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第5章 辺境の地にて
第88話 乗り切ったと思った瞬間、最大の危機が訪れる そして……
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オレがファーゼスト神、アカスタと霊体師匠、そしてフレストルの協力を得て霊体達を回復させているうちに『あばたに覆われた霊体』達は目に見えて減ってきた。
もう新しく群れに加わるヤツもいないらしく、オレにも少しは余裕が出てきたお陰で周囲を見回すと、むしろ野次馬が集まってきてこちらを注視しているようだ。
ええい。まだ安全じゃないんだから、今はとにかく避難してくれ。
もちろんそんなことを考えていても、都合よく話を聞いてくれるはずがない。
見たところ城門からわざわざ出てくるのもいれば、城壁の上に鈴なりになってこちらを見物している連中もいるらしい。
当然だが彼らは、つい先ほど城壁の外に展開していた阿鼻叫喚の光景など見ていないし、これがどれだけ危機的な状況だったかも知らないのだ。
そしてそののんきな見物人達の注目先はどうも圧倒的にこのオレのようだ。
まあオレがこの光景を見たとしても『その全身を魔力の燐光で輝かせ、夜闇に浮かび上がる金髪の並外れた美少女』に目を奪われるのは当然だと思う。
少なくとも近くにいるアカスタやフレストルなど『おまけ』としか考えないだろう。
もちろん霊気を感じる能力のない人間にはアカスタの霊体師匠は見えないので、最初から関心の埒外となっている。
だが師匠はそれが不満のようだ。
【なんじゃ。ワシの大活躍を見たら、この街の娘達のハートはこのワシがわしづかみしたはずなのに残念じゃのう】
うおおお。あまりのくだらないダジャレにオレの意識が飛びかけたぞ!
危ねえだろ!
【まあよいわ。アルタシャのハートをいただけたらワシはそれで十分じゃよ。ワシは慎み深いからのう】
助けてくれたから、お礼に胸を触らせるぐらいはまあ勘弁してやるけど、ハートを奪われる可能性はゼロですから!
そしてオレの常人より遙かに鋭い耳には、周囲のどよめきが響いてくる。
「おお。あのお姿は紛れもなく女神様に違いない」
「我らをお助けに来て下さったのか!」
「聞くところによればあのお方はここ数ヶ月間、あちこちに顕現され、そのたびに大勢の人を救ってこられたそうじゃぞ」
え? 最後の言葉はちょっと聞き捨てならないぞ。
ひょっとしてその話はオレが今まで訪れて来たラマーリア王国やマニリア帝国での出来事をさしているのか?
そしてそこでオレは『女神の化身』という事になっていて、その噂が既にこの辺境のファーゼストにまで伝わっているということになるぞ。
いや。むしろラマーリア王国でもマニリア帝国でも『女神の助けを得た』という事にして、むしろ積極的に宣伝しているのかもしれない。
そうすれば国としても箔が付くし、オレの事で聖女教会にも恩を売っている事だってありうるぞ。
いずれにせよオレは望んでもいないのに国を超えて伝説になっていて、無駄に名声が高まっているらしい。
ええい。オレは女としてそんな風に持てはやされるなど真っ平だ ―― まあ男でも『神の化身』なんて大げさ過ぎてあんまりその気にはなれないけどな。
しかし今はそんな事など考えていられる状況ではない。
霊体の群雲は明らかに数を減らし、また次から次へと仲間が『昇天』していくのを見て、先ほどここにやってきた連中のほぼすべてがこちらに集まっているようだ。
つまりもう他の人間が襲われる心配はほとんどない。
そして霊体達もかなりの程度、落ち着いてきているようだ。
何しろオレは連中を滅ぼしたり、封印したり、道具にしたりしているわけではない。
むしろ彼らが望むものを与えて、本来進むべきところ、正しい循環先へと向かわせているのだ。
当然、逃げ出したり暴れたりすることもない。
このまま順調にいけば、遠からずこの霊体達はすべてこの世を去って、もう人に害を与える事もなくなり、近隣の住民達を悩ませていた疫病もなりを潜めるはずだ。
もちろんこの霊体達が人間の営みの結果として、崇拝の輪から離れ、取り残されてしまった存在である以上、仮にここにいる全てを浄化して本来行くべきところに戻したとしても、将来にはまた同じ事が起きてしまうかもしれない。
しかし今のオレにはそんな事を考えている余裕などこれっぽっちもないのだ。
申し訳ないが、オレに出来る事は目の前にいる連中をどうにかして、視界内にいる人々を守る事だけだ。
そこから先はこの世界の人間ないし神様の領分であって『異世界人』のオレは手を出すべきでもないだろう ―― ぶっちゃけオレにはどうしようもないんだけど。
そんな事を考えていると、ほぼ順調に霊体達は消えていってくれていた。
もう残っているのは最初の二割以下だろう。
ここまでくればもう一息だと胸をなで下ろしたところで、オレの全身にいきなり鈍痛が走る。
ぐう。これはまさか!
