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16 焼肉屋
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午後3時過ぎ――。
地元で美味いと評判の焼肉店「牛御殿」のアルバイト従業員、坂東は額に汗を浮かべながらとある商店街の路地を走っていた。
その表情には、明らかに焦りが浮かんでいる。
理由は簡単――既に、出勤時間を5分ほど超えていたからだ。
店の開店時間は午後5時。
今日は、3時から開店準備をオーナーと二人で行う予定なのだ。
――やべえやべえ、またオーナーに叱られちゃう。
社会人になって3年目の21歳になる坂東だが、いまだに寝坊の癖が抜けていない。
アルバイトの立場とはいえ、そろそろオーナーからの最後通告があってもおかしくない頻度で寝坊してしまっている坂東は、そろりそろりと店の裏口から店内へと進んでいった。
「す、すんません。昼寝してたら死んだばあちゃんが夢に出てきて、これがしつこくてしつこくて――って、あれ? 荒川さんも早番でしたっけ」
店内に佇む一人の男に向かって勢いよく「言い訳」っぽい言葉をしゃべり始めた坂東だったが、その姿が背の低い50がらみの中年男性のオーナーではなく、すらりと背の高い若い男性従業員であることに拍子抜けしてしまった。
荒川は、日ごろからよく面倒を見てもらっている、彼より3つほど年上の正社員だ。あまり交友関係の少ない坂東にとっては、数少ない友人でもあり、兄貴分的存在でもある。
「ああ、そうなんだ。昨日の帰り際、オーナーに『明日は客が多そうだからお前も準備を手伝え』って云われてな」
「へえ、そうだったんすか……。で、オーナーは?」
「それがさあ、まだ来てないんだよ」
「珍しいこともあるもんすね、おかげで助かったけど――って、いえ、こちらのことで。ところで、エスさんは?」
「エスさんは、遅番さ。確か、夜の7時出勤だね」
エス氏は今年40歳になる男性で、この店のオープン当時から在籍するベテラン従業員だった。
だが最近、オーナーとは何かにつけて云い争いをすることが多くなっていたのだ。
そんな様子を普段からよく見ている荒川と坂東の二人は、エス氏が店を辞めるのも時間の問題だと噂していた。
「もしかしたらあの二人、昨日の夜も゛もめた゛んじゃないっすかね。で、殴り合いとかしちゃって、店に出てこれない、とか」
「うん、あり得る。っていうか、昨日も二人がバチバチやってるのを見たぜ。閉店後に殴り合いになりそうな雰囲気だったから、怖くて俺はすぐに帰ったけど」
「マジっすか……。けど、このままじゃ開店までに準備が間に合わないっすよ」
「仕方ない。じゃあ、二人で開店準備を始めるとするか。坂東、まずは冷凍庫にある肉の在庫を見てきてくれ」
「ういっす」
坂東は、とびきり元気のいい返事とともに、店の奥にあるプレハブ型の冷凍庫へと向かった。それは縦と横の幅がそれぞれ3メートル以上もある、個人店舗にしては大きなもので、数年前にオーナーが買い替えた、比較的新しい冷凍設備だ。
鼻歌交じりでスライドドアのノブに手を掛けた途端、坂東が声を上げる。
「あれ、開かないや……。荒川さん、ドアに鍵がかかってるっす!」
ここのオーナーは比較的ずぼらな性格で、普段から冷凍庫に鍵を掛けていなかった。
店内の客席の方で準備を進める、荒川。
その手を休めると、冷凍庫前にいても聞こえるような大声で坂東に指示を出した。
「確か、スペアキーがオーナーの事務室の机の抽斗に入ってるはずだ。それを使ってくれ」
「了解っす!」
坂東は店の裏口から入ってすぐ右手にある6畳間ほどの広さの事務室へと行き、古ぼけた事務机の引き出しにあった鍵の束を取り出した。
「あった、あった。じゃあ、これで開けるっすね」
坂東が、冷凍庫の前へと移動する。
