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第9章 『思想の神』と『英雄』編
第219話 異世界の神様を21世紀の思想でどうにか出来るのか
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もしもオレの想像通り、ウルハンガが神々によっても滅ぼされないのならば、本当に消滅させる方法は事実上、皆無に近いという事になる。
だけどまあそれは別に構わないさ。オレも『困った時の神頼み』ぐらいはするけど、基本的に神様が当てにもならなきゃ、頼りにもならない事をよく分かっているつもりだからな。
ここでウルハンガはオレに向けて手を伸ばしてくる。
「僕の望む全てが解放された世界を実現するため、君には是非とも協力して欲しい」
「その世界が実現したら、あなたは消滅してしまう、という事は分かっているのですよね」
「君も気づいているとは思うけど、それで僕が消えるわけじゃないよ。ただあらゆる人々の心にこの存在が散っていき、人の心の中で永遠に生き続けるのさ」
これを聞いたとき、オレはたぶんちょっとばかり渋い表情を浮かべただろう。
今の幼女の顔ではその意味がちゃんと伝わったかがかなり心配だが。
それはともかくウルハンガも随分とクサい台詞を吐くものだ。
よくまあ自分の人格が消えるという事について、そうもサラリと言い切れるな。
それはともかく千年前に思想を広める事を止めるように懇願したガーランドに対しても、たぶんウルハンガは同じ事を口にしたのだろう。
その結果、ガーランドは『愛する女神』の人格が消える事を受け入れられず、敵に回ったわけだが、たぶんこのウルハンガはそれを気にもとめていない。
ずっと共に力を尽くしてきた相手が、裏切り仇敵に回った事を悲しんでもいないし、恨んでもいない。
そんな事は本当にどうでもいいのだろう。
元の世界でも『奉じる思想のため』というのは時には『宗教』や『国家』と同等か、それ以上の熾烈な争いを生んだものだ。
「さあ。改めて頼むけど――」
「申し訳ないですけど、あなたに協力は出来ません。いえ。あなたはやっぱりこの世界に、少なくとも今はいるべきじゃないです」
「どういうことかな?」
「あなたの思想はやっぱり戦乱を招くでしょう。それを受け入れるものと受け入れないものとの間の戦いを、だからそれを止めたいのですよ」
このままウルハンガの思想をこの世界に広めたら、間違いなく宗教では無く、思想の対立による大戦争を招くだろう。
それが正しいかどうかなどオレには分からない。
ひょっとしたらその大戦争でウルハンガが勝利して新たな ―― 人間と神の双方が解放された ―― 世界を創り出せるかもしれない。
だけど千年前と同じく、大陸中に戦禍をまき散らしてその結果、ウルハンガが敗れてまた姿を消すだけかもしれないのだ。
オレはそんな事態を何としても避けたかった。
「争いにはなるだろう。しかしそれは僕が存在するからじゃ無い。どっちにしてもこの世界では争いは起きるんだ」
「もちろんそれは分かっているつもりですよ」
「そして僕の思想が広まれば、最終的には全ての神々と人に、調和と繁栄、そして解放を与えて世界は平和と安定で満たされるのだよ」
オレはここで正直に言って苦慮していた。
それは別にウルハンガにぶつける言葉がないとか、反論できないとか、そういうわけではない。
ウルハンガが思想の神であり、それ故に自らの使命に忠実であり、基本的には善意で行動している事が分かっていたからだ。
ああ。そこらの『一山いくらの邪神』のごとく『女神の加護』を受けつつ、ぶっ飛ばして打倒すれば、それで万事オッケーの相手の方がよっぽど気が楽だ ―― まあその仕事はふさわしい勇者様にやってもらうとして、オレはせいぜいサポート要員だけどな。
しかしそれでもオレは、少なくとも今のところはウルハンガを止めねばならない。
それがウルハンガの主張する思想が当たり前になった世界から来たものとして、ささやかな役目だと思っているからだ。
