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10 結婚式場でアイラブユー(?年前) 前編
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どうして、こんなことになってしまったのだろう。
まさか、私があの雛地鶏謙と結婚する羽目になるとは――。
お父様は、今まで私のやることに基本的には口出しをされてこなかった。なのに、今回だけは頑としてその主張を曲げない。
ノックとともに新婦控室にやって来たタキシード姿のお父様を睨みつける。
勝手にあんなクイズ大会を開いておいて、勝手に勝ち負けを決めて、勝手に結婚相手を決めるという状況に、この私が納得がいくわけがない。
けれど、もう結婚式は一時間後なんだぞ――という顔をしながら大きく首を振り、私の主張を暗に退けるお父様。
「真奈美。私は、お前が婿にどんな人間を選ぶのか、温かく見守ってきたつもりだ」
「ええ。良く分かっていますわ、お父様。変装してよく偵察されてましたものね」
「ん? ああ、まあ……そうだね。だがとにかく、それももう終わりだ。お前は、雛地鶏君と結婚するのだ。雛地鶏君のところの組織はウチの財閥に比べれば小さいし、お前には今までより貧しい生活をさせてしまうかも知れない……。だが、彼も君のことを愛しているし、それが真奈美の幸せにとって一番なのだと思う」
「でも、お父様。私には――」
「だめだ、真奈美。それ以上は云ってはならぬ。もちろん、聴く耳も持たない。それは前回のクイズ大会で全世界注目の中、決着がついたことだからな」
お父様はそうおっしゃると、くるり半回転し、こちらに背中を向けたままドアを開けて何処かへ行かれてしまった。
「だって……」
私はそう呟いて、いなくなったお父様の背中に向けて大きな溜息を吐き出した。それは勿論、今後の生活の暗澹たるを想像して、である。
純白のレースに包まれた私の体が、小刻みに揺れているのがわかった。
――今思い出しても背中が寒くなる。この前の結納の席は本当に大変だった。
落ちついた暖系色の着物を身に纏い、重い足取りで貸切の料亭に着いた私。でも案内された部屋にいたのは、なぜか雛地鶏家のご両親と私の母だけだった。
かっこんかっこん、鹿威しが鳴り響く。
漆塗りのテーブルを挟んで続いたしばらくの沈黙の後、私の隣に座る母が重い口を開いた。
「どうしちゃったんでしょうね、うちの人……。すみません、もう始めましょうか」
「いえ、こちらこそすみません。うちなんか本人が来てないんですもの……誠に申し訳ないです」
「あ、そうですね。本人がいないのでは結納なんてできませんよね」
「まったく、そのとおりですわ」
「おほほほほ」「あはははは」
雛地鶏家の何代目の当主かわからないあちらのお父様がこれ以上ない苦笑を浮かべ、二人の母親が豪快に笑い合ったそのとき、それは起きた。
――ふっふっふっふ。
何処からともなく――いや、絶対にこの部屋の中だけど――湧いて出た、男性の低い声。
と、今まで花を生けた花瓶とその台と思っていたものが私の眼前で不意に動き出し、黒い花瓶の表面に人間の“白目”と“口”が現れた。台からは全身白タイツの手足が伸びている。
「何を云っているんです、母上。私はもう、とっくにここに居ますよ」
「そ、その声は雛地鶏 謙!」
思わず“さん付け”を忘れてしまったほどの驚きの感情とともに、私の声が真昼間の料亭中に轟く。
口をあんぐりと開けたまま、顔を青くした雛地鶏家のご両親。
でも、それも束の間だった。まるで信号が切り替わったかのように、今度はあちらのお母様が顔を真っ赤にして怒ろうと口を開いた瞬間に、雛地鶏謙がそれを遮ったのだ。