鍵束の中からひとつの鍵を選んでドアノブの鍵穴に差し込むと、かちゃりと鍵を開けた。ドアをスライドさせ、8畳間ほどの室内を覗きこんだその瞬間――坂東がいきなり後退り、尻餅をついた格好で、今度は店の隅々まで響き渡る叫び声をあげたのだ。
「オ、オーナーがっ……オーナーが死んでるっす!」
「はあ? なんだって!?」
冷凍庫前へと荒川が駆けつける。
腰を抜かした坂東が右手で指し示すその先には、いくつかの積み重ねられた段ボール箱とともにマネキンのように青白い肌をして仰向けに倒れているオーナーの姿があった。その右手はまるで何かに助けを求めているかのように、ドアに向かって伸びている。
けれど最後にオーナーが動かしたであろうその腕も、マイナス20℃の冷気を浴び、かちんと凍りついていた。
「一体これは、どういうことなんだよ」
「わ、わかんないっすよ! ドアを開けたらこうなっていたんすもん!!」
数回の深呼吸の後――。
震える手で携帯電話をシャツの胸ポケットから取り出した荒川が、警察へと通報した。
☆
それからおよそ10分後のことだった。
けたたましいサイレンを鳴らす数台のパトカーと共に、警察官が数人、焼肉店「牛御殿」へと到着したのである。
しばらくの現場検証の後、全身を白い布で覆われたオーナーは、二人の男性が支える担架で運ばれていった。合掌しながらそれを見届けた筋肉がっちり体型の私服刑事らしき中年男性が、すかさず二人に尋問を始める。
「ではもう一度確認しますけど、第一発見者はあなた――アルバイト従業員の坂東さんで間違いないんですね?」
何度も同じ質問を繰り返す、刑事。
しかしそんなことには無頓着な坂東は、激しく頷きながら、イキイキとした表情で何回目かの同じ返事をする。
「ええ、ええ、そのとおりっす。最初に見つけたのは、俺っす!」
「当時の状況としては、15時に店に来るはずだったオーナーさんがいくら待っても来なかったので、合鍵を事務机の抽斗から取り出し、鍵のかかっていたこの冷凍庫の扉を開けたと」
刑事が、荒川の表情を探るように云った。
当の荒川は、うんざり顔。
「もう何度も説明したよ」という感じで肩をすくめながら、渋々、答える。
「ええ……そうですよ。オーナーは店の裏口の鍵も社員の僕に預けるくらいの人でしたからね。合鍵の場所は、僕は知ってました」
「ふむ、なるほど……」
と、今度は痺れを切らした感じの荒川が、刑事に突っ掛かる。
「もう何度も説明したし、事情聴取はもうこれくらいでいいですよね?」
「あ、いや、それは……」
「それより教えてくださいよ――オーナーは殺されたんですか? 事故なんですか?」
真剣な眼差しで訊いてくる荒川に、刑事が顎を擦りながら答えた。
「だから今、それを調べてるんだよ……。だが、殺人で間違いはないだろうな。オーナーの後頭部には鈍器で殴られたような跡があったし、普段持ち歩いているはずの冷凍庫とか店の出入り口の鍵の集まった鍵束も所持していなかったし」
「ほう……そうだったんですか」
荒川と坂東の二人が、やっぱりそうかと顔を見合わせた。
「オーナーは、遺体の状況からみて、昨夜の2時か3時ごろ、犯人に後頭部を殴られて気を失っているところをこの冷凍庫に入れられた上に持っていた鍵を奪われ、外から鍵を掛けられたものと思われる。閉じ込められても中から脱出する装置はあったが、気がついたときには既にオーナーの体力消耗が激しかったために、脱出装置を動かせないままそのまま死に至った、ということらしい」
と、説明の間中、頻りに頷く二人に刑事が質問した。
「なんだか君たち、まるで犯人を知っているかのような顔をしているね?」
「あ、いや――」
荒川が口ごもった。
しかし、坂東はよく滑るスキー板のように滑らかな口の動きでこう云った。
「実は最近、オーナーとエスさんの仲が悪くてですね……。あ、エスさんはこの店のベテラン従業員なんすけど、そのせいでもうすぐ店を辞めるんじゃないかと、俺らそう思ってたんすよ。昨日も二人で激しくやりあってたみたいだし」