「ウルハンガの言っていることは間違っていませんよ。そしてたぶんこの世界でも遠い将来はあなたの思想が当たり前になって、神も人も解放された世になるでしょう」
「まるでその世界を見てきたかのような言い方だね」
ウルハンガは興味深そうにオレに問いかけてくる。
「ええ。見てきましたから」
「どうやってだい? 神でも予知は出来ないはずなんだけどね」
この世界の神は自らの権能を通じてしか世界に干渉出来ないし、権能外の出来事を知る事も出来ない。
つまり神様でも未来を見る事は出来ないのだ ―― ただし『未来を知っている』とハッタリをかます神や精霊は珍しくないらしいけど、それは元の世界でも似たようなものだ。
「信じてもらえるかどうか分かりませんけど、わたしはあなたような考えが当たり前の国から来たのですよ」
この返答を受けてウルハンガの目が驚きに見開かれる。
ここまでウルハンガには振り回されっぱなしだったから、ホンの少しだけど一矢を報いてやった気分だな。
二一世紀の思想で異世界の神様をやり込められるとしたら、かつて憧れていた『異世界転移もの』の定番ぽい気がしてくるよ。
そういうものに憧れていた過去そのものを、オレ自身もすっかり忘れていた気がするけど。
オレはここでさすがに驚きを隠せないウルハンガに改めて念を押す。
「断っておきますけど、わたしはこの世界の未来を見てきたわけじゃないです。ただ故郷ではあなたの唱える『物事は相対的に考える』『善悪は人の数だけある』という考えが、当たり前になっているんですよ」
「そうかそれはよかったね」
ウルハンガは気分を切り換えたのか、元通りの人当たりのよい柔らかい表情に戻っていた。
「こっちの言っている事を疑わないのですか?」
「なぜだい? これまでの君の態度を見ていたら、疑う理由は無いだろう。それに千年前にこの僕が唱えた思想が、当たり前になっているところがあるとすれば、非常に喜ばしいよ」
「いちおう念を押して起きますけど――」
「心配しなくても、君の故郷の思想と僕は関係ない事ぐらい分かっているよ。そんなの当たり前じゃないか」
これはオレにとってもちょっと意外だったな。
てっきりウルハンガは『自分が千年前に広めた考えが実を結んだ』などと勘違いした事を唱えるかと思っていたのだけど。
いや。ウルハンガは自分の事を『影のような存在』と言っていたけど、要するに思想が広まり、支持される事を望んでいるだけで、それによって自分が賞賛されたり、名声を博したりすることには興味が無いのだろう。
そしてここでウルハンガのその整った顔には疑問が浮かぶ。
「それだったらどうして君は僕への協力を拒むのだい? 実際にそれが当たり前の国があるのなら、僕の思想が机上の空論でないことも分かっているだろう。それとも君の国はその思想のお陰で滅んでしまった、とか悪い事ばっかりだったのかな?」
「違いますよ。わたしの郷里も問題は山のようにありますけど、それでもほとんどの人は平和で豊かな生活を享受しています」
「それならば、なおさら君の言っている事が分からないな」
ウルハンガは首をひねっている。
もちろんここまでの話だと、たとえ神様でもオレの言っている事が理解出来なくて当然だと思うよ。
「君の発言からすると、そちらでも僕の唱える思想が広まるまで、多くの争いがあって多大な犠牲が出たのだろう? それならこちらでも同じ事になるのは当たり前じゃないか」
「そうですよ。そしてその結果として、無益な争いを避けるため、あなたの主張するような思想が主流になったんです」
オレは別に思想史とか詳しいワケじゃ無いが、ちょっとかじった程度の知識だと、元の世界で
『宗教や文化や人種その他もろもろの違いは相対的に考え、異なる存在を尊重しましょう』
という考えが一般的になったのは二〇世紀も後半、二度の世界大戦の後なのは、その凄まじい犠牲に世界の人々がウンザリしたからではないだろうか。
だが犠牲の多寡だけなら、こっちの世界で思想を広める障害とは言えない。もっと大きな別の違いがあるのだ。
「もちろんそれを受け入れない人も、都合よくつまみ食いして自分の正当化に利用する人も大勢いますけどね」