「フレストル様!」
遠目で見ていたヴァルナロの悲痛な叫びがオレの耳に響く。見るとフレストルの全身があばたとカサブタに覆われ、その身からはウミが吹き出している。
しまった! とうとうフレストルに限界がきてしまったんだ!
いや。落ち着け。確かにフレストルが倒れたのは痛手だが、それでも先ほどより大幅に状況は改善しているんだ。
どうにかこのまましのげれば ―― だがそうは問屋が卸してはくれなかった。
【すまん。申し訳ないが吾も既に限界のようだ。そなたの手助けはここまでだな】
ファーゼスト神の言葉と共に、オレに供給されてきた魔力が打ち切られる。
ちょっと待てよ! ここで手を引くんじゃねえ!
神様だからって身勝手すぎるだろ!
オレは内心でファーゼスト神を呪う。だがこれはまだ最悪では無かった。
【うう。ワシもここまでじゃ。これ以上は食い止めておれんぞ】
おおい! 爺さん!
もともと老い先短い ―― じゃなかった。もう人生終わっているんだから、そこはこの晴れ舞台で燃え尽きてもいいから止めてくれよ!
【うぉぉぉ! 吾にその血肉を寄こせ!】
【全てを我らに!】
オレの内心の悲鳴をかき消すかのごとき勢いで、残った霊体の群れが殺到し、こちらの視界を殆ど埋め尽くしていた。
あっという間にオレの身は霊体の群れに覆われる。
もちろん自分の身にかけていた霊体に対する防御魔術はまだ有効だから、いきなりこの身が蹂躙されるワケではないが、それでもこのままでは確実にやばい。
時間が経てば防御が限界に来るのは避けようがないのだ。
しかしファーゼスト神からの魔力の供給も切れてしまったので、こいつらを癒やしてやるだけの魔力は残っていない。
調子に乗って事業を拡大していたら、銀行からいきなり融資を打ち切られた会社の社長さんはこんな気分なのだろうか。
いや。そんな事を言っている場合では無い。
とにかく今はこの場を切り抜ける事を考えるしかないんだ。
オレがそう考えていると、エサを目の前にしてガラスにへばりついている動物園の猿の群れのごとく霊体達もオレに向けて叫んでくる。
【なぜだ? お前は他の連中には与えたのに、どうして我らは拒絶するのだ】
あなたがたのそう言いたくなる気持ちは分りますよ。
我慢して並んで次が自分の番だと思っていたら、目の前で『もう売り切れです』と受付が打ち切られたら、そりゃ神様だって怒るでしょう。
しかしこっちにもこっちの都合があるんだよ。
「待って下さい。せめて一日だけでも時間をくれれば、あなたがた全てを救う事だって出来るんです。だから今は引き上げて――」
【そのような言葉が信用できるか!】
【そうだ。何百年も吾を崇拝し、その恩恵を受けておきながら、人間は吾を忘れゴミのように捨て去ったではないか】
そんなのオレとは無関係ですよ!
いや。まあ。オレだってその人間達と同じ立場だったら、同じ事をしていないとは言えないけどさ。
だけど裏切られて女にされてしまっても、未だに人間を信じているオレを見習って、ここは少しばかり我慢してもらえないでしょうか。
【お前の血肉も魂も全て我らに捧げよ。人間達が過去、ずっと行ってきたように】
あんたの信者は人間を生け贄に捧げていたのかよ!
まあさすがにオレもそんな信仰を許容はしたくないのだけど元の世界でも、そういう事はあちこちにあったらしい。
戦争で負けて捕虜になったら、戦神に生け贄にされてしまうとかだったら、世界中にあったそうだ。
そうは言っても、たぶん神様にとっては崇拝さえしてくれれば、その形式には大して意味はないんじゃないかな。
教義だとか戒律だとかは、人間のためにあるものであって、神様のためにあるもんじゃないだろう。
いや。待て。ここでそんな宗教論を考えていてどうする。
状況がやばすぎて、ちょっとばかり現実逃避していたようだ。
とにかく落ち着け。
まだオレの霊体に対する魔術防御が有効なうちにどうにかせねばならないのだ。
状況を整理すると、オレ自身は既に魔力切れでこいつらを癒やしている場合では無い。
フレストルも霊体師匠もファーゼスト神ももう力尽きているらしく、これ以上オレを助ける事は出来ないらしい。
オマケに周囲には状況を把握していない野次馬連中が次第に集まってきて、オレを『女神』だの何だの勝手に崇めているけど、ここで逃げたらその人たちが犠牲になるのは避けようがない。
だめだ。オレには逃げることすら出来ない。
この状況で何か助けになるのものないのか!
