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Episode2 ミス・ミリア電子の蘭
Section2-6 バラの手裏剣とダンディの感心
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相手は、十人。
まずは小手調べとばかりに、一人一回づつ、彼らが攻撃を仕掛けてきてくれたおかげで人数が把握できたのだ。
まさに、波状攻撃。無駄のない連係プレーと素早い手刀の動き、そして華麗なる足さばきは――間違いない、こやつらも『忍び』だ!
しかし、我が甲賀者の動きとは一致しない。
香取大五郎の出身、伊賀者でもなさそうだ。
ということは、こやつら――。
「お前ら……風魔の者か?」
免許皆伝ではないとはいえ、当然、その名前は聞いたことがある。
百戦錬磨のこの俺の息が上がるほどの攻撃を仕掛けてくるこの集団――恐らくは、かつて関東の北条氏を補佐したという風魔一族の残党なのであろう。
すると、まだ椅子に座ったままの棟梁らしき男が、右手中指で押し込むようにしてサングラスの位置を直しながら、まんざらでもなさそうに云った。
「ほほう……我ら、風魔のことを知っているのか。それは何よりだ」
武士の時代もとうの昔に終わり、ひっそりとこの世に生き続けてきた我ら忍び。
未だ、゛時の権力者゛に仕えることでしか、我々は生きていけないのである。彼ら風魔の者と緊迫した空気の中で向き合いながら、俺の胸に沸き上がってきたのは何とも云えない寂寥感だった。
しかし、それでも――。
それでも俺は、プロフェッショナルの『スパイ』。
ここで倒れるわけには、いかないのである。
「和美さん……よく眠っているようだ。そんな彼女を、物騒な物音で起こしてしまう訳にはいかないな。音も立てずに、お前らを倒してやる」
「はあ? 面白いことを云うもんだな、ミクリルおじさん……いや、落ちこぼれ忍者の中川総一郎。あんた、今の状況が本当にわかっているのか!?」
急にムキになったリーダーが、椅子から立ち上がる。
それを見た若い男たちが、まるで手品師の見せる技のような素早さで、黒スーツから漆黒の忍者服へと変化した。
びしりと決まった俺の忍者スタイルには、まだ程遠い出来栄え。
だが、どの子もなかなかの精悍さを持っている。
素直に育てば、将来、日本の忍者界を背負って立つ逸材となれる日が来るのかもしれない。
「ほう……そこまで俺のことを調べてあるのか。関心、感心。風魔も捨てたものではないな。いい若い衆も揃ってるようだし。だが――」
俺の両手両足の筋肉に、力が漲っていく。
「俺のことをそこまで知ってしまったからには、その代償は高いぞ!」
その言葉が終わるか終わらないか、だった。
今度は十人が、両手に手裏剣刀を持ち、一斉に襲ってきたのである。
――まだだ。
少し、間合いを詰める。
その間に、懐に忍ばせたミクリルを八本、両手十本の指の間の谷間に挟み込む。
――今だ!
俺は、常人には見えないであろうスピードで、少しひねりを加えつつミクリルを彼らに向かって投げつけた。
「ぐわっ」
八つの呻き声が、完全にリンクした。
と同時に、きっちり八人、後ろに倒れ込むようにして床の上で気を失った。
手裏剣の動きには慣れている彼らだが、ロケット型のミクリルの空中での不規則な動きには慣れていないのだろう。
俺は当然、その動きを予測したうえで回転をつけ、ミクリルを投げているのではあるが。
仰向けに寝転がった彼らの額の急所部分に張り付いたままのミクリル。
数秒後、それらはまるで不意に沸き上がる間欠泉のように、中の乳酸飲料を一斉に吹き上げた。甘くて美味しい、そして華麗なる俺への祝福である。
一方、一気に味方八人を失った敵は、慌てたようだ。
残った二人の若者が、棟梁を守るように彼の両脇に付いた。
「少し、あんたを甘く見ていたようだな。まさか、ここまでの乳酸飲料の『使い手』だったとは……」
「ふん、お褒めに預かり光栄だ。だが、手加減はせぬぞ」
「ほう。だがその言葉は、そのままそっくり、返させてもらう」
見れば、リーダーの手に、一丁の黒光りする拳銃が握られているではないか。
「卑怯な……。忍者ともあろうものが、手裏剣以外の飛び道具を使うとは見下げたものだ」