「つまり君は僕の唱える思想のよい面も悪い面も両方知っていて、その上で自分の故郷がその考えが広まっているのを支持はしているのだけど、それにも関わらず僕の手助けは出来ないと言うのだね」
ウルハンガはここでズイと迫ってくる。
正直に言えばかなりのプレッシャーを感じるよ。少なくともオレにとっては『光の巨人』よりもかなり怖い。
「それはこの世界では ―― 少なくとも今のこの世界では、あなたの思想を実践するのはあまりにも無理が多すぎるのですよ」
「どういう事なんだい?」
「わたしがもといたところでは、誰でも全世界の情報が簡単に手に入るんです。だから自分以外の考えを簡単に知る事も出来ますし、ある物事のよい面も悪い面もすぐに広まります」
「ふうん。つまり君の故郷では、みんな神々のような目と耳を持っているのかい?」
「ええ。そうかもしれませんね」
まあこっちの神様と同レベルと言えば、元の世界の基準で考えて凄いのか凄くないのかよく分からない。
しかしこちらの世界の基準で言えば、一般人でも世界の裏側で起きた出来事を、その日のうちに知る事が出来るなんて王侯貴族でもあり得ない話なのだ。
もちろんそれにはいろいろと悪い面もあるのだけど、少なくとも良い面の方が多いからこそ、それが当たり前になったはずだ。
そういえばこんな『物事には常に良い面と悪い面があって、それを是々非々で考える』というのも、こっちの世界では一般的ではなくて、ウルハンガが唱えているのとほぼ同じものなんだなあ。
「こっちではまだまだそのような事が出来ません。だから『人の数だけ正義がある』と言っても、それは他者を尊重する事に繋がらず、自分の狭い了見を正当化するだけに終わってしまう人間が大勢出るのですよ。つまりあなたの望む世界にはまだまだ早すぎるんです」
こんな言葉で神様が納得してくれるかどうかは分からない。
あくまでもウルハンガが今すぐにも自分の思想を広める事に固執したら、オレのこんな言葉なんて吹けば飛ぶようなものだろう。
これまでもこっちの言葉の無力さを何度思い知らされたかなど、数え切れないぐらいだ。
そして相変わらずの柔和な笑みでオレの言葉を聞いているウルハンガを見て、どこまで分かってくれているのかは見当もつかなかった。
だけどまあそれは別に構わないさ。オレも『困った時の神頼み』ぐらいはするけど、基本的に神様が当てにもならなきゃ、頼りにもならない事をよく分かっているつもりだからな。
ここでウルハンガはオレに向けて手を伸ばしてくる。
「僕の望む全てが解放された世界を実現するため、君には是非とも協力して欲しい」
「その世界が実現したら、あなたは消滅してしまう、という事は分かっているのですよね」
「君も気づいているとは思うけど、それで僕が消えるわけじゃないよ。ただあらゆる人々の心にこの存在が散っていき、人の心の中で永遠に生き続けるのさ」
これを聞いたとき、オレはたぶんちょっとばかり渋い表情を浮かべただろう。
今の幼女の顔ではその意味がちゃんと伝わったかがかなり心配だが。
それはともかくウルハンガも随分とクサい台詞を吐くものだ。
よくまあ自分の人格が消えるという事について、そうもサラリと言い切れるな。
それはともかく千年前に思想を広める事を止めるように懇願したガーランドに対しても、たぶんウルハンガは同じ事を口にしたのだろう。
その結果、ガーランドは『愛する女神』の人格が消える事を受け入れられず、敵に回ったわけだが、たぶんこのウルハンガはそれを気にもとめていない。
ずっと共に力を尽くしてきた相手が、裏切り仇敵に回った事を悲しんでもいないし、恨んでもいない。
そんな事は本当にどうでもいいのだろう。
元の世界でも『奉じる思想のため』というのは時には『宗教』や『国家』と同等か、それ以上の熾烈な争いを生んだものだ。
「さあ。改めて頼むけど――」
「申し訳ないですけど、あなたに協力は出来ません。いえ。あなたはやっぱりこの世界に、少なくとも今はいるべきじゃないです」
「どういうことかな?」
「あなたの思想はやっぱり戦乱を招くでしょう。それを受け入れるものと受け入れないものとの間の戦いを、だからそれを止めたいのですよ」
