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第五章:目指せグサンティア!セシルとニホンの勇者たち

+++第六十二話:ドラゴン

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 ―――――認識が甘かった。
 空中の巨大なドラゴンを目にして、俺は素直にそう思ったのだった。
 
 
 "
 
 【1時間ほど前】
 
 
 
 「終わったみたいね?
 窮屈だったわ?でもよくやってくれました、ご苦労さま」
 
 箱の中身は、やはり人間だった。
 十代半ばほどの少女は、短く明るい黄色の髪を整えながら話を進める。
 
 「お前は?」
 「私?私はエラグザ・フォールチャー・・・フォールチャー家の人間よ」
 
 (・・・・!)
 フォールチャー家⁇
 俺でも聞いたことがあるその名は、王国のとくに西部で強力な権力を持つらしい。
 たしかによく見れば、彼女の服装はまるで庶民とは違うように感じる。
 花形の髪飾りや装飾品も、どれも高価そうなものだ。
 
 疑う必要もないか。
 
 「まあ、狙われていてもおかしくない器ってことか」
 「そんなことより!
 あなたたち、なかなか強いようね。合格よ?私の護衛係に任命します、光栄に思うといいでしょう」
 「―――はあ?」

 なかなかの横暴。案の定うざそうに、クミシマがそう反応する。
 
 「どうして私たちがあなたの護衛をしなくてはならないの」
 「安心して、報酬は用意させるわ?
 それこそ、あなたたちでは一生でも手に入れようがないほどに」
 
 
 
 「・・・・話にならないわね」
 「ああ。行くか」
 
 「え!?ちょ、ちょっと!!」
 
 セシルとクミシマがそう言うと、フォールチャーも焦ったように声を上げた。
 
 「双方に利がある契約のはずよ?」
 「ああ。
 仮にお前が、本当にフォールチャー家としての立場を保っていたらな」
 
 (―――――!!)
 
 その様子だと、図星か・・・・。
 
 「そもそもなぜ狙われている。
 なぜ護衛がいない?貴族のお嬢様の護衛が、そう簡単にやられるわけなくないだろ」
 「そ、それは・・・・うるさいわね!
 あなたたちは余計なこと言わずに、指示通りにしてればいいのよ!」
 
 「いいや、駄目だな・・・敵が強大であればそれだけ、こちらとしてもしっかりと考えなくてはならない。
 そこらのゴロツキと、俺たちを一緒にしてもらっては困る」
 
 「じゃ、じゃあもういい!!
 別の人に頼めばいいんでしょ!?代わりなんて、いくらでもいる!!」
 「ああ。せいぜい頑張れよ?
 この果てしない草原のなかでな」
 「ぐ、ううう!!!!」
 
 別に罪悪感なんてものはない。
 彼女が余計なプライドを捨てれば、護衛することも本気で考えただろう。
 
 しかしそれができないのであれば、自分たちへの危害の可能性を第一に考えなくてはならなくなる。
 
 (・・・・・。)
 
 まあ、それも・・・・俺の隣にいるクミシマがどうするのか、その意見も考慮しなくてはならないけどな。
 すると彼女はどこか窮屈そうな表情を浮かべながら、先程までの強行な姿勢を緩めるように話し始めた。
 
 「まあ、死ぬとわかっていて放っておくのも、どうなのかしらね」
 「!!
 やる気になったの!?」
 
 「ええ。でも依頼である以上、雇い主からの頼みがないとねぇ・・・・?」

 (・・・・えげつな)
 クミシマはあくどい表情を前面に押し出し、彼女に迫った。
 
 「・・・・・はあ?なんで私が?」
 「聞いてなかったの?依頼なんでしょう?」

 「だから報酬は・・・」
 「そんなことは関係ない」

 クミシマは頑なな彼女を容赦なく詰めるが、別に意地悪をしているわけではない。
 こういったことには信頼関係が非常に重要で、指揮系統に乱れが生じれば、簡単に失敗ということも起こりうる。
 
 ここで彼女に、少なくとも依頼の間は同等の関係であるということをわからせる必要があるのだ。

 「――――ッ!」
 「どうするの?あなたが死にたいのなら、別に止めないわ」
 
 クミシマは最大限譲歩しつつ、彼女にそう伝える。
 まったく・・・・哀れみなのか、それとも――――なにか自分に似通ったものを思ったのかもしれない。
 セシルはそう感じると、少し口角を上げた。
 
 「ま、お前がそう言うなら、俺も異論はない」
 
 "
 
 
 
 (―――――助けると決めた。だがこれは)
 「無茶苦茶すぎないか?」
 
 どんだけ大きいんだよ・・・・遠近感が壊れてしまいそうだ。
 オレンジの鱗に全身を包み、尻尾から頭まで高温の蒸気と魔力を発し続ける。
 
 「・・・・・・・」
 いや、駄目だ・・・初めて見る生物にあっけにとられいる場合ではない。
 召喚系の魔法・・・それもあれだけの生物を扱うなんてな。敵が王国軍顔負けの、相当洗練された魔法部隊であることは確かだ。
 
 「クソ・・・・通りでうまくいきすぎだと思ったんだ・・・・」
 そう。先ほど俺たちを襲った謎の集団・・・彼らが残した馬車のおかげで俺たちは移動できている。
 
 (しかし、それも込みで奴らの考え通りだったというわけか)
 一回失敗したところで、次がある。どうあがこうと自分たちから逃げることなどできないのだと、そう伝えられている気さえした。
 
 幸い、ドラゴンはまだ周囲をうろうろと探っている段階で―――そもそも俺たちに敵意があると決まったわけではない。
 しかしこのままでは確実に、正面からあのデカブツにぶつかることになる。
 