「この二十一世紀に、何をたわけたことを云っている……。我ら忍者にとって、負けは死、そのものだ。だから、どんな手を使ってでも勝たねばならぬ」
「世も末だな……。忍者の『埃』を忘れるなと、お前は師匠から教わらなかったか? まだまだ、お前は学ぶべきことが多いようだ。俺の弟子にでもなるか?」
「誰が、お前の弟子になどなるか! ……って、ついつい熱くなってしまったようだ。とにかく、この勝負もここまでだ。さすがのミクリルダンディも、この文明の利器には勝てないだろうからな」
「ふん……それはどうかな」
とは云ったものの、それはただの強がりだった。
この場を打開する策など、全く見つかってはいなかったからだ。
しかも、彼の拳銃を握るその構えには、一分の隙も見当たらない。
こちらとしては、お手上げ状態である。
1ミリ、1ミリ。
俺は彼らに気付かれないよう、後退りを始めた。
間合いを広げ、時間を稼げば、そこに打開策が見つかる可能性はある。そんな0.01%程度の存在確率に、俺は掛けざるを得ない。
「今日の勝負も、ここまでだな。さらばだ、ミクリル・ダンディ!」
棟梁の男が引き金を引こうとした、その瞬間。
シューッという、空気を鋭く引き裂くような音がしたかと思うと、どこからともなく一本の棒手裏剣が飛んできて、棟梁の右手に突き刺さったのである。その手裏剣の柄には、風車の弥七よろしく、ピンク色の小さなバラの花飾りが付いていた。
――あれは女忍者、つまりは゛くノ一゛が使う道具!
それと同時に俺の鼻腔をくすぐったのは、ふんわりと優しいバラの香りだった。恐らくは、あの棒手裏剣から放たれたものだろう。
うっとりしかけたこの俺を現実に引き戻したのは、相手の棟梁だった。
痛みに耐えかねた彼が、がちゃりと音を立て、拳銃を床に落としたのである。
「だ、誰だ! どこにいる!?」
――好機!
俺は忍者服の懐に右手を突っ込むと、高級乳酸飲料「ミクリル100」を三本、指の谷間に挟み込んだ。
「ミクリル・ワンハンドレッド スーパープレミアムデリーシャス・アターック!」
棟梁と二人の部下、それぞれの額に直撃した、高級乳酸飲料『ミクリル100』。俺が矢のように放った三本のミクリル100は、それぞれ確実に三人の急所を捉えていた。
仰向けに倒れた彼らの額にめり込んだプラスチック容器から、溢れ出た乳白色の液体。その流れ出た液体は、俺の勿体ない精神を具現化するかのように、彼らの口の中へときちんと注がれている。
――それで、よし。
苦痛に満ちた彼らの表情が、美味しい乳酸飲料により、まるで夢でも見ているかのような恍惚とした表情へと変化していく。
「もしかして、俺に助太刀したのは――」
俺はそう云って、微かに気配のする方向に目を向けた。
店の入り口の、天井辺り。
しかし、その瞬間だった。そこにあったはずの気配が、ふっと消えたのである。
『彼女』が、なかなかのやり手の『くノ一』であり、俺の味方であることだけは間違いなさそうだ。
そして、その正体はきっと――。
俺はそこで思考を止めると、とりあえず気絶した十一人の男どもを紐とガムテープを使ってで縛り上げ、店の奥にある小部屋に放り込んでおいた。
そしてようやく――薬で眠らされ、店のソファーに寝そべる知美さんのもとへと辿り着いた。
俺を待っていたのは、まさに天使の寝顔。
連日の早起きと先ほどまでの『同業者』との戦いの疲れから俺を解放してくれるほどの破壊力を伴っていた。
「……すみません。あとは自力で帰宅してください」
和美さんの体の自由を奪っていた縄を解くと、彼女の耳元に高級乳酸飲料のミクリル100を一本、静かに置いた。
「これ飲んで元気出してくださいね。また明日、会いましょう」
後ろ髪を引かれつつ、俺は店を後にした。
時刻は、ちょうど六時。
まっすぐに、そしてなりふり構わずにミクリル販売店に向かわねば、遅刻する時間だった。
「やばっ、遅刻する!」
忍者としてのフルパワーを使い、俺はミクリル販売店に向かって走り出した。
まずは小手調べとばかりに、一人一回づつ、彼らが攻撃を仕掛けてきてくれたおかげで人数が把握できたのだ。
まさに、波状攻撃。無駄のない連係プレーと素早い手刀の動き、そして華麗なる足さばきは――間違いない、こやつらも『忍び』だ!
