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第4章 マニリア帝国編
第46話 絶体絶命の危機において
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宮女の宿舎に戻ったときには、既に城壁の外で動き回る旗指物を見て、宮女や女官達にも動揺が広まりつつあった。
オレが歩いていると誰もがひそひそ話をしたり、こちらに向けて不安げな視線を注いできたりしている。
この国は昨年にも皇位継承を巡って内戦をしたばかりだから、誰もがそれを意識せざるを得ないのだろう。
ただ幸か不幸か、今すぐこの後宮まで攻め込まれるとまで思ってはいないらしく、そのお陰で不安はあってもパニックにまではなっていないようだ。
だがこれは困ったな。
下手な事を口にしたら、一気に恐慌が広まってしまいかねない。
そうなったらただでさえ貴重な時間を、無駄に浪費する事になる。
だが黙っているのは、ただの緩慢な自殺行為でしかない。
とりあえず後宮に出来ている宮女のリーダー達を集めて、そこでこの話を伝えざるをえないだろう。
難しいがそれしかあるまい。
オレがそう考えていると、そこでデレンダが不安を顔に貼り付けて駆け寄ってきた。
「アルタシャさん? 見ましたか! 外のあの旗指物を!」
「ええ……」
とりあえずオレは声を潜めて、デレンダとの話に応じる。
「この後宮は大丈夫……ですよね。これだけ厳重に守られているんですから、攻め込まれたりしませんよね」
ここで大丈夫だと胸を張って答えられたらどれほど楽だったろうか。
しかしここは意を決して、差し迫った危険を伝えねばならないのだ。
「実は宮女には一時帰省が認められるよう、長官にかけあっているんです」
「あの……それはどういう意味で……」
デレンダは困惑しているようだ。しかしそれはオレの言葉の意味が分っていないからではない。
それが自分たちにとって何を意味するか理解したからこそ、ありのままに受け入れられず混乱せざるを得ないのだろう。
だがそれは責められない。オレは自分のチート魔術を使えば、この場からも逃げ切れる自信があるが、彼女はそうはいかないのだ。
それにここから逃げ出して郷里に戻るとしても、その途中で予想される苦難を考えれば二の足を踏むのは当然である。
しかし気の毒だがここでデレンダに合わせるわけにはいかない。このまま何もしなければそのまま破滅に一直線なのだ。
「ごめんなさい。あなただって分っていると思うけど、この後宮からみんなで出て行くしかないんです」
「……」
デレンダは一瞬、その目を大きく見開き、そしてそれから肩を落とす。
「それではやっぱり……」
「申し訳ないけど、わたしは宮女グループのリーダーたちにそれを伝えてくるから、あなたは部屋に戻って準備を整えて」
「……分りました」
デレンダの了承を得て、オレが急いで他の宮女の元に向かおうとしたとき、背中に声がかけられる。
「待って下さい。アルタシャさん」
「何です?」
「この後宮を出ても……また会えますよね?」
正直に言えばそれは約束できない。いや。むしろオレの場合、一刻も早くこんな国は出て行きたいところである。しかし――
「ええ。きっとまた会えるでしょう」
ここは嘘でもデレンダを安心させるしかない。
オレはひとまずデレンダと分かれると、女官に頼んであちこちにいる宮女グループのリーダー達を集め、そこで脱出準備の話をすることにした。
しばしの後、食堂に集まった宮女のリーダー達を前にして、オレが事情を説明すると共に、脱出の準備を整えるよう頼み込んだ。
そしてその結果――
「そ……そんな。いやよ! ここから出たって、逃げ切れるわけないじゃない」
「あんたは大貴族様のご令嬢で、この首都にも大きな屋敷があるんでしょう。お屋敷にあたしたちが逃げ込む場所を準備して頂戴よ」
「無理だわ……だってわたし本当は田舎の商人の娘でしかないの。大貴族の令嬢なんて嘘だったのよ」
「なんですってぇ? この嘘つき!」
「それを言うあなただって皇帝陛下のお声掛かりを自慢していたじゃないの。今からでも陛下にかけあってわたしたちが無事脱出が出来るように手を打ってもらいなさいよ」
「そ……それは……」
「ほうら! やっぱり嘘だったんじゃないの!」
ああ。何となくこうなることを予感していたが、それが的中しても全く嬉しくも何ともないな。
この後宮にいた宮女のリーダー達の多くはどうやら『皇帝のお声掛かり』をねつ造するどころか、自分の出自すら空しい嘘を積み重ねていたらしい。