 「フォールチャー!」
 「―――な、なに?」
 
 「進路を変えるわけにはいかないのか⁇
 いったん引いて遠回りできるはずだ」
 「たぶんそれは無理!私はこの先でタピア・・・・私の付き人と合流する予定になってるから‼」
 
 「つまり!お前がどこに向かっているかも、奴らにはすべて割れているということか⁉」
 「ええ!私はもともと、外遊の予定でエル=ガーデンにいたの!
 でもそれが・・・・それも含めて奴らの作戦だった‼」
 
 風の音がうるさいなか、俺は後部の荷台とそのような会話を持った。
 つまりそう、俺たちは避けて通れないということらしい。
 それはクミシマもまた、理解したようだ。
 
 「―――セシル君!」
 「ああ、わかってる」
 
 もはやふたつの大きな羽で大空を舞う竜は、こちらを興味深そうに観察しているようだ。
 
 「・・・・・。フォールチャーが馬車を操縦してくれ」
 「ッハア‼⁉
 なんで私―――⁉」
 
 「言わなきゃわからないか⁇
 悪いが俺でも、あの竜を一人でなんとかするのは不可能だ」
 「だからって―――‼」
 
 「約束したでしょう?あなたと私たちは対等な関係よ。力を合わせなくては、全滅するわ」
 「―――ッ!わかったから!」
 
 クミシマの一言は、まさに理論的にフォールチャーの心を切り崩した。
 
 「よし、難しいことは必要ない。お前はこのまま一直線に馬車を進めてくれ」
 
 (・・・・!)
 ここで異様な魔力波を感じ、俺は今一度南の空を見上げる。
 ドラゴンが空気を大量に吸い込んだ・・・・・ついに来たか・・・!
 
 「やッ・・・ちょ、どどど、どうするのよっ‼」
 「信じろ!焦って操縦を間違えるなよ‼」
 
 あまり会話に時間をかけていられないので、手短に指示を出した。
 やはり数秒と経たずに、奴こちらに炎ブレス攻撃を浴びせにかかる。
 当たれば馬車は全焼・・・なんてものじゃない。ブレスの直径はおそらくこの馬車をも飲み込むだろう。
 
 
 (させるかよ!)
 「―――氷魔法:アイシス・ミラージュ!」

 空中に生成した巨大な氷は、鏡のように周囲のものを鮮明に映し出す。
 そして、飛び来る炎のブレスをも映すと、ドラゴンの方に向かってそれを逆向きに噴射した。
 
 「――――ッ‼」

 空中でブレス同士がぶつかり合い、それらは不気味な音を立て大空に舞い消えてゆく。
 空中で膨大なエネルギーが衝突し、周囲に放出されていく現象は、思わずうなってしまうほど激甚だ。

 しかし、あっけにとられ眺めているわけにもいかない。次が飛んでくる前になんとかしなくてはならないのだ。
 
 「クミシマ!俺がやつの近くまでお前を飛ばす・・・地面に落とせるか―――?」
 「―――もちろん」
 
 クミシマはこのとき、うずうずしていた感情を乗せて剣鞘を握った。
 
 「よし、頼んだぞ!」

 
 ・
 ・
 ・

 「―――移動魔法:エラザイスト・ダイブ!」



 瞬間、馬車内にあった彼女の姿が消えた。
 はるか空中に移動した彼女は、一緒に移動した木製のたるを踏み台にし、勢いよくもう一度飛び上がる。
 
 
 
 「・・・・身体強化魔法:グリーン=エジェクション・・・ブルー=エジェクション・・・」
 
 そこまで魔力を使うと、クミシマは静かに目をつぶり、左腰に備えられた刀の柄の部分に右手を添えた。
 
 
 
 そして―――勝負は、まさに一瞬だった。

 彼女を地面に落とそうと振られた竜の手が、一瞬でバラバラに切断される。
 さらに勢いそのまま、クミシマはドラゴンの巨大な羽の膜の部分をずたずたに切り裂いた。
 
 
 
 (―――ッ、よくやってくれた!)

 俺は真っ逆さまに落下する彼女を移動魔法で馬車の荷台に戻すと、馬車から飛び降りる。
 
 
 
 「氷魔法:エルニゲス・トラップ!」

 地面に魔力を解放し、ドラゴンの落下地点に氷の魔法陣を生成する。
 
 
 
 「・・・・凍れ!」
 
 空中から誤差なく、ちょうど魔法陣の中心に落下した竜は、それに触れた瞬間瞬く間に凍り付いた。
 
 (‼‼‼‼‼、‼‼‼⁉、、、、)
 『ギャ、ギャバアアア‼アア、ァ、、、、ァア、、、、、、、、』
 
 断末魔と言える轟音が、いつまでも響き渡った。
 ドラゴンそのものの生態熱と反応した冷気が、辺りに白いもやを形成する。
 
 「――――すごい・・・」

 広大な大地の真ん中にできた氷のオブジェに夢中になる少女は、まるで本来の童心を取り戻したような瞳をしている。
 まさか、この子を殺すためにこのドラゴンが呼ばれたとは、誰も思わないだろう。
 
 「はあ・・・・・・」
 
 褒められたもんじゃないんだ。
 エルニゲス・トラップ。
 魔力消費も激しいうえ、発動条件もかなり複雑な最終手段の切り札的魔法。
 あれでうまくいかなかった場合、地上での死闘が始まったことだろう。
 
 今回はなんとかうまくいったのは、単なる偶然。
 そして――――あの竜を退けたからといって、安心はできないのもまた事実だ。
 これからの道のりを考え、俺は少し憂鬱になりながら馬車に戻った。
 
 
 
 
 *
 
 
 
 
 
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