「ほほう……。そんな従業員がいたのか。なぜ、それを先に云わん!?」
「あ、いや、訊かれなかったから答えなかっただけっすよ」
「エス氏は、今どこに?」
「それが……今日はまだ店に来てなくて……。7時にここに来る予定なんすけど」
「では、エス氏からすぐに事情聴取だ。もしも自宅に行って姿が見えないようなら、すぐに指名手配しろ!」
刑事が、傍にいた若手刑事に命令した。
慌ててエス氏の自宅住所を荒川から聞き出した若手の刑事が、店から飛び出してゆく。
「ふふん……事件解決も近いな」
ぽつり、そう呟いた刑事に向かい、荒川が落ち着いた声で話し掛けた。
「もう、十分調べましたよね? だったら、冷凍庫の奥の方にある段ボール箱に古い゛肉の塊゛が入ってるんですけど、賞味期限切れで今日中に廃棄することになってるんで、捨てちゃってもいいですか?」
「いや、ダメだ。それはそのままにしておいてくれ。事件の証拠品になるかもしれんしな」
「でもオーナーが亡くなったってことは、ここの電気を止めちゃうってことでしょう? このまま放っておいたら、他のまだ食える肉ともども、大変なことになっちゃいますよ」
「わかった、わかった。ならば、その中身が本当に肉の塊か、私に見せてからだ」
「いいですよ」
冷凍庫の中に入った荒川が、刑事にも中が見えるように、重そうな段ボール箱を3つほど開けてみせた。
確かに、中身は肉の塊だけだった。
ところどころ、あばら骨のようなものも見える肉塊――たち。
「よし、いいだろう。持っていけ」
箱ひとつを重そうに持ち上げた荒川が、それを抱えつつ冷凍庫の外へと向かう。
室内と外の世界とを仕切るドアの横を通り過ぎた瞬間だった。段ボール箱の中身にじっと視線を送る荒川の、その口元が微かに動いたのである。
――二人で山分けって約束のオーナーの財産をひとり占めしようとした、アンタが悪いんだからな、エスさん。
坂東の目には、そう動いたように見えた。
――きっと、見間違いさ。
そう思いなおした坂東は、荒川の手伝いをすべく、冷凍庫からの肉の運び出しに取り掛かったのであった。
地元で美味いと評判の焼肉店「牛御殿」のアルバイト従業員、坂東は額に汗を浮かべながらとある商店街の路地を走っていた。
その表情には、明らかに焦りが浮かんでいる。
理由は簡単――既に、出勤時間を5分ほど超えていたからだ。
店の開店時間は午後5時。
今日は、3時から開店準備をオーナーと二人で行う予定なのだ。
――やべえやべえ、またオーナーに叱られちゃう。
社会人になって3年目の21歳になる坂東だが、いまだに寝坊の癖が抜けていない。
アルバイトの立場とはいえ、そろそろオーナーからの最後通告があってもおかしくない頻度で寝坊してしまっている坂東は、そろりそろりと店の裏口から店内へと進んでいった。
「す、すんません。昼寝してたら死んだばあちゃんが夢に出てきて、これがしつこくてしつこくて――って、あれ? 荒川さんも早番でしたっけ」
店内に佇む一人の男に向かって勢いよく「言い訳」っぽい言葉をしゃべり始めた坂東だったが、その姿が背の低い50がらみの中年男性のオーナーではなく、すらりと背の高い若い男性従業員であることに拍子抜けしてしまった。
荒川は、日ごろからよく面倒を見てもらっている、彼より3つほど年上の正社員だ。あまり交友関係の少ない坂東にとっては、数少ない友人でもあり、兄貴分的存在でもある。
「ああ、そうなんだ。昨日の帰り際、オーナーに『明日は客が多そうだからお前も準備を手伝え』って云われてな」
「へえ、そうだったんすか……。で、オーナーは?」
「それがさあ、まだ来てないんだよ」
「珍しいこともあるもんすね、おかげで助かったけど――って、いえ、こちらのことで。ところで、エスさんは?」
「エスさんは、遅番さ。確か、夜の7時出勤だね」
エス氏は今年40歳になる男性で、この店のオープン当時から在籍するベテラン従業員だった。
だが最近、オーナーとは何かにつけて云い争いをすることが多くなっていたのだ。