この窮地を乗り切る手助けになる相手がいるとしたら ―― 思い当たるのは女神イロールぐらいだ。
もうここまできたら『苦しいときの神頼み』でも何でもいいから助けてくれよ!
だけどこの前にあの女神が顕現した時にも、向こうの声が聞こえても、こっちの声は届いてなかったからやっぱり無理か。
もう八方ふさがりなのかよ!
オレがそう思った瞬間、この耳というより心の内に済み通った声が響き、脳裏には今のオレと同じ金髪と青紫の瞳の女性のイメージが浮かび上がる。
『呼びましたか?』
うぉ?! まさか本当に出てくるとは?!
いきなりすぎて驚いたよ。
なんでオレの声が届いているんだ?
つい先日にはむこうの呼びかけは聞こえても、こっちの言葉は届いていなかったのに。
そんな事はどうでもいい。とにかく今は助けになるなら、オレを女にしてコイツでも構わない。
もうなりふり構っている状況ではないんだ。
「今の状況分ってますよね! お願いですから助けて下さい」
『それは無理です』
「どうしてですか?!」
『あなたも知っているでしょうが、神は己の権能を通じてしか人に関わる事は出来ません。我が権能は治癒です。以前に力尽き斃れたあなたを手助けはしましたが、いま助力する事は出来ません』
つまりオレが力尽き、斃れ、なおかつ死んでない状況だけしかこの女神は手助けしてくれないということか!
なんて中途半端な助力なんだよ。
オレが内心で苦情を喚いていると、かの女神のイメージがオレの脳裏に広がる。
『大丈夫です。今のあなたには我が助力など必要ありません』
「どうしてですか?!」
『あなたは自分でも気付いているにも関わらず、それを見過ごしているだけですよ』
必死で呼びかけるオレの前で、脳裏の女神は場違いなまでに暢気そうな笑顔を浮かべて、少しばかり困った様子で首をかしげていた。
もう新しく群れに加わるヤツもいないらしく、オレにも少しは余裕が出てきたお陰で周囲を見回すと、むしろ野次馬が集まってきてこちらを注視しているようだ。
ええい。まだ安全じゃないんだから、今はとにかく避難してくれ。
もちろんそんなことを考えていても、都合よく話を聞いてくれるはずがない。
見たところ城門からわざわざ出てくるのもいれば、城壁の上に鈴なりになってこちらを見物している連中もいるらしい。
当然だが彼らは、つい先ほど城壁の外に展開していた阿鼻叫喚の光景など見ていないし、これがどれだけ危機的な状況だったかも知らないのだ。
そしてそののんきな見物人達の注目先はどうも圧倒的にこのオレのようだ。
まあオレがこの光景を見たとしても『その全身を魔力の燐光で輝かせ、夜闇に浮かび上がる金髪の並外れた美少女』に目を奪われるのは当然だと思う。
少なくとも近くにいるアカスタやフレストルなど『おまけ』としか考えないだろう。
もちろん霊気を感じる能力のない人間にはアカスタの霊体師匠は見えないので、最初から関心の埒外となっている。
だが師匠はそれが不満のようだ。
【なんじゃ。ワシの大活躍を見たら、この街の娘達のハートはこのワシがわしづかみしたはずなのに残念じゃのう】
うおおお。あまりのくだらないダジャレにオレの意識が飛びかけたぞ!
危ねえだろ!
【まあよいわ。アルタシャのハートをいただけたらワシはそれで十分じゃよ。ワシは慎み深いからのう】
助けてくれたから、お礼に胸を触らせるぐらいはまあ勘弁してやるけど、ハートを奪われる可能性はゼロですから!
そしてオレの常人より遙かに鋭い耳には、周囲のどよめきが響いてくる。
「おお。あのお姿は紛れもなく女神様に違いない」
「我らをお助けに来て下さったのか!」
「聞くところによればあのお方はここ数ヶ月間、あちこちに顕現され、そのたびに大勢の人を救ってこられたそうじゃぞ」
え? 最後の言葉はちょっと聞き捨てならないぞ。
ひょっとしてその話はオレが今まで訪れて来たラマーリア王国やマニリア帝国での出来事をさしているのか?
