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Episode1 宅配業者は二度鼻を鳴らす
Interlude(その夜……)
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ゾクリとするほどの頬の冷たさに、目が覚める。
寒い――。
頬や脇腹、そして左の太ももから体温をすべて吸い取られているかのようなこの感触はリノリウムか? どうやら、床の上に自分は横向きに寝転がっているらしい。
とりあえず立ち上がろうとする――が、両手両足を縛られていて、体は床に水平な動きを伴ってもがき蠢くばかりだった。
もぞもぞと蠕動する芋虫の姿が、頭の中に浮かび上がる。
暗い――。
ところで、ここは一体どこなんだ?
もしかしたら、自分の目が見えなくなってしまったのかと思うほどの暗さ。
だが、目は見えているようだ。部屋に一つだけある窓にかかるカーテンの隙間から、ぼんやりと街灯の明かりが漏れ出ているのに気付いた。
知っているようで知らない――知らないようで知っている――そんな場所に思える。
――誰か助けてくれ!
叫びたくても口には猿ぐつわを咬まされていて、声は出なかった。唸るような、くぐもった音は世界に広がらずに、狭いこの部屋にとどまっただけだ。
一体全体、どうしてこうなったのか……。
不思議なことに、全く思い出せない。もしかしたら、頭でも殴られたのかもしれない。
それを裏付けるかのように、じんわりと後頭部の違和感を感じ始めた。気付けば、体もあちこちが痛い。昨日の出来事のようでもあり、かなり長い間、この場所に寝転がっているような気もする。
――!?
人の気配。
近づいて来る。
次第に大きくなる、高く乾いた足音。
ピタリ――。
靴音は、顔の前で停止した。
相手の鼻から定期的に漏れる呼気が、頭に降り注ぐ。
体中の痛みを堪えながら首をもたげ、見上げてみる。
微かばかりの明かりが注ぐ室内で、視線の先にあったのは――。
――お、お前は!
猿ぐつわに吸収された声は布の分子を揺らし、ただの熱エネルギーへと変化した。もちろん、そんな程度の熱で部屋は温まらない。
「フン……クソがっ!」
くぐもった声とともに襲って来たのは、耳をつんざく衝撃と頬骨の酷い痛み。
ギシリ、骨が軋む。
意識が、再び夜の闇へと溶け込んでいくのがわかった。
☆
白いリノリウムの床が続く、小奇麗な廊下。
その廊下と共同玄関を遮るオートロックの扉に、彼はいらだちを覚えていた。
――ピンポーン。
続く、沈黙。
――ピンポン、ピンポン、ピンポーン
高速三度押しによる二度目の呼び出しも、40階のとある部屋の中からの返事はない。
がああ!
盛大に鼻を鳴らした、彼。
「バカヤロ、また不在かよ! いないのなら、最初から時間指定なんかするんじゃねえ!」
声を荒げた男が、急いで辺りを見回す。
誰もいないことを確認した彼は、ほっと胸を撫で下ろした。
「次いなかったら、ただじゃおかねえからな」
今度は誰にも聞こえないような小声で、ブツブツと文句を吐く。
そんなとき、彼の耳に届いたのは前にも段ボール箱から聞こえた音と同じ、機械音だった。箱の中から、微かにカチカチと音がする。
「ま……まさかね」
段ボール箱を抱え直した彼は、巨大マンションのエントランスを離れ、脇道に停めた配送車へと引き返したのであった。
寒い――。
頬や脇腹、そして左の太ももから体温をすべて吸い取られているかのようなこの感触はリノリウムか? どうやら、床の上に自分は横向きに寝転がっているらしい。
とりあえず立ち上がろうとする――が、両手両足を縛られていて、体は床に水平な動きを伴ってもがき蠢くばかりだった。
もぞもぞと蠕動する芋虫の姿が、頭の中に浮かび上がる。
暗い――。
ところで、ここは一体どこなんだ?
もしかしたら、自分の目が見えなくなってしまったのかと思うほどの暗さ。
だが、目は見えているようだ。部屋に一つだけある窓にかかるカーテンの隙間から、ぼんやりと街灯の明かりが漏れ出ているのに気付いた。
知っているようで知らない――知らないようで知っている――そんな場所に思える。
――誰か助けてくれ!
叫びたくても口には猿ぐつわを咬まされていて、声は出なかった。唸るような、くぐもった音は世界に広がらずに、狭いこの部屋にとどまっただけだ。
一体全体、どうしてこうなったのか……。
不思議なことに、全く思い出せない。もしかしたら、頭でも殴られたのかもしれない。
それを裏付けるかのように、じんわりと後頭部の違和感を感じ始めた。気付けば、体もあちこちが痛い。昨日の出来事のようでもあり、かなり長い間、この場所に寝転がっているような気もする。
――!?
人の気配。
近づいて来る。
次第に大きくなる、高く乾いた足音。
ピタリ――。
靴音は、顔の前で停止した。
相手の鼻から定期的に漏れる呼気が、頭に降り注ぐ。
体中の痛みを堪えながら首をもたげ、見上げてみる。
微かばかりの明かりが注ぐ室内で、視線の先にあったのは――。
――お、お前は!
猿ぐつわに吸収された声は布の分子を揺らし、ただの熱エネルギーへと変化した。もちろん、そんな程度の熱で部屋は温まらない。
「フン……クソがっ!」
くぐもった声とともに襲って来たのは、耳をつんざく衝撃と頬骨の酷い痛み。
ギシリ、骨が軋む。
意識が、再び夜の闇へと溶け込んでいくのがわかった。
☆
白いリノリウムの床が続く、小奇麗な廊下。
その廊下と共同玄関を遮るオートロックの扉に、彼はいらだちを覚えていた。
――ピンポーン。
続く、沈黙。
――ピンポン、ピンポン、ピンポーン
高速三度押しによる二度目の呼び出しも、40階のとある部屋の中からの返事はない。
がああ!
盛大に鼻を鳴らした、彼。
「バカヤロ、また不在かよ! いないのなら、最初から時間指定なんかするんじゃねえ!」
声を荒げた男が、急いで辺りを見回す。
誰もいないことを確認した彼は、ほっと胸を撫で下ろした。
「次いなかったら、ただじゃおかねえからな」
今度は誰にも聞こえないような小声で、ブツブツと文句を吐く。
そんなとき、彼の耳に届いたのは前にも段ボール箱から聞こえた音と同じ、機械音だった。箱の中から、微かにカチカチと音がする。
「ま……まさかね」
段ボール箱を抱え直した彼は、巨大マンションのエントランスを離れ、脇道に停めた配送車へと引き返したのであった。
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