったよりも抜け目ないな。
　いや。この世界では知識は開かれたモノでは無く、知識神の信徒は自分の知識を部外者に提供して、生活しているはず。
　だから知識を得ることには貪欲でも、それを広める方には関心が無いというより、下手をすると隠すのを重視するかもしれないのだな。