そしてその積み上げた嘘が、最悪の形で崩壊した瞬間、彼女達は見苦しく争いを始めたわけだ。
それをこっちが前もって予想出来たお陰で、他の宮女達に見られずに済んだのはまだマシだけど。
もし全ての宮女を集めた状態で、こんな有様になっていたら即座に全員がパニックに陥っていたことだろう。
そしてここでオレは【調和】をかけて、ひとまず興奮した連中を落ち着かせ、そして間髪入れずに叫ぶ。
「みなさん! いいですか。今はそんな風に争っている場合ではありませんよ。一刻も早くこの後宮から逃げ出す準備を整えねばならないんです」
「だけど……どうやって……」
「いまオントール長官が帰省の許可をもらうべく奔走してくれています」
実際にはマルキウスがそう動くように掛け合っているだけだが、それでも一刻も早く脱出の用意に取り組むのが先決だ。
「だけどこいつが――」
「いえ。このアバズレが――」
残念ながら【調和】は精神を落ち着かせ、暴力的な行動に出ることを疎外する魔術に過ぎず、別に仲良くさせる効果は無いので、連中は口論を続けようとする。だが――
「いい加減にしなさい!」
オレが憤りを込めて一括すると、にらみ合っていた連中は揃ってオレの方に視線を注ぐ。
「もし今まで嘘をついていた事を後ろめたく思っているなら、償いのために騙した相手を守るために働きなさい。騙していた事を恥じていないなら、最後まで気高くあるフリを貫いてその相手を守りなさい」
「そ、それは……」
「嘘をついてでも皇后を目指したのなら、それぐらいの事はやりなさい! その程度の事も出来ないのに、あなたたちは皇后になろうと思ったんですか!」
オレが血を吐くような勢いで叫ぶと、いがみ合っていた宮女のリーダー達はバツが悪そうに視線を泳がせる。
「分ったなら、今すぐに皆のところに戻って、ここから出る手はずを整えて下さい。いいですね!」
オレが強引に結論を出すと、誰も逆らうことなく自分のグループへと戻っていき、食堂に残されたのはオレと女官達だけとなった。
そして女官達はどういうわけか、オレに対し崇敬の視線を注いでくる。
「やっぱり……あなた様こそが皇后様にふさわしいお方でした……」
「事が収まった暁には、是非ともこの後宮に戻ってきて下さい。もちろんここの主として――」
「そ、それはどうも……」
口々にオレを称賛する女官達に少々うんざりしつつ、オレはあらためて宮女達の元に戻るべく食堂を後にした。
オレが歩いていると誰もがひそひそ話をしたり、こちらに向けて不安げな視線を注いできたりしている。
この国は昨年にも皇位継承を巡って内戦をしたばかりだから、誰もがそれを意識せざるを得ないのだろう。
ただ幸か不幸か、今すぐこの後宮まで攻め込まれるとまで思ってはいないらしく、そのお陰で不安はあってもパニックにまではなっていないようだ。
だがこれは困ったな。
下手な事を口にしたら、一気に恐慌が広まってしまいかねない。
そうなったらただでさえ貴重な時間を、無駄に浪費する事になる。
だが黙っているのは、ただの緩慢な自殺行為でしかない。
とりあえず後宮に出来ている宮女のリーダー達を集めて、そこでこの話を伝えざるをえないだろう。
難しいがそれしかあるまい。
オレがそう考えていると、そこでデレンダが不安を顔に貼り付けて駆け寄ってきた。
「アルタシャさん? 見ましたか! 外のあの旗指物を!」
「ええ……」
とりあえずオレは声を潜めて、デレンダとの話に応じる。
「この後宮は大丈夫……ですよね。これだけ厳重に守られているんですから、攻め込まれたりしませんよね」
ここで大丈夫だと胸を張って答えられたらどれほど楽だったろうか。
しかしここは意を決して、差し迫った危険を伝えねばならないのだ。
「実は宮女には一時帰省が認められるよう、長官にかけあっているんです」
「あの……それはどういう意味で……」
デレンダは困惑しているようだ。しかしそれはオレの言葉の意味が分っていないからではない。
それが自分たちにとって何を意味するか理解したからこそ、ありのままに受け入れられず混乱せざるを得ないのだろう。
だがそれは責められない。オレは自分のチート魔術を使えば、この場からも逃げ切れる自信があるが、彼女はそうはいかないのだ。
それにここから逃げ出して郷里に戻るとしても、その途中で予想される苦難を考えれば二の足を踏むのは当然である。
しかし気の毒だがここでデレンダに合わせるわけにはいかない。このまま何もしなければそのまま破滅に一直線なのだ。