そしてそこでオレは『女神の化身』という事になっていて、その噂が既にこの辺境のファーゼストにまで伝わっているということになるぞ。
いや。むしろラマーリア王国でもマニリア帝国でも『女神の助けを得た』という事にして、むしろ積極的に宣伝しているのかもしれない。
そうすれば国としても箔が付くし、オレの事で聖女教会にも恩を売っている事だってありうるぞ。
いずれにせよオレは望んでもいないのに国を超えて伝説になっていて、無駄に名声が高まっているらしい。
ええい。オレは女としてそんな風に持てはやされるなど真っ平だ ―― まあ男でも『神の化身』なんて大げさ過ぎてあんまりその気にはなれないけどな。
しかし今はそんな事など考えていられる状況ではない。
霊体の群雲は明らかに数を減らし、また次から次へと仲間が『昇天』していくのを見て、先ほどここにやってきた連中のほぼすべてがこちらに集まっているようだ。
つまりもう他の人間が襲われる心配はほとんどない。
そして霊体達もかなりの程度、落ち着いてきているようだ。
何しろオレは連中を滅ぼしたり、封印したり、道具にしたりしているわけではない。
むしろ彼らが望むものを与えて、本来進むべきところ、正しい循環先へと向かわせているのだ。
当然、逃げ出したり暴れたりすることもない。
このまま順調にいけば、遠からずこの霊体達はすべてこの世を去って、もう人に害を与える事もなくなり、近隣の住民達を悩ませていた疫病もなりを潜めるはずだ。
もちろんこの霊体達が人間の営みの結果として、崇拝の輪から離れ、取り残されてしまった存在である以上、仮にここにいる全てを浄化して本来行くべきところに戻したとしても、将来にはまた同じ事が起きてしまうかもしれない。
しかし今のオレにはそんな事を考えている余裕などこれっぽっちもないのだ。
申し訳ないが、オレに出来る事は目の前にいる連中をどうにかして、視界内にいる人々を守る事だけだ。
そこから先はこの世界の人間ないし神様の領分であって『異世界人』のオレは手を出すべきでもないだろう ―― ぶっちゃけオレにはどうしようもないんだけど。
そんな事を考えていると、ほぼ順調に霊体達は消えていってくれていた。
もう残っているのは最初の二割以下だろう。
ここまでくればもう一息だと胸をなで下ろしたところで、オレの全身にいきなり鈍痛が走る。
ぐう。これはまさか!
「フレストル様!」
遠目で見ていたヴァルナロの悲痛な叫びがオレの耳に響く。見るとフレストルの全身があばたとカサブタに覆われ、その身からはウミが吹き出している。
しまった! とうとうフレストルに限界がきてしまったんだ!
いや。落ち着け。確かにフレストルが倒れたのは痛手だが、それでも先ほどより大幅に状況は改善しているんだ。
どうにかこのまましのげれば ―― だがそうは問屋が卸してはくれなかった。
【すまん。申し訳ないが吾も既に限界のようだ。そなたの手助けはここまでだな】
ファーゼスト神の言葉と共に、オレに供給されてきた魔力が打ち切られる。
ちょっと待てよ! ここで手を引くんじゃねえ!
神様だからって身勝手すぎるだろ!
オレは内心でファーゼスト神を呪う。だがこれはまだ最悪では無かった。
【うう。ワシもここまでじゃ。これ以上は食い止めておれんぞ】
おおい! 爺さん!
もともと老い先短い ―― じゃなかった。もう人生終わっているんだから、そこはこの晴れ舞台で燃え尽きてもいいから止めてくれよ!
