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第9章 『思想の神』と『英雄』編

第207話 『邪神』と『善き神』の境目は?

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 とりあえずエウスブスが『金髪の美しい人』であるウルハンガをどう考えているのかは確認しておかねばならない。
 今のところは愛想がいいけど、エウスブスの所属する教団は下手をすると『ウルハンガがいたとおぼしき地域の人間は根絶やし』なんて事すらやりかねないからな。
「それでエウスブスさんが探していた『金髪の人』はどんな相手なんですか?」
「僕たちが探していたのは『啓蒙の光』たるウルハンガ完全なるものだよ」
「え? 『啓蒙の光』ですか?」
 エウスブスのこの呼び方だと、まるでウルハンガが『良き神』のように聞こえてくるぞ。
 もちろんウルハンガを善なる存在と信じている人も大勢いるとモラーニは言っていた。
 しかしそれでもシャガーシュはかつてガーランドと共にウルハンガと戦った勢力だったはずだし、実際につい先ほど『グバシ』卑劣な詐欺師と蔑んだ呼び方をしていたのではなかったのだろうか。

 ただそれにしてはどうもエウスブスの態度には違和感があった。
 何というかモラーニよりもむしろ穏当な感じがするのだ。

「我らが神シャガーシュは《地界の太陽》ではあるけど、世界を清め、弱きものを庇護して新たな世界を築く神なんだ」

 そしてあなた達はその過程として、正義の御旗を掲げて虐殺するんでしたね。
 ツッコみたいところは山のようにあるけど、ここは話に付き合うしかない。

「太陽には幾つもの側面がある事は君も知っているね? 僕達はこの世界では見る事の出来ない、地平線の下に沈んだ後の太陽を崇拝しているけど、もちろん他にも太陽の光を司る神は幾つもいる。真実を照らす公明正大さの神アンティリウス、射貫く光・射手の神サジトゥス、朝焼け夕焼けの淡い光を司るケルマルなどだ」

 この世界にも当然ながら太陽信仰はある。
 しかし太陽そのものは信仰の有無にかかわらずその光と熱を与える原初の存在とされていて、一般的にはもっと細かく分けられて、それぞれを別個の神として崇拝しているのが多いらしい。
 もちろんそれもまた地域毎に別々の太陽神がいるので、別の所に行けば全く異なる信仰体系になっているんだけど。

「ウルハンガもその一柱なんですか?」

 悪い意味で太陽の光、たとえば日照りのような天災を司る神様だっていておかしくないわけで、ウルハンガをそう見なすのは不思議じゃ無いけど、やっぱりどこかおかしい気がする。

「そうだよ。かの神は幾柱にも別れた太陽をまた一つのにまとめ《完全なるもの》にするために生まれたと言われているんだ。だから僕達はウルハンガが復活したという噂を聞いて、その真実を確かめ、そして可能なら探し出して保護したいと思ったんだ」
「え?」

 どういう意味なんだ?
 ついさっきウルハンガを『裏切りもの』と呼んでいたのでは?
 俺の顔に浮かんだ困惑に気付いたのだろうか、エウスブスは安心させような笑みを注いでくる。

「よく誤解されているけど、ウルハンガは決して邪神なんかではない。だけどウルハンガの啓発の光は邪悪な《裏切りもの》グバシに奪われてしまったんだよ」
「え……それではガーランドの戦いは――」
「ガーランドはグバシ裏切りものを滅ぼして、ウルハンガ完全なるものの光を取り戻すべく戦い、我らシャガーシュの信徒は彼の手助けをしたというわけさ」

 そうか。非常に複雑だけど、エウスブス達はウルハンガとグバシは別物だと考えているらしい、
 つまりウルハンガの唱えている『物事は相対的に考えるべき』という教えの、良い面と悪い面を切り離し、それぞれを別個の神の教えだと見なしているようなのだ。

 しかも困った事に、この世界では悪行にもそれぞれ守護神がいるから、本気でその『悪い面』を信仰している連中もまた存在していて、彼らはウルハンガを自分たちの悪行を支援する神様だと思って崇めているようだ。
 そしてそんな連中の存在を見て、モラーニ達は更にウルハンガを邪神とする自分たちの考えが正しいと確信し、一方でエウスブス達の方はウルハンガを守らねばならないと考えるというわけか。

 ああもう面倒くさい。
 元の世界でも別々の神として崇められているのが、昔は一つの神だったとか、逆に複数の神だったのが一つの存在となった例もしばしばあるらしいから、ウルハンガの事もその実例そのものなんだろうな。
 しかし元の世界の場合、殆どは『過去の話』であり神話に興味のある人間が知っている程度の事だけど、こっちは現在進行形の出来事なわけだ。
 ただ困った事に神様とは信徒の認識によってもその存在が左右されてしまうものだ ―― これは元の世界でもこっちの世界でも変わらない。
 つまり本当にウルハンガを邪神として強く信仰する人間が増えると、本当にそういう側面が強くなってしまうのだ。

 そしてその場合『啓蒙の光』などと良い面を信じる人間との間のギャップから、本当に二つ柱の別の神となってしまう事がありうるし、その邪神の面が強くなると、良き神の面が覆い尽くされて消えてしまう可能性も考えられる。
 そう考えると『ウルハンガの啓蒙の光が邪神グバシによって消されてしまった』とするエウスブスの考えは、少なくとも真実の一端を表しているかもしれない。

 しかしそれは逆にウルハンガの教えそのものを忌み嫌っている側からは、受け入れられはしないだろう。
 モラーニが表向きは明言しなかったけど、シャガーシュの信徒を嫌っていたのは、この面があったからかもしれない。
 しかし本来なら慈悲深い癒やしの女神の信徒が不寛容で、虐殺の神の信徒の方がその良い面を評価しているとはつくづくややこしい話だ。