このままウルハンガの思想をこの世界に広めたら、間違いなく宗教では無く、思想の対立による大戦争を招くだろう。
それが正しいかどうかなどオレには分からない。
ひょっとしたらその大戦争でウルハンガが勝利して新たな ―― 人間と神の双方が解放された ―― 世界を創り出せるかもしれない。
だけど千年前と同じく、大陸中に戦禍をまき散らしてその結果、ウルハンガが敗れてまた姿を消すだけかもしれないのだ。
オレはそんな事態を何としても避けたかった。
「争いにはなるだろう。しかしそれは僕が存在するからじゃ無い。どっちにしてもこの世界では争いは起きるんだ」
「もちろんそれは分かっているつもりですよ」
「そして僕の思想が広まれば、最終的には全ての神々と人に、調和と繁栄、そして解放を与えて世界は平和と安定で満たされるのだよ」
オレはここで正直に言って苦慮していた。
それは別にウルハンガにぶつける言葉がないとか、反論できないとか、そういうわけではない。
ウルハンガが思想の神であり、それ故に自らの使命に忠実であり、基本的には善意で行動している事が分かっていたからだ。
ああ。そこらの『一山いくらの邪神』のごとく『女神の加護』を受けつつ、ぶっ飛ばして打倒すれば、それで万事オッケーの相手の方がよっぽど気が楽だ ―― まあその仕事はふさわしい勇者様にやってもらうとして、オレはせいぜいサポート要員だけどな。
しかしそれでもオレは、少なくとも今のところはウルハンガを止めねばならない。
それがウルハンガの主張する思想が当たり前になった世界から来たものとして、ささやかな役目だと思っているからだ。
「ウルハンガの言っていることは間違っていませんよ。そしてたぶんこの世界でも遠い将来はあなたの思想が当たり前になって、神も人も解放された世になるでしょう」
「まるでその世界を見てきたかのような言い方だね」
ウルハンガは興味深そうにオレに問いかけてくる。
「ええ。見てきましたから」
「どうやってだい? 神でも予知は出来ないはずなんだけどね」
この世界の神は自らの権能を通じてしか世界に干渉出来ないし、権能外の出来事を知る事も出来ない。
つまり神様でも未来を見る事は出来ないのだ ―― ただし『未来を知っている』とハッタリをかます神や精霊は珍しくないらしいけど、それは元の世界でも似たようなものだ。
「信じてもらえるかどうか分かりませんけど、わたしはあなたような考えが当たり前の国から来たのですよ」
この返答を受けてウルハンガの目が驚きに見開かれる。
ここまでウルハンガには振り回されっぱなしだったから、ホンの少しだけど一矢を報いてやった気分だな。
二一世紀の思想で異世界の神様をやり込められるとしたら、かつて憧れていた『異世界転移もの』の定番ぽい気がしてくるよ。
そういうものに憧れていた過去そのものを、オレ自身もすっかり忘れていた気がするけど。
オレはここでさすがに驚きを隠せないウルハンガに改めて念を押す。
「断っておきますけど、わたしはこの世界の未来を見てきたわけじゃないです。ただ故郷ではあなたの唱える『物事は相対的に考える』『善悪は人の数だけある』という考えが、当たり前になっているんですよ」
「そうかそれはよかったね」
ウルハンガは気分を切り換えたのか、元通りの人当たりのよい柔らかい表情に戻っていた。
「こっちの言っている事を疑わないのですか?」
「なぜだい? これまでの君の態度を見ていたら、疑う理由は無いだろう。それに千年前にこの僕が唱えた思想が、当たり前になっているところがあるとすれば、非常に喜ばしいよ」
「いちおう念を押して起きますけど――」
「心配しなくても、君の故郷の思想と僕は関係ない事ぐらい分かっているよ。そんなの当たり前じゃないか」
これはオレにとってもちょっと意外だったな。
てっきりウルハンガは『自分が千年前に広めた考えが実を結んだ』などと勘違いした事を唱えるかと思っていたのだけど。
いや。ウルハンガは自分の事を『影のような存在』と言っていたけど、要するに思想が広まり、支持される事を望んでいるだけで、それによって自分が賞賛されたり、名声を博したりすることには興味が無いのだろう。
