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第9章 『思想の神』と『英雄』編
第198話 『虐殺の神』についてのあれこれ
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この一見、優しげなエウスブスの崇めているのが『虐殺の神』だって?
どういうこと?
そりゃ裏になにかあるかもしれないとは思っていたけど、いくら何でも斜め上にぶっ飛びすぎでしょ。
オレが驚愕して目を見開いたところでエウスブスは心配げにこちらの顔をのぞき込む。
「どうしたんだい? 何か君の気に障るような事を言ったかな?」
「あ……いえ。何でも無いです」
とりあえずエウスブスに気取られないよう、後に続くことにする。
だけど気に障るどころじゃないよ。むしろ心臓わしづかみされてるよ。
愛想のいい態度をとっているけど、あんたの神は『虐殺の神』なんだよね?
いや。落ち着け。
この世界における神様の評価は勢力によってまるで違うし、それが正しいとは限らない。
たとえば昔、信徒が神の名の元に有名な虐殺事件を引き起こしたからそんなイメージがついてしまったけど、現在では関係ない場合だってあるじゃないか。
その虐殺だって針小棒大になっているだけで、本当は全然大した事無いかもしれない。
二十世紀末のとある国の独立時、反対する勢力が暴動を起こしたけど、そのとき全世界に『数万人が虐殺された』なんて報道が行われて新聞の国際面でもデカデカと載ったりもした。
だけど後で国連が調査したところ、そのときの本当の死者は数十人だったなんて話もある ―― まあそれでも無視出来ない数字だけど。
その手の話はとかく大げさになるものなんだ ―― ちょっと希望的観測に傾いているけど、今はそっちにすがるしかないな。
そんなわけでオレは必死で脳内の資料を読みあさる。
『この神は庇護者であり、死後地界に落ちた力無きもの達の魂を守り、いつの日か世界が再誕した時に庇護したもの達が全て蘇生すると信徒達は信じている。
このため信徒は時として寄る辺なきもの、自分の身を自分で守れないもの、一人で生きられないものを、ただそれだけの理由で殺戮する。
平穏な時は敢えて《庇護》する必要があるものはごく少数だが、戦乱時にはその《庇護》の対象が爆発的に拡大し、時には単なる避難民を虐殺する事もある。
信徒達はそうすることで地界に落ちたその魂を自分たちの神が永遠に守り、いつの日かこの世に蘇る手助けになると考えている。
このため彼らの寺院ではしばしば殺害した相手の頭蓋骨を積み上げた塀や壁が作られ《神との一体化》の象徴とされる。
故にシャガーシュの信徒は良心の呵責なく、むしろ慈悲と善意、熱意をもって弱きものを虐殺するが故に信徒以外からは虐殺の神と呼ばれる』
なんじゃそりゃ!
これが本当なら一番、始末に負えない連中だろ。単なる私欲のために殺戮をする連中は確かにロクでもないがそれでも損得でどうにか出来るかもしれない。
しかし慈悲と善意と熱意を持って虐殺する連中では利害得失ではどうする事も出来ない。
だけどそんな神様の信徒がどうしてここに?
少なくとも今のところは虐殺を始めるような様子が見受けられないが、何か意図があるのだろうか。
『彼らは戦いにおいては容赦を知らず、死しても地界で神に庇護される事を信じ、いかなるものに対しても恐れずに突撃する。戦場での怯懦は最も卑しむべき行いとされる。
そのため戦いでの犠牲は大きいが、信徒となるものは後を絶たない。
この神の教団組織は入信した信徒の元の身分や信仰、出自、民族、性別そして前歴を一切問わない。
たとえ捕虜や奴隷、犯罪者であってもその身が頑健で、神の意志に沿うことを誓うなら受け入れ、本人がその信仰心を証明さえすれば、他の信徒達と一切区別されることなく扱われる。
高位聖職者にも捕虜や奴隷出身のものは珍しく無い。
貴族など特権階級の出身者が入信しても、特別な扱いを受けることは絶対になく、他の信徒と同様の扱いを受ける事になるが、ごく希にそのような啓蒙を望んで入信する変わり者の貴族がいることが知られている。
これは入信した時点で彼らが信仰する《地界の太陽》と同じく、一度死んで再誕したとみなされるからである』
なるほど。この世界において出自を全く問われる事無く出世がかなうのは、少なからぬ人間にとって実に魅力的なんだろうな。
だからそんなロクでもない教団でも、支持者が結構いて、社会的地位もあるというわけか。
『ただし組織の規律は厳しく、軍律違反は死でもって罰せられ、また過酷な戦場に送られる機会が多いため軽々しく門を叩いた者が長生きすることは殆ど無い。
このためこの神の教団は戦乱で孤児となった子供達を信徒として数多く受け入れているが、その家族が教団に虐殺された結果、孤児となったものも多いとされる』
何ですか? そのマッチポンプは?!