 ウルハンガについてはオレの出会った本人がハッキリとした事を言わない ―― ひょっとしたら本当に知らないのかもしれないが ―― のに加えて、千年に渡りいろいろな勢力がめいめい勝手に誇張や歪曲、隠蔽を続けたせいで、その伝説は全くワケの分からないものになってしまっている。
 どうにかして情報を集めようと、モラーニやエウスブスから話を聞いてみたのだけど、それで余計に話がややこしくなっただけだった。
 今まで分かった限りで話を整理するとたぶんこんな感じだろう。

・ウルハンガ
 この世界においては異端と言うべき『物事を相対的に考える』思想の神。
 一般には『まばゆく輝く美しい男性』の姿を取るようだが、その描かれる姿は千差万別で敵の陣営はその美しい姿が惑わせるものとして描かない。
 神としても異端であり直接、信仰されなくともその思想を奉じる人間がいる限り、存在し続ける事が出来るようだ。
 ウルハンガ自身は善悪とは無縁であるらしいが『正義が人の数だけある』とする思想そのものが対立を産む存在となっている。

・ウルハンガを敵視する側
 物事を相対的に考える思想が神の定めた規範を犯すものと捕らえ『魂を腐らせる』ものとして強く敵視している。
 ただしそういう細かい理屈を抜きにして単に『邪神』として教えられているが故に盲目的に嫌悪しているだけの人間も多いと思われる。

・ウルハンガを善の神とする側
 これも幾つかあってウルハンガの考えを支持しているものと、もっと単純に『過去に存在した偉大な光の神』と見ているものに大別される。
 またウルハンガの思想の悪い面を『裏切りものグバシ』という別の邪神と考え、別個の存在として切り離して考えている勢力もある。

・ウルハンガを邪神として支持する側
 かの神が唱える『物事には絶対の善も悪も無く、全ては相対的に考えるべき』という思想を自分たちの悪行の正当化に利用しているらしい。
 しかも彼らは自分たちの崇める神からそのまま恩恵を受けつつ、ウルハンガの思想を歪曲して、悪行に手を染めているようだ。
 これがウルハンガを敵視する勢力には『邪神によって魂を汚染され、悪行に手を染めるようになった』と見られているらしい。
 ウルハンガ自身は善悪には無頓着なようで、たぶんそういう連中の存在は気にもとめていない。

・ガーランド
 千年前にウルハンガと戦った英雄にして背教者 ―― というのが一般的な評価だがその伝説には無数のバリエーションがある。
 オレの想像ではウルハンガを打倒するために一神教を含め、あらゆる宗教勢力から力を借りては、必要に迫られてまた別の勢力の助力を得るという事を繰り返していたのではないだろうか。
 つまりある意味でウルハンガに近い思想の持ち主だったように感じられる。

 ざっとまとめては見たけど、たぶんこれも一部の例に過ぎなくて、大陸中探したらもっととんでもない話もあるに違いない。
 一神教徒の中でも『ガーランドと呼ばれた英雄や悪漢が複数いてそれが混同されている』というものから『ウルハンガとガーランドは手を組んでいて、大陸を破壊するために戦争をでっち上げた』などという説があったからな。
 しかしこうしてオレが接した情報からだけでも、とんでもなく話が入り組んでいる。
 オマケにどいつもこいつも自分たちの考えこそが正しく、それ以外は一顧だにしない困った連中揃いなのだ。
 日本にいた頃はまるで意識しなかったけど、こっちの世界では本当にこんな意見対立で血の雨が降るどころか、下手すれば大戦争というのだから始末に負えない。

 しかしこれも仕方ない事なのかもしれない。
 ここでは元の世界のようにネットに繋げば、全世界の情報がほぼリアルタイムで得られるわけではないのだ。
 それどころか本は極めて高価なもので、本棚一つ分の本でもこの世界ではちょっとした財産であり、一般市民が手を出せるレベルを遙かに超えており、必然的に異国の書籍に目を通せるものなどごく一部の特権階級だけだろう。
 当然ながら殆どの人間が自分たちの神々について得る情報は、身近な人間から教えられるものがほぼ全てであり、それが事実と異なっていたとしても、他者の主張と比較することが出来ない以上、その真相を探る事そのものが不可能だ。
 しかもどの勢力も自分たちの主張こそが正しく、他者の言い分は誤りだという事をもう千年も言い続けているわけだから、それを唱える本人達にとってはもはや疑念の予知の無い『先祖代々言い伝えられた真実』になってしまっているのは間違いない。
 それなりに裕福な人間であれば他者の情報に接し、それによって考えを変える事が皆無とは言えないかもしれない。しかしそれを公表するのは、地位を失うどころか下手をすれば命に関わりかねないだろう。
 またそれとは別に『こんな凄い力のある神様がいるよ』などと吹き込まれたら、知識が少ないが故に鵜呑みにして、そっちへの信仰に傾いてしまう事もあるに違いない。
 どんな時代でも自分の置かれた境遇に満足出来ず、新たなものを求める人間がいなくなることはあり得ないのだ。
 以前に出会ったアンデッド教団の『虚ろなるもの』もそういう面があったが、たぶん『邪神グバシ』の教えに染まるのもそんな連中なんだろう。
 彼らの目にウルハンガの教えは『つらい日常から脱する新しい何かをもたらしてくれるもの』として写るのかも知れない。
 ウルハンガのような考えが、むしろ当たり前の世界から来たオレにとって狭い世界で多くの人々がお互いを尊重し合って生きるのに必要不可欠なんだけど、皮肉にもそれはこの世界では火種そのものになってしまっているとも言えるのだ。
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