しかし、我が甲賀者の動きとは一致しない。
香取大五郎の出身、伊賀者でもなさそうだ。
ということは、こやつら――。
「お前ら……風魔の者か?」
免許皆伝ではないとはいえ、当然、その名前は聞いたことがある。
百戦錬磨のこの俺の息が上がるほどの攻撃を仕掛けてくるこの集団――恐らくは、かつて関東の北条氏を補佐したという風魔一族の残党なのであろう。
すると、まだ椅子に座ったままの棟梁らしき男が、右手中指で押し込むようにしてサングラスの位置を直しながら、まんざらでもなさそうに云った。
「ほほう……我ら、風魔のことを知っているのか。それは何よりだ」
武士の時代もとうの昔に終わり、ひっそりとこの世に生き続けてきた我ら忍び。
未だ、゛時の権力者゛に仕えることでしか、我々は生きていけないのである。彼ら風魔の者と緊迫した空気の中で向き合いながら、俺の胸に沸き上がってきたのは何とも云えない寂寥感だった。
しかし、それでも――。
それでも俺は、プロフェッショナルの『スパイ』。
ここで倒れるわけには、いかないのである。
「和美さん……よく眠っているようだ。そんな彼女を、物騒な物音で起こしてしまう訳にはいかないな。音も立てずに、お前らを倒してやる」
「はあ? 面白いことを云うもんだな、ミクリルおじさん……いや、落ちこぼれ忍者の中川総一郎。あんた、今の状況が本当にわかっているのか!?」
急にムキになったリーダーが、椅子から立ち上がる。
それを見た若い男たちが、まるで手品師の見せる技のような素早さで、黒スーツから漆黒の忍者服へと変化した。
びしりと決まった俺の忍者スタイルには、まだ程遠い出来栄え。
だが、どの子もなかなかの精悍さを持っている。
素直に育てば、将来、日本の忍者界を背負って立つ逸材となれる日が来るのかもしれない。
「ほう……そこまで俺のことを調べてあるのか。関心、感心。風魔も捨てたものではないな。いい若い衆も揃ってるようだし。だが――」
俺の両手両足の筋肉に、力が漲っていく。
「俺のことをそこまで知ってしまったからには、その代償は高いぞ!」
その言葉が終わるか終わらないか、だった。
今度は十人が、両手に手裏剣刀を持ち、一斉に襲ってきたのである。
――まだだ。
少し、間合いを詰める。
その間に、懐に忍ばせたミクリルを八本、両手十本の指の間の谷間に挟み込む。
――今だ!
俺は、常人には見えないであろうスピードで、少しひねりを加えつつミクリルを彼らに向かって投げつけた。
「ぐわっ」
八つの呻き声が、完全にリンクした。
と同時に、きっちり八人、後ろに倒れ込むようにして床の上で気を失った。
手裏剣の動きには慣れている彼らだが、ロケット型のミクリルの空中での不規則な動きには慣れていないのだろう。
俺は当然、その動きを予測したうえで回転をつけ、ミクリルを投げているのではあるが。
仰向けに寝転がった彼らの額の急所部分に張り付いたままのミクリル。
数秒後、それらはまるで不意に沸き上がる間欠泉のように、中の乳酸飲料を一斉に吹き上げた。甘くて美味しい、そして華麗なる俺への祝福である。
一方、一気に味方八人を失った敵は、慌てたようだ。
残った二人の若者が、棟梁を守るように彼の両脇に付いた。
「少し、あんたを甘く見ていたようだな。まさか、ここまでの乳酸飲料の『使い手』だったとは……」
「ふん、お褒めに預かり光栄だ。だが、手加減はせぬぞ」
「ほう。だがその言葉は、そのままそっくり、返させてもらう」
見れば、リーダーの手に、一丁の黒光りする拳銃が握られているではないか。
「卑怯な……。忍者ともあろうものが、手裏剣以外の飛び道具を使うとは見下げたものだ」
「この二十一世紀に、何をたわけたことを云っている……。我ら忍者にとって、負けは死、そのものだ。だから、どんな手を使ってでも勝たねばならぬ」