だけどここまで来ると連中がここに来た意図は分かってきた。
この孤児院にいる子供達をスカウトするつもりなのではあるまいか。
戦力や労働力では無く、自分たちの次世代の信徒として、孤児達を獲得するのが目的だとすればわざわざやってきた理由も分かる。
道理でエウスブスが孤児達にも親しげに振る舞っているわけだ。反感を抱かれるのは避けたいはずだからな。
実力で奪っていかないのは、幾ら死を恐れぬ戦闘集団でも回復役の聖女教会を怒らせる事は避けたいからではないだろうか。
「どうしたんだい? 怖い顔をして?」
気がつくとオレ達一行は食堂についていたが、そこでエウスブスが改めてオレの顔をのぞき込んでいた。
「聞いたよ。君は昨日、ここに来たんだってね。ひょっとしたら僕のような男に怖い目に遭わされたりしていたのかな? まあそれなら仕方ないとは思うけど、僕達はその連中とは別だって事を分かって欲しいなあ」
エウスブスの態度は全く脅威も敵意も感じさせないものだ。
だがそれ故にこそ不気味だった。
今まで正義面して悪い事をする輩は大勢いたし、悪意に固まったロクでもない存在に出会った事もしょっちゅうだ。
しかし本当にここまでヤバいと思った相手は初めてだよ。
どういうこと?
そりゃ裏になにかあるかもしれないとは思っていたけど、いくら何でも斜め上にぶっ飛びすぎでしょ。
オレが驚愕して目を見開いたところでエウスブスは心配げにこちらの顔をのぞき込む。
「どうしたんだい? 何か君の気に障るような事を言ったかな?」
「あ……いえ。何でも無いです」
とりあえずエウスブスに気取られないよう、後に続くことにする。
だけど気に障るどころじゃないよ。むしろ心臓わしづかみされてるよ。
愛想のいい態度をとっているけど、あんたの神は『虐殺の神』なんだよね?
いや。落ち着け。
この世界における神様の評価は勢力によってまるで違うし、それが正しいとは限らない。
たとえば昔、信徒が神の名の元に有名な虐殺事件を引き起こしたからそんなイメージがついてしまったけど、現在では関係ない場合だってあるじゃないか。
その虐殺だって針小棒大になっているだけで、本当は全然大した事無いかもしれない。
二十世紀末のとある国の独立時、反対する勢力が暴動を起こしたけど、そのとき全世界に『数万人が虐殺された』なんて報道が行われて新聞の国際面でもデカデカと載ったりもした。
だけど後で国連が調査したところ、そのときの本当の死者は数十人だったなんて話もある ―― まあそれでも無視出来ない数字だけど。
その手の話はとかく大げさになるものなんだ ―― ちょっと希望的観測に傾いているけど、今はそっちにすがるしかないな。
そんなわけでオレは必死で脳内の資料を読みあさる。
『この神は庇護者であり、死後地界に落ちた力無きもの達の魂を守り、いつの日か世界が再誕した時に庇護したもの達が全て蘇生すると信徒達は信じている。
このため信徒は時として寄る辺なきもの、自分の身を自分で守れないもの、一人で生きられないものを、ただそれだけの理由で殺戮する。
平穏な時は敢えて《庇護》する必要があるものはごく少数だが、戦乱時にはその《庇護》の対象が爆発的に拡大し、時には単なる避難民を虐殺する事もある。
信徒達はそうすることで地界に落ちたその魂を自分たちの神が永遠に守り、いつの日かこの世に蘇る手助けになると考えている。
このため彼らの寺院ではしばしば殺害した相手の頭蓋骨を積み上げた塀や壁が作られ《神との一体化》の象徴とされる。
故にシャガーシュの信徒は良心の呵責なく、むしろ慈悲と善意、熱意をもって弱きものを虐殺するが故に信徒以外からは虐殺の神と呼ばれる』
なんじゃそりゃ!