「黄川田のお父さん。最初から分かってましたよ。お母さんだと見せかけて、本当はお父さんなんですよね、あなたは。さすがの変装術、そして変声術です。お見それいたしました……」
「よくぞ見破ったな、謙君。さすがは私が選んだ婿殿だ」
その声は、確かに私の横にいるお母様の口から放たれた。顔の皮がベリベリと剥がされ、一瞬にして女装和服姿のお父様になった。正座を崩し、大胆に胡坐をかく。花瓶男は、そのお父様に向かって恭しく頭を下げた。
私も向こうのご両親も腰が抜け口がきけない状態で、この怪しげな二人の男どもを交互に見遣る。
「成りきりの術か。腕を上げたな、謙君」
「そういうお父さんも、超一流の術の数々。素晴らしいです」
歩み寄って固い握手を交わしながら、声高らかに笑い合う二人。
――何だ、これ。
案外この二人、気が合うのかもね――と呆れているうちに、かの二人が滞りなく進め結納は終わってしまう。
暗澹たる未来を感じざるを得なかった、私なのだった。
その後、あれよあれよという間に日々が過ぎた。
そしてとうとうやって来てしまった、今日という日。私は、鏡に映った純白のウエディングドレスを身に着けた自分の姿に、夢でも見ているのかしらとしばし呆然となる。お父様の本気のご命令には、さすがの私も逆らえない。
――私、このまま結婚しちゃうの? この、黄川田真奈美が?
すると突然聞こえてきた、騒然とした男たちの声。
どうやらそれは、廊下から聴こえて来るらしい。何故か胸騒ぎを憶えた私は、ドレスの裾を引き摺りながら控室のドアを開け、廊下へと飛び出した。
「あれは……近藤さん!」
ここは、日本でもその広さと格式において有数の結婚式場である。
そんなだだっ広い式場の嘘のように長い廊下を、はるか彼方から突き進んで来るひとりの男。雛地鶏家お抱えの伊賀者たちが彼の行く手を阻もうとするも、さすがはデキル男――近藤さんはその下っ端忍者たちの攻撃をその卓越した身のこなしで颯爽とかわし、次の瞬間に何かの武芸で倒していく。
いつぞやの潜水艇の一件でもわかってはいたけれど、よほどの武道の達人らしい。足蹴りのスピード、手刀の切れ味ともに抜群だ。
だが私にとっては、そんなことよりももっと気掛かりなことがあった。
近藤さんがここにいるということは、もしかして、そう――榊原祐樹が、ここにやって来ているかもしれないということだ。
私は、目を皿のようにして辺りを探った。
――いた!
ちょっとカッコ悪い感じだけど、まるで子供が大人に庇われているかのように長身の近藤さんの背中に隠れながら、榊原祐樹がこちらに進んで来る。
しかし、私の目前20メートル付近まで近づいたときだった。
雛地鶏家のお抱え忍者の大将、香取大五郎が一際目立つ茶色の忍者服に身を包み、二人の前に立ち塞がったのだ。
「さすが我が好敵手、近藤君だ……。だが、それもここまでのようだな。何しろ多勢に無勢、人数が多い方が忍者の訓練を受けた我々なのだから、そちらに勝ち目はない」
よく見れば、いつの間にか近藤さんと榊原祐樹は、黒服の目だけを露わにした多くの下っ端忍者たちに囲まれている。
「いや……、そうでもないですよ。何せこの私、空手四段、柔道三段、合気道二段に、将棋三段なのですから。そう簡単には倒されません」
「そうだ、そうだ」
近藤さんの「将棋三段」という言葉の時に、一斉にズッコケた忍者たち。これだから素人は……という雰囲気が辺りを充満する。
しかし――それにしても近藤さんを盾にして「そうだそうだ」と叫ぶ榊原が、どうにも歯がゆく小憎らしい。思わず足元の純白のハイヒールを脱ぎ、そのまま榊原の顔の真ん中目掛けて投げつけたくなる。