「ごめんなさい。あなただって分っていると思うけど、この後宮からみんなで出て行くしかないんです」
「……」
デレンダは一瞬、その目を大きく見開き、そしてそれから肩を落とす。
「それではやっぱり……」
「申し訳ないけど、わたしは宮女グループのリーダーたちにそれを伝えてくるから、あなたは部屋に戻って準備を整えて」
「……分りました」
デレンダの了承を得て、オレが急いで他の宮女の元に向かおうとしたとき、背中に声がかけられる。
「待って下さい。アルタシャさん」
「何です?」
「この後宮を出ても……また会えますよね?」
正直に言えばそれは約束できない。いや。むしろオレの場合、一刻も早くこんな国は出て行きたいところである。しかし――
「ええ。きっとまた会えるでしょう」
ここは嘘でもデレンダを安心させるしかない。
オレはひとまずデレンダと分かれると、女官に頼んであちこちにいる宮女グループのリーダー達を集め、そこで脱出準備の話をすることにした。
しばしの後、食堂に集まった宮女のリーダー達を前にして、オレが事情を説明すると共に、脱出の準備を整えるよう頼み込んだ。
そしてその結果――
「そ……そんな。いやよ! ここから出たって、逃げ切れるわけないじゃない」
「あんたは大貴族様のご令嬢で、この首都にも大きな屋敷があるんでしょう。お屋敷にあたしたちが逃げ込む場所を準備して頂戴よ」
「無理だわ……だってわたし本当は田舎の商人の娘でしかないの。大貴族の令嬢なんて嘘だったのよ」
「なんですってぇ? この嘘つき!」
「それを言うあなただって皇帝陛下のお声掛かりを自慢していたじゃないの。今からでも陛下にかけあってわたしたちが無事脱出が出来るように手を打ってもらいなさいよ」
「そ……それは……」
「ほうら! やっぱり嘘だったんじゃないの!」
ああ。何となくこうなることを予感していたが、それが的中しても全く嬉しくも何ともないな。
この後宮にいた宮女のリーダー達の多くはどうやら『皇帝のお声掛かり』をねつ造するどころか、自分の出自すら空しい嘘を積み重ねていたらしい。
そしてその積み上げた嘘が、最悪の形で崩壊した瞬間、彼女達は見苦しく争いを始めたわけだ。
それをこっちが前もって予想出来たお陰で、他の宮女達に見られずに済んだのはまだマシだけど。
もし全ての宮女を集めた状態で、こんな有様になっていたら即座に全員がパニックに陥っていたことだろう。
そしてここでオレは【調和】をかけて、ひとまず興奮した連中を落ち着かせ、そして間髪入れずに叫ぶ。
「みなさん! いいですか。今はそんな風に争っている場合ではありませんよ。一刻も早くこの後宮から逃げ出す準備を整えねばならないんです」
「だけど……どうやって……」
「いまオントール長官が帰省の許可をもらうべく奔走してくれています」
実際にはマルキウスがそう動くように掛け合っているだけだが、それでも一刻も早く脱出の用意に取り組むのが先決だ。
「だけどこいつが――」
「いえ。このアバズレが――」
残念ながら【調和】は精神を落ち着かせ、暴力的な行動に出ることを疎外する魔術に過ぎず、別に仲良くさせる効果は無いので、連中は口論を続けようとする。だが――
「いい加減にしなさい!」
オレが憤りを込めて一括すると、にらみ合っていた連中は揃ってオレの方に視線を注ぐ。
「もし今まで嘘をついていた事を後ろめたく思っているなら、償いのために騙した相手を守るために働きなさい。騙していた事を恥じていないなら、最後まで気高くあるフリを貫いてその相手を守りなさい」
「そ、それは……」
「嘘をついてでも皇后を目指したのなら、それぐらいの事はやりなさい! その程度の事も出来ないのに、あなたたちは皇后になろうと思ったんですか!」
オレが血を吐くような勢いで叫ぶと、いがみ合っていた宮女のリーダー達はバツが悪そうに視線を泳がせる。
「分ったなら、今すぐに皆のところに戻って、ここから出る手はずを整えて下さい。いいですね!」
オレが強引に結論を出すと、誰も逆らうことなく自分のグループへと戻っていき、食堂に残されたのはオレと女官達だけとなった。
そして女官達はどういうわけか、オレに対し崇敬の視線を注いでくる。
「やっぱり……あなた様こそが皇后様にふさわしいお方でした……」
「事が収まった暁には、是非ともこの後宮に戻ってきて下さい。もちろんここの主として――」
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