これが本当なら一番、始末に負えない連中だろ。単なる私欲のために殺戮をする連中は確かにロクでもないがそれでも損得でどうにか出来るかもしれない。
しかし慈悲と善意と熱意を持って虐殺する連中では利害得失ではどうする事も出来ない。
だけどそんな神様の信徒がどうしてここに?
少なくとも今のところは虐殺を始めるような様子が見受けられないが、何か意図があるのだろうか。
『彼らは戦いにおいては容赦を知らず、死しても地界で神に庇護される事を信じ、いかなるものに対しても恐れずに突撃する。戦場での怯懦は最も卑しむべき行いとされる。
そのため戦いでの犠牲は大きいが、信徒となるものは後を絶たない。
この神の教団組織は入信した信徒の元の身分や信仰、出自、民族、性別そして前歴を一切問わない。
たとえ捕虜や奴隷、犯罪者であってもその身が頑健で、神の意志に沿うことを誓うなら受け入れ、本人がその信仰心を証明さえすれば、他の信徒達と一切区別されることなく扱われる。
高位聖職者にも捕虜や奴隷出身のものは珍しく無い。
貴族など特権階級の出身者が入信しても、特別な扱いを受けることは絶対になく、他の信徒と同様の扱いを受ける事になるが、ごく希にそのような啓蒙を望んで入信する変わり者の貴族がいることが知られている。
これは入信した時点で彼らが信仰する《地界の太陽》と同じく、一度死んで再誕したとみなされるからである』
なるほど。この世界において出自を全く問われる事無く出世がかなうのは、少なからぬ人間にとって実に魅力的なんだろうな。
だからそんなロクでもない教団でも、支持者が結構いて、社会的地位もあるというわけか。
『ただし組織の規律は厳しく、軍律違反は死でもって罰せられ、また過酷な戦場に送られる機会が多いため軽々しく門を叩いた者が長生きすることは殆ど無い。
このためこの神の教団は戦乱で孤児となった子供達を信徒として数多く受け入れているが、その家族が教団に虐殺された結果、孤児となったものも多いとされる』
何ですか? そのマッチポンプは?!
だけどここまで来ると連中がここに来た意図は分かってきた。
この孤児院にいる子供達をスカウトするつもりなのではあるまいか。
戦力や労働力では無く、自分たちの次世代の信徒として、孤児達を獲得するのが目的だとすればわざわざやってきた理由も分かる。
道理でエウスブスが孤児達にも親しげに振る舞っているわけだ。反感を抱かれるのは避けたいはずだからな。
実力で奪っていかないのは、幾ら死を恐れぬ戦闘集団でも回復役の聖女教会を怒らせる事は避けたいからではないだろうか。
「どうしたんだい? 怖い顔をして?」
気がつくとオレ達一行は食堂についていたが、そこでエウスブスが改めてオレの顔をのぞき込んでいた。
「聞いたよ。君は昨日、ここに来たんだってね。ひょっとしたら僕のような男に怖い目に遭わされたりしていたのかな? まあそれなら仕方ないとは思うけど、僕達はその連中とは別だって事を分かって欲しいなあ」
エウスブスの態度は全く脅威も敵意も感じさせないものだ。
だがそれ故にこそ不気味だった。
今まで正義面して悪い事をする輩は大勢いたし、悪意に固まったロクでもない存在に出会った事もしょっちゅうだ。
しかし本当にここまでヤバいと思った相手は初めてだよ。
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