「世も末だな……。忍者の『埃』を忘れるなと、お前は師匠から教わらなかったか? まだまだ、お前は学ぶべきことが多いようだ。俺の弟子にでもなるか?」
「誰が、お前の弟子になどなるか! ……って、ついつい熱くなってしまったようだ。とにかく、この勝負もここまでだ。さすがのミクリルダンディも、この文明の利器には勝てないだろうからな」
「ふん……それはどうかな」
とは云ったものの、それはただの強がりだった。
この場を打開する策など、全く見つかってはいなかったからだ。
しかも、彼の拳銃を握るその構えには、一分の隙も見当たらない。
こちらとしては、お手上げ状態である。
1ミリ、1ミリ。
俺は彼らに気付かれないよう、後退りを始めた。
間合いを広げ、時間を稼げば、そこに打開策が見つかる可能性はある。そんな0.01%程度の存在確率に、俺は掛けざるを得ない。
「今日の勝負も、ここまでだな。さらばだ、ミクリル・ダンディ!」
棟梁の男が引き金を引こうとした、その瞬間。
シューッという、空気を鋭く引き裂くような音がしたかと思うと、どこからともなく一本の棒手裏剣が飛んできて、棟梁の右手に突き刺さったのである。その手裏剣の柄には、風車の弥七よろしく、ピンク色の小さなバラの花飾りが付いていた。
――あれは女忍者、つまりは゛くノ一゛が使う道具!
それと同時に俺の鼻腔をくすぐったのは、ふんわりと優しいバラの香りだった。恐らくは、あの棒手裏剣から放たれたものだろう。
うっとりしかけたこの俺を現実に引き戻したのは、相手の棟梁だった。
痛みに耐えかねた彼が、がちゃりと音を立て、拳銃を床に落としたのである。
「だ、誰だ! どこにいる!?」
――好機!
俺は忍者服の懐に右手を突っ込むと、高級乳酸飲料「ミクリル100」を三本、指の谷間に挟み込んだ。
「ミクリル・ワンハンドレッド スーパープレミアムデリーシャス・アターック!」
棟梁と二人の部下、それぞれの額に直撃した、高級乳酸飲料『ミクリル100』。俺が矢のように放った三本のミクリル100は、それぞれ確実に三人の急所を捉えていた。
仰向けに倒れた彼らの額にめり込んだプラスチック容器から、溢れ出た乳白色の液体。その流れ出た液体は、俺の勿体ない精神を具現化するかのように、彼らの口の中へときちんと注がれている。
――それで、よし。
苦痛に満ちた彼らの表情が、美味しい乳酸飲料により、まるで夢でも見ているかのような恍惚とした表情へと変化していく。
「もしかして、俺に助太刀したのは――」
俺はそう云って、微かに気配のする方向に目を向けた。
店の入り口の、天井辺り。
しかし、その瞬間だった。そこにあったはずの気配が、ふっと消えたのである。
『彼女』が、なかなかのやり手の『くノ一』であり、俺の味方であることだけは間違いなさそうだ。
そして、その正体はきっと――。
俺はそこで思考を止めると、とりあえず気絶した十一人の男どもを紐とガムテープを使ってで縛り上げ、店の奥にある小部屋に放り込んでおいた。
そしてようやく――薬で眠らされ、店のソファーに寝そべる知美さんのもとへと辿り着いた。
俺を待っていたのは、まさに天使の寝顔。
連日の早起きと先ほどまでの『同業者』との戦いの疲れから俺を解放してくれるほどの破壊力を伴っていた。
「……すみません。あとは自力で帰宅してください」
和美さんの体の自由を奪っていた縄を解くと、彼女の耳元に高級乳酸飲料のミクリル100を一本、静かに置いた。
「これ飲んで元気出してくださいね。また明日、会いましょう」
後ろ髪を引かれつつ、俺は店を後にした。
時刻は、ちょうど六時。
まっすぐに、そしてなりふり構わずにミクリル販売店に向かわねば、遅刻する時間だった。
「やばっ、遅刻する!」
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