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プロローグ(3億5千万年前)
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「彼女」と初めて会ったのは、こ洒落たレストランでの合コンの席だった。
29歳の「彼」に訪れた、運命の瞬間。
まさに一目惚れだった。
もう、一目惚れとしか云いようがない状況だった。
合コンの最初で最後の盛り上がりの場である、自己紹介の場面。
彼は二次元の世界から降り立ったかのような女神の如く立ち振る舞う彼女に、数分の間、目を奪われた。
彼女の口から飛び出すエレガントな用語の半分以上、普通のサラリーマンの家の出身で自身も普通のサラリーマンである彼には理解できなかった。どうやら彼女はかなりのお嬢様らしい。
けれど一瞬にして彼女の虜となった彼にとって、そんなことは大した障害とは成り得なかった。年齢も彼より二つ下とくれば、ちょうどいいではないか。
早速、無理矢理に彼女の横の席を奪い取り、積極的に話しかけて猛烈アピール。
その甲斐あって、帰り際、遂に彼女のアドレスを入手した。
――それから、二週間が経過。
そう、今日は彼女との初めてのデートの日だった。
彼女が提示したのは、「高級フレンチなら、OK」という条件。彼は、清水の舞台から飛び降りる覚悟で、この店を予約した。
「好きです。僕と、お付き合いしてください」
クラシック音楽の流れる薄暗い店内で、主菜がテーブルに運ばれたその直後だった。一張羅のフォーマルスーツに身を包んだ彼は、ゆっくりと心を込めてそう云った。
ぴん……と張り詰める、彼を取り巻く空気。
耳と心をくすぐる、優しいピアノ演奏。
だが、その次の瞬間、彼は彼女の発した言葉に自分の耳を疑った。
「はあ? もしかしてアンタ、今、私に告ったの? その顔で?」
赤ワインソースの牛フィレ肉。
その色とほとんど見分けのつかない真紅のドレスを纏った彼女は、そのぽよんと柔らかい肉が突き刺さったままのフォークを彼の眼前に突きつけた。
たじろいだ彼の眼が頻りと左右に泳ぎだす。
「いや、あの……」
あまりに理解不能な彼女の発言に、彼は言葉にならない言葉しか発することができない。
(僕のおごりで高い酒を飲み、僕のおごりで高い料理を食べ、そして、ついさっきまで笑顔で会話していたその結果が……これなのか?)
彼女は金のネックレスに防御されたほっそりと美しい喉を動かして赤肉をごくりと飲みこむと、こう云った。
「まあ、高級フレンチだし、どうしても会いたいというから仕方なく来てあげたのに、どういうこと? アンタなんかが私に告白するなんざ、3億5千万年早いわよっ! しかもその、有り体な普通の告白って……なんなの? ほんの気まぐれで出た合コンで知り合った程度のアンタが私と付き合いたければ、もっと気の利いた告白でもしてみなさいよ!」
そうまくしたてたものの、黙り込んでしまった彼を尻目に結局は最後のデザートまで平らげた彼女。
その後、手も握らせてもらえず、店の入り口でタクシーに乗りこむ彼女を見送りながら彼は誓った。
(彼女を、もっと気の利いた告白で振り向かせて見せる……いつか、必ず!)
――これが彼の人生における最大かつ最長の戦いとなる、切ない恋愛物語の始まりであった。
29歳の「彼」に訪れた、運命の瞬間。
まさに一目惚れだった。
もう、一目惚れとしか云いようがない状況だった。
合コンの最初で最後の盛り上がりの場である、自己紹介の場面。
彼は二次元の世界から降り立ったかのような女神の如く立ち振る舞う彼女に、数分の間、目を奪われた。
彼女の口から飛び出すエレガントな用語の半分以上、普通のサラリーマンの家の出身で自身も普通のサラリーマンである彼には理解できなかった。どうやら彼女はかなりのお嬢様らしい。
けれど一瞬にして彼女の虜となった彼にとって、そんなことは大した障害とは成り得なかった。年齢も彼より二つ下とくれば、ちょうどいいではないか。
早速、無理矢理に彼女の横の席を奪い取り、積極的に話しかけて猛烈アピール。
その甲斐あって、帰り際、遂に彼女のアドレスを入手した。
――それから、二週間が経過。
そう、今日は彼女との初めてのデートの日だった。
彼女が提示したのは、「高級フレンチなら、OK」という条件。彼は、清水の舞台から飛び降りる覚悟で、この店を予約した。
「好きです。僕と、お付き合いしてください」
クラシック音楽の流れる薄暗い店内で、主菜がテーブルに運ばれたその直後だった。一張羅のフォーマルスーツに身を包んだ彼は、ゆっくりと心を込めてそう云った。
ぴん……と張り詰める、彼を取り巻く空気。
耳と心をくすぐる、優しいピアノ演奏。
だが、その次の瞬間、彼は彼女の発した言葉に自分の耳を疑った。
「はあ? もしかしてアンタ、今、私に告ったの? その顔で?」
赤ワインソースの牛フィレ肉。
その色とほとんど見分けのつかない真紅のドレスを纏った彼女は、そのぽよんと柔らかい肉が突き刺さったままのフォークを彼の眼前に突きつけた。
たじろいだ彼の眼が頻りと左右に泳ぎだす。
「いや、あの……」
あまりに理解不能な彼女の発言に、彼は言葉にならない言葉しか発することができない。
(僕のおごりで高い酒を飲み、僕のおごりで高い料理を食べ、そして、ついさっきまで笑顔で会話していたその結果が……これなのか?)
彼女は金のネックレスに防御されたほっそりと美しい喉を動かして赤肉をごくりと飲みこむと、こう云った。
「まあ、高級フレンチだし、どうしても会いたいというから仕方なく来てあげたのに、どういうこと? アンタなんかが私に告白するなんざ、3億5千万年早いわよっ! しかもその、有り体な普通の告白って……なんなの? ほんの気まぐれで出た合コンで知り合った程度のアンタが私と付き合いたければ、もっと気の利いた告白でもしてみなさいよ!」
そうまくしたてたものの、黙り込んでしまった彼を尻目に結局は最後のデザートまで平らげた彼女。
その後、手も握らせてもらえず、店の入り口でタクシーに乗りこむ彼女を見送りながら彼は誓った。
(彼女を、もっと気の利いた告白で振り向かせて見せる……いつか、必ず!)
――これが彼の人生における最大かつ最長の戦いとなる、切ない恋愛物語の始まりであった。
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