【うぉぉぉ! 吾にその血肉を寄こせ!】
【全てを我らに!】
オレの内心の悲鳴をかき消すかのごとき勢いで、残った霊体の群れが殺到し、こちらの視界を殆ど埋め尽くしていた。
あっという間にオレの身は霊体の群れに覆われる。
もちろん自分の身にかけていた霊体に対する防御魔術はまだ有効だから、いきなりこの身が蹂躙されるワケではないが、それでもこのままでは確実にやばい。
時間が経てば防御が限界に来るのは避けようがないのだ。
しかしファーゼスト神からの魔力の供給も切れてしまったので、こいつらを癒やしてやるだけの魔力は残っていない。
調子に乗って事業を拡大していたら、銀行からいきなり融資を打ち切られた会社の社長さんはこんな気分なのだろうか。
いや。そんな事を言っている場合では無い。
とにかく今はこの場を切り抜ける事を考えるしかないんだ。
オレがそう考えていると、エサを目の前にしてガラスにへばりついている動物園の猿の群れのごとく霊体達もオレに向けて叫んでくる。
【なぜだ? お前は他の連中には与えたのに、どうして我らは拒絶するのだ】
あなたがたのそう言いたくなる気持ちは分りますよ。
我慢して並んで次が自分の番だと思っていたら、目の前で『もう売り切れです』と受付が打ち切られたら、そりゃ神様だって怒るでしょう。
しかしこっちにもこっちの都合があるんだよ。
「待って下さい。せめて一日だけでも時間をくれれば、あなたがた全てを救う事だって出来るんです。だから今は引き上げて――」
【そのような言葉が信用できるか!】
【そうだ。何百年も吾を崇拝し、その恩恵を受けておきながら、人間は吾を忘れゴミのように捨て去ったではないか】
そんなのオレとは無関係ですよ!
いや。まあ。オレだってその人間達と同じ立場だったら、同じ事をしていないとは言えないけどさ。
だけど裏切られて女にされてしまっても、未だに人間を信じているオレを見習って、ここは少しばかり我慢してもらえないでしょうか。
【お前の血肉も魂も全て我らに捧げよ。人間達が過去、ずっと行ってきたように】
あんたの信者は人間を生け贄に捧げていたのかよ!
まあさすがにオレもそんな信仰を許容はしたくないのだけど元の世界でも、そういう事はあちこちにあったらしい。
戦争で負けて捕虜になったら、戦神に生け贄にされてしまうとかだったら、世界中にあったそうだ。
そうは言っても、たぶん神様にとっては崇拝さえしてくれれば、その形式には大して意味はないんじゃないかな。
教義だとか戒律だとかは、人間のためにあるものであって、神様のためにあるもんじゃないだろう。
いや。待て。ここでそんな宗教論を考えていてどうする。
状況がやばすぎて、ちょっとばかり現実逃避していたようだ。
とにかく落ち着け。
まだオレの霊体に対する魔術防御が有効なうちにどうにかせねばならないのだ。
状況を整理すると、オレ自身は既に魔力切れでこいつらを癒やしている場合では無い。
フレストルも霊体師匠もファーゼスト神ももう力尽きているらしく、これ以上オレを助ける事は出来ないらしい。
オマケに周囲には状況を把握していない野次馬連中が次第に集まってきて、オレを『女神』だの何だの勝手に崇めているけど、ここで逃げたらその人たちが犠牲になるのは避けようがない。
だめだ。オレには逃げることすら出来ない。
この状況で何か助けになるのものないのか!
この窮地を乗り切る手助けになる相手がいるとしたら ―― 思い当たるのは女神イロールぐらいだ。
もうここまできたら『苦しいときの神頼み』でも何でもいいから助けてくれよ!
だけどこの前にあの女神が顕現した時にも、向こうの声が聞こえても、こっちの声は届いてなかったからやっぱり無理か。
もう八方ふさがりなのかよ!
オレがそう思った瞬間、この耳というより心の内に済み通った声が響き、脳裏には今のオレと同じ金髪と青紫の瞳の女性のイメージが浮かび上がる。
『呼びましたか?』
うぉ?! まさか本当に出てくるとは?!
いきなりすぎて驚いたよ。
なんでオレの声が届いているんだ?
つい先日にはむこうの呼びかけは聞こえても、こっちの言葉は届いていなかったのに。
そんな事はどうでもいい。とにかく今は助けになるなら、オレを女にしてコイツでも構わない。
もうなりふり構っている状況ではないんだ。
「今の状況分ってますよね! お願いですから助けて下さい」
『それは無理です』
「どうしてですか?!」
『あなたも知っているでしょうが、神は己の権能を通じてしか人に関わる事は出来ません。我が権能は治癒です。以前に力尽き斃れたあなたを手助けはしましたが、いま助力する事は出来ません』
つまりオレが力尽き、斃れ、なおかつ死んでない状況だけしかこの女神は手助けしてくれないということか!
なんて中途半端な助力なんだよ。
オレが内心で苦情を喚いていると、かの女神のイメージがオレの脳裏に広がる。
『大丈夫です。今のあなたには我が助力など必要ありません』
「どうしてですか?!」
『あなたは自分でも気付いているにも関わらず、それを見過ごしているだけですよ』
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