「あははは。近藤君、冗談としては面白いよ。だが、私も伊賀流忍者のお頭の一人。ご主人である雛地鶏様のご命令により、そなたたちをこれ以上先に進めさせることはできぬのだ」
(後編に続く)
まさか、私があの雛地鶏謙と結婚する羽目になるとは――。
お父様は、今まで私のやることに基本的には口出しをされてこなかった。なのに、今回だけは頑としてその主張を曲げない。
ノックとともに新婦控室にやって来たタキシード姿のお父様を睨みつける。
勝手にあんなクイズ大会を開いておいて、勝手に勝ち負けを決めて、勝手に結婚相手を決めるという状況に、この私が納得がいくわけがない。
けれど、もう結婚式は一時間後なんだぞ――という顔をしながら大きく首を振り、私の主張を暗に退けるお父様。
「真奈美。私は、お前が婿にどんな人間を選ぶのか、温かく見守ってきたつもりだ」
「ええ。良く分かっていますわ、お父様。変装してよく偵察されてましたものね」
「ん? ああ、まあ……そうだね。だがとにかく、それももう終わりだ。お前は、雛地鶏君と結婚するのだ。雛地鶏君のところの組織はウチの財閥に比べれば小さいし、お前には今までより貧しい生活をさせてしまうかも知れない……。だが、彼も君のことを愛しているし、それが真奈美の幸せにとって一番なのだと思う」
「でも、お父様。私には――」
「だめだ、真奈美。それ以上は云ってはならぬ。もちろん、聴く耳も持たない。それは前回のクイズ大会で全世界注目の中、決着がついたことだからな」
お父様はそうおっしゃると、くるり半回転し、こちらに背中を向けたままドアを開けて何処かへ行かれてしまった。
「だって……」
私はそう呟いて、いなくなったお父様の背中に向けて大きな溜息を吐き出した。それは勿論、今後の生活の暗澹たるを想像して、である。
純白のレースに包まれた私の体が、小刻みに揺れているのがわかった。
――今思い出しても背中が寒くなる。この前の結納の席は本当に大変だった。
落ちついた暖系色の着物を身に纏い、重い足取りで貸切の料亭に着いた私。でも案内された部屋にいたのは、なぜか雛地鶏家のご両親と私の母だけだった。
かっこんかっこん、鹿威しが鳴り響く。
漆塗りのテーブルを挟んで続いたしばらくの沈黙の後、私の隣に座る母が重い口を開いた。
「どうしちゃったんでしょうね、うちの人……。すみません、もう始めましょうか」
「いえ、こちらこそすみません。うちなんか本人が来てないんですもの……誠に申し訳ないです」
「あ、そうですね。本人がいないのでは結納なんてできませんよね」
「まったく、そのとおりですわ」
「おほほほほ」「あはははは」
雛地鶏家の何代目の当主かわからないあちらのお父様がこれ以上ない苦笑を浮かべ、二人の母親が豪快に笑い合ったそのとき、それは起きた。
――ふっふっふっふ。
何処からともなく――いや、絶対にこの部屋の中だけど――湧いて出た、男性の低い声。
と、今まで花を生けた花瓶とその台と思っていたものが私の眼前で不意に動き出し、黒い花瓶の表面に人間の“白目”と“口”が現れた。台からは全身白タイツの手足が伸びている。
「何を云っているんです、母上。私はもう、とっくにここに居ますよ」
「そ、その声は雛地鶏 謙!」
思わず“さん付け”を忘れてしまったほどの驚きの感情とともに、私の声が真昼間の料亭中に轟く。
口をあんぐりと開けたまま、顔を青くした雛地鶏家のご両親。
でも、それも束の間だった。まるで信号が切り替わったかのように、今度はあちらのお母様が顔を真っ赤にして怒ろうと口を開いた瞬間に、雛地鶏謙がそれを遮ったのだ。
「黄川田のお父さん。最初から分かってましたよ。お母さんだと見せかけて、本当はお父さんなんですよね、あなたは。さすがの変装術、そして変声術です。お見それいたしました……」