そんな様子を普段からよく見ている荒川と坂東の二人は、エス氏が店を辞めるのも時間の問題だと噂していた。
「もしかしたらあの二人、昨日の夜も゛もめた゛んじゃないっすかね。で、殴り合いとかしちゃって、店に出てこれない、とか」
「うん、あり得る。っていうか、昨日も二人がバチバチやってるのを見たぜ。閉店後に殴り合いになりそうな雰囲気だったから、怖くて俺はすぐに帰ったけど」
「マジっすか……。けど、このままじゃ開店までに準備が間に合わないっすよ」
「仕方ない。じゃあ、二人で開店準備を始めるとするか。坂東、まずは冷凍庫にある肉の在庫を見てきてくれ」
「ういっす」
坂東は、とびきり元気のいい返事とともに、店の奥にあるプレハブ型の冷凍庫へと向かった。それは縦と横の幅がそれぞれ3メートル以上もある、個人店舗にしては大きなもので、数年前にオーナーが買い替えた、比較的新しい冷凍設備だ。
鼻歌交じりでスライドドアのノブに手を掛けた途端、坂東が声を上げる。
「あれ、開かないや……。荒川さん、ドアに鍵がかかってるっす!」
ここのオーナーは比較的ずぼらな性格で、普段から冷凍庫に鍵を掛けていなかった。
店内の客席の方で準備を進める、荒川。
その手を休めると、冷凍庫前にいても聞こえるような大声で坂東に指示を出した。
「確か、スペアキーがオーナーの事務室の机の抽斗に入ってるはずだ。それを使ってくれ」
「了解っす!」
坂東は店の裏口から入ってすぐ右手にある6畳間ほどの広さの事務室へと行き、古ぼけた事務机の引き出しにあった鍵の束を取り出した。
「あった、あった。じゃあ、これで開けるっすね」
坂東が、冷凍庫の前へと移動する。
鍵束の中からひとつの鍵を選んでドアノブの鍵穴に差し込むと、かちゃりと鍵を開けた。ドアをスライドさせ、8畳間ほどの室内を覗きこんだその瞬間――坂東がいきなり後退り、尻餅をついた格好で、今度は店の隅々まで響き渡る叫び声をあげたのだ。
「オ、オーナーがっ……オーナーが死んでるっす!」
「はあ? なんだって!?」
冷凍庫前へと荒川が駆けつける。
腰を抜かした坂東が右手で指し示すその先には、いくつかの積み重ねられた段ボール箱とともにマネキンのように青白い肌をして仰向けに倒れているオーナーの姿があった。その右手はまるで何かに助けを求めているかのように、ドアに向かって伸びている。
けれど最後にオーナーが動かしたであろうその腕も、マイナス20℃の冷気を浴び、かちんと凍りついていた。
「一体これは、どういうことなんだよ」
「わ、わかんないっすよ! ドアを開けたらこうなっていたんすもん!!」
数回の深呼吸の後――。
震える手で携帯電話をシャツの胸ポケットから取り出した荒川が、警察へと通報した。
☆
それからおよそ10分後のことだった。
けたたましいサイレンを鳴らす数台のパトカーと共に、警察官が数人、焼肉店「牛御殿」へと到着したのである。
しばらくの現場検証の後、全身を白い布で覆われたオーナーは、二人の男性が支える担架で運ばれていった。合掌しながらそれを見届けた筋肉がっちり体型の私服刑事らしき中年男性が、すかさず二人に尋問を始める。
「ではもう一度確認しますけど、第一発見者はあなた――アルバイト従業員の坂東さんで間違いないんですね?」
何度も同じ質問を繰り返す、刑事。
しかしそんなことには無頓着な坂東は、激しく頷きながら、イキイキとした表情で何回目かの同じ返事をする。
「ええ、ええ、そのとおりっす。最初に見つけたのは、俺っす!」
「当時の状況としては、15時に店に来るはずだったオーナーさんがいくら待っても来なかったので、合鍵を事務机の抽斗から取り出し、鍵のかかっていたこの冷凍庫の扉を開けたと」
刑事が、荒川の表情を探るように云った。
当の荒川は、うんざり顔。
「もう何度も説明したよ」という感じで肩をすくめながら、渋々、答える。
「ええ……そうですよ。オーナーは店の裏口の鍵も社員の僕に預けるくらいの人でしたからね。合鍵の場所は、僕は知ってました」