そしてここでウルハンガのその整った顔には疑問が浮かぶ。
「それだったらどうして君は僕への協力を拒むのだい? 実際にそれが当たり前の国があるのなら、僕の思想が机上の空論でないことも分かっているだろう。それとも君の国はその思想のお陰で滅んでしまった、とか悪い事ばっかりだったのかな?」
「違いますよ。わたしの郷里も問題は山のようにありますけど、それでもほとんどの人は平和で豊かな生活を享受しています」
「それならば、なおさら君の言っている事が分からないな」
ウルハンガは首をひねっている。
もちろんここまでの話だと、たとえ神様でもオレの言っている事が理解出来なくて当然だと思うよ。
「君の発言からすると、そちらでも僕の唱える思想が広まるまで、多くの争いがあって多大な犠牲が出たのだろう? それならこちらでも同じ事になるのは当たり前じゃないか」
「そうですよ。そしてその結果として、無益な争いを避けるため、あなたの主張するような思想が主流になったんです」
オレは別に思想史とか詳しいワケじゃ無いが、ちょっとかじった程度の知識だと、元の世界で
『宗教や文化や人種その他もろもろの違いは相対的に考え、異なる存在を尊重しましょう』
という考えが一般的になったのは二〇世紀も後半、二度の世界大戦の後なのは、その凄まじい犠牲に世界の人々がウンザリしたからではないだろうか。
だが犠牲の多寡だけなら、こっちの世界で思想を広める障害とは言えない。もっと大きな別の違いがあるのだ。
「もちろんそれを受け入れない人も、都合よくつまみ食いして自分の正当化に利用する人も大勢いますけどね」
「つまり君は僕の唱える思想のよい面も悪い面も両方知っていて、その上で自分の故郷がその考えが広まっているのを支持はしているのだけど、それにも関わらず僕の手助けは出来ないと言うのだね」
ウルハンガはここでズイと迫ってくる。
正直に言えばかなりのプレッシャーを感じるよ。少なくともオレにとっては『光の巨人』よりもかなり怖い。
「それはこの世界では ―― 少なくとも今のこの世界では、あなたの思想を実践するのはあまりにも無理が多すぎるのですよ」
「どういう事なんだい?」
「わたしがもといたところでは、誰でも全世界の情報が簡単に手に入るんです。だから自分以外の考えを簡単に知る事も出来ますし、ある物事のよい面も悪い面もすぐに広まります」
「ふうん。つまり君の故郷では、みんな神々のような目と耳を持っているのかい?」
「ええ。そうかもしれませんね」
まあこっちの神様と同レベルと言えば、元の世界の基準で考えて凄いのか凄くないのかよく分からない。
しかしこちらの世界の基準で言えば、一般人でも世界の裏側で起きた出来事を、その日のうちに知る事が出来るなんて王侯貴族でもあり得ない話なのだ。
もちろんそれにはいろいろと悪い面もあるのだけど、少なくとも良い面の方が多いからこそ、それが当たり前になったはずだ。
そういえばこんな『物事には常に良い面と悪い面があって、それを是々非々で考える』というのも、こっちの世界では一般的ではなくて、ウルハンガが唱えているのとほぼ同じものなんだなあ。
「こっちではまだまだそのような事が出来ません。だから『人の数だけ正義がある』と言っても、それは他者を尊重する事に繋がらず、自分の狭い了見を正当化するだけに終わってしまう人間が大勢出るのですよ。つまりあなたの望む世界にはまだまだ早すぎるんです」
こんな言葉で神様が納得してくれるかどうかは分からない。
あくまでもウルハンガが今すぐにも自分の思想を広める事に固執したら、オレのこんな言葉なんて吹けば飛ぶようなものだろう。
これまでもこっちの言葉の無力さを何度思い知らされたかなど、数え切れないぐらいだ。
そして相変わらずの柔和な笑みでオレの言葉を聞いているウルハンガを見て、どこまで分かってくれているのかは見当もつかなかった。
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