「よくぞ見破ったな、謙君。さすがは私が選んだ婿殿だ」
その声は、確かに私の横にいるお母様の口から放たれた。顔の皮がベリベリと剥がされ、一瞬にして女装和服姿のお父様になった。正座を崩し、大胆に胡坐をかく。花瓶男は、そのお父様に向かって恭しく頭を下げた。
私も向こうのご両親も腰が抜け口がきけない状態で、この怪しげな二人の男どもを交互に見遣る。
「成りきりの術か。腕を上げたな、謙君」
「そういうお父さんも、超一流の術の数々。素晴らしいです」
歩み寄って固い握手を交わしながら、声高らかに笑い合う二人。
――何だ、これ。
案外この二人、気が合うのかもね――と呆れているうちに、かの二人が滞りなく進め結納は終わってしまう。
暗澹たる未来を感じざるを得なかった、私なのだった。
その後、あれよあれよという間に日々が過ぎた。
そしてとうとうやって来てしまった、今日という日。私は、鏡に映った純白のウエディングドレスを身に着けた自分の姿に、夢でも見ているのかしらとしばし呆然となる。お父様の本気のご命令には、さすがの私も逆らえない。
――私、このまま結婚しちゃうの? この、黄川田真奈美が?
すると突然聞こえてきた、騒然とした男たちの声。
どうやらそれは、廊下から聴こえて来るらしい。何故か胸騒ぎを憶えた私は、ドレスの裾を引き摺りながら控室のドアを開け、廊下へと飛び出した。
「あれは……近藤さん!」
ここは、日本でもその広さと格式において有数の結婚式場である。
そんなだだっ広い式場の嘘のように長い廊下を、はるか彼方から突き進んで来るひとりの男。雛地鶏家お抱えの伊賀者たちが彼の行く手を阻もうとするも、さすがはデキル男――近藤さんはその下っ端忍者たちの攻撃をその卓越した身のこなしで颯爽とかわし、次の瞬間に何かの武芸で倒していく。
いつぞやの潜水艇の一件でもわかってはいたけれど、よほどの武道の達人らしい。足蹴りのスピード、手刀の切れ味ともに抜群だ。
だが私にとっては、そんなことよりももっと気掛かりなことがあった。
近藤さんがここにいるということは、もしかして、そう――榊原祐樹が、ここにやって来ているかもしれないということだ。
私は、目を皿のようにして辺りを探った。
――いた!
ちょっとカッコ悪い感じだけど、まるで子供が大人に庇われているかのように長身の近藤さんの背中に隠れながら、榊原祐樹がこちらに進んで来る。
しかし、私の目前20メートル付近まで近づいたときだった。
雛地鶏家のお抱え忍者の大将、香取大五郎が一際目立つ茶色の忍者服に身を包み、二人の前に立ち塞がったのだ。
「さすが我が好敵手、近藤君だ……。だが、それもここまでのようだな。何しろ多勢に無勢、人数が多い方が忍者の訓練を受けた我々なのだから、そちらに勝ち目はない」
よく見れば、いつの間にか近藤さんと榊原祐樹は、黒服の目だけを露わにした多くの下っ端忍者たちに囲まれている。
「いや……、そうでもないですよ。何せこの私、空手四段、柔道三段、合気道二段に、将棋三段なのですから。そう簡単には倒されません」
「そうだ、そうだ」
近藤さんの「将棋三段」という言葉の時に、一斉にズッコケた忍者たち。これだから素人は……という雰囲気が辺りを充満する。
しかし――それにしても近藤さんを盾にして「そうだそうだ」と叫ぶ榊原が、どうにも歯がゆく小憎らしい。思わず足元の純白のハイヒールを脱ぎ、そのまま榊原の顔の真ん中目掛けて投げつけたくなる。
「あははは。近藤君、冗談としては面白いよ。だが、私も伊賀流忍者のお頭の一人。ご主人である雛地鶏様のご命令により、そなたたちをこれ以上先に進めさせることはできぬのだ」
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