「ふむ、なるほど……」
と、今度は痺れを切らした感じの荒川が、刑事に突っ掛かる。
「もう何度も説明したし、事情聴取はもうこれくらいでいいですよね?」
「あ、いや、それは……」
「それより教えてくださいよ――オーナーは殺されたんですか? 事故なんですか?」
真剣な眼差しで訊いてくる荒川に、刑事が顎を擦りながら答えた。
「だから今、それを調べてるんだよ……。だが、殺人で間違いはないだろうな。オーナーの後頭部には鈍器で殴られたような跡があったし、普段持ち歩いているはずの冷凍庫とか店の出入り口の鍵の集まった鍵束も所持していなかったし」
「ほう……そうだったんですか」
荒川と坂東の二人が、やっぱりそうかと顔を見合わせた。
「オーナーは、遺体の状況からみて、昨夜の2時か3時ごろ、犯人に後頭部を殴られて気を失っているところをこの冷凍庫に入れられた上に持っていた鍵を奪われ、外から鍵を掛けられたものと思われる。閉じ込められても中から脱出する装置はあったが、気がついたときには既にオーナーの体力消耗が激しかったために、脱出装置を動かせないままそのまま死に至った、ということらしい」
と、説明の間中、頻りに頷く二人に刑事が質問した。
「なんだか君たち、まるで犯人を知っているかのような顔をしているね?」
「あ、いや――」
荒川が口ごもった。
しかし、坂東はよく滑るスキー板のように滑らかな口の動きでこう云った。
「実は最近、オーナーとエスさんの仲が悪くてですね……。あ、エスさんはこの店のベテラン従業員なんすけど、そのせいでもうすぐ店を辞めるんじゃないかと、俺らそう思ってたんすよ。昨日も二人で激しくやりあってたみたいだし」
「ほほう……。そんな従業員がいたのか。なぜ、それを先に云わん!?」
「あ、いや、訊かれなかったから答えなかっただけっすよ」
「エス氏は、今どこに?」
「それが……今日はまだ店に来てなくて……。7時にここに来る予定なんすけど」
「では、エス氏からすぐに事情聴取だ。もしも自宅に行って姿が見えないようなら、すぐに指名手配しろ!」
刑事が、傍にいた若手刑事に命令した。
慌ててエス氏の自宅住所を荒川から聞き出した若手の刑事が、店から飛び出してゆく。
「ふふん……事件解決も近いな」
ぽつり、そう呟いた刑事に向かい、荒川が落ち着いた声で話し掛けた。
「もう、十分調べましたよね? だったら、冷凍庫の奥の方にある段ボール箱に古い゛肉の塊゛が入ってるんですけど、賞味期限切れで今日中に廃棄することになってるんで、捨てちゃってもいいですか?」
「いや、ダメだ。それはそのままにしておいてくれ。事件の証拠品になるかもしれんしな」
「でもオーナーが亡くなったってことは、ここの電気を止めちゃうってことでしょう? このまま放っておいたら、他のまだ食える肉ともども、大変なことになっちゃいますよ」
「わかった、わかった。ならば、その中身が本当に肉の塊か、私に見せてからだ」
「いいですよ」
冷凍庫の中に入った荒川が、刑事にも中が見えるように、重そうな段ボール箱を3つほど開けてみせた。
確かに、中身は肉の塊だけだった。
ところどころ、あばら骨のようなものも見える肉塊――たち。
「よし、いいだろう。持っていけ」
箱ひとつを重そうに持ち上げた荒川が、それを抱えつつ冷凍庫の外へと向かう。
室内と外の世界とを仕切るドアの横を通り過ぎた瞬間だった。段ボール箱の中身にじっと視線を送る荒川の、その口元が微かに動いたのである。
――二人で山分けって約束のオーナーの財産をひとり占めしようとした、アンタが悪いんだからな、エスさん。
坂東の目には、そう動いたように見えた。
――きっと、見間違いさ。
そう思いなおした坂東は、荒川の手伝いをすべく、冷凍庫からの肉の運び出しに取り掛かったのであった。
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