上 下
38 / 39

第37話 プロポーズ

しおりを挟む

 クララベルが長い眠りから覚めたとき、侯爵夫妻とアルフレッドは王家主催の夜会に出かけており、邸にはシャールしかいなかった。
 クララベルに付き添っていたメイドのアンリが、泣きながらシャールの許へやって来たとき、悪い知らせかと全身に緊張が走った。

「お嬢様が、お嬢様が目覚めました!」

 そう聞いて、一瞬へなへなと座り込みそうになったが、気力で留まる。

「そうか、それは良かった。父さんたちには?」

「今、使いをやって知らせています」

「じゃあ、きっとすぐ戻って来るね。心配していたから」

「さようでございますね」

 仕事中じゃなかったら号泣していそうなアンリの様子に、シャールはそっけなく言う。

「アンリ、もう気に病むのはやめなよ。クララが薬を飲んだのは、アンリのせいじゃないんだから」

「…!ですがっ、わたくしが目を離したせいでこのようなことに…!」

「それだったら俺らだって一緒だよ。みんなが目を離したんだから。さあ、クララの所へ行こう。今度は目を離さないようにしないとな」

「・・・はい!」

 アンリは深々とお辞儀をすると、涙をぬぐってシャールと共にクララベルの部屋に戻った。
 クララベルはベッドの上で、上半身を起こしていた。

「クララ、大丈夫かい?」

「お兄様、心配かけてごめんなさい。もう大丈夫です」

 そう言ったクララベルの瞳は、以前より力強い色を見せていた。
 いままで曖昧だったクララベルという境界線が、いま初めてくっきりと見えた。
 シャールは悟った。

(もうマリアベルはいない)

 急に世界が色あせたような気がした。




 一刻ほどたったころ、王宮へ行っていたシモン侯爵夫妻が帰って来た。
 クララベルの意識が戻ったとの知らせを受け、急ぎ戻ったのだった。
 邸の中が、安堵と希望に満ちて賑わっている。
 更に半刻ほどすると、アルフレッドがエルネストを伴ってやって来た。
 エルネストは夜会服のまま、ツカツカと足音高く進むと、クララベルの部屋に入った。

「クララベル嬢!」

「エルネスト様?!」

 エルネストは、ベッドで身を起こして座っていたクララベルの側まで、すぐさま歩み寄ってクララベルの体を引き寄せ抱きしめた。

「「「・・・・!!!」」」

 部屋に様々な息を吞む声がした。
 クララベルは、突然のことに言葉も出ず。
 マクシムは、出してはいけない殺気を秘めて。
 ルイーズは、大好物を前にした、ときめきと期待を胸に。
 アルフレッドだけは冷静に、咳ばらいをしてエルネストを咎めた。

「殿下、そのような行動はお慎みいただきたい」

「すまない、つい心配で失礼をした」

 エルネストは、すぐにクララベルから離れて謝った。
 ルイーズがおほほほ、と朗らかに笑った。

「まぁ、情熱的ですこと。でも、婚約者でもない若い男女がそのように触れ合うのは、よろしくありませんわね、あなた」

「そ、そうですぞ!婚約者でもないのに、いくら殿下とはいえ、許されませんぞ!」

 エルネストはそう言われて、サッと侯爵夫妻の前に立った。

「私は、クララベル嬢を将来、妻にと望んでいる。決して軽い気持ちで触れたのではない。クララベルとの婚約をお許し願えないだろうか、シモン侯爵、ルイーズ夫人」

「ま!」

 ルイーズは爛々と目が輝いて、満面の笑みだ。
 一方、マクシムは渋い表情だ。

「ダメだろうか」

「私はクララベルの気持ちを尊重したいと思っています。殿下もご存知かもしれませんが、クララベルは幼くして両親を亡くし、孤独の中に育ったのです。これからは幸せになって欲しい。クララベルを心から愛し、大切にしてくれる方のもとへ嫁いでもらいたい」

「では、クララベル嬢に聞こう」

 エルネストはベッドサイドに跪き、クララベルの手を取った。

「このような形でプロポーズをすることになるとは、思っていなかったのだが。クララベル嬢、私はあなたのことが好きだ。どうか、私の妻になってくれないか。これから先の人生、私と共に歩んではくれないだろうか」

 クララベルは胸がドキドキして、顔が真っ赤になった。
 それでも、勇気を振り絞って、目をつむって思い切って言った。

「わたくしも、エルネスト様が好きです…!こんなわたくしでよければ、よろしくお願いします」

「クララベル嬢!」

 またしてもエルネストはクララベルに抱き着いて、アルフレッドに引きはがされることとなった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

どうして私にこだわるんですか!?

風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。 それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから! 婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。 え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!? おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。 ※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

たとえこの想いが届かなくても

白雲八鈴
恋愛
 恋に落ちるというのはこういう事なのでしょうか。ああ、でもそれは駄目なこと、目の前の人物は隣国の王で、私はこの国の王太子妃。報われぬ恋。たとえこの想いが届かなくても・・・。  王太子は愛妾を愛し、自分はお飾りの王太子妃。しかし、自分の立場ではこの思いを言葉にすることはできないと恋心を己の中に押し込めていく。そんな彼女の生き様とは。 *いつもどおり誤字脱字はほどほどにあります。 *主人公に少々問題があるかもしれません。(これもいつもどおり?)

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

攻略対象の王子様は放置されました

白生荼汰
恋愛
……前回と違う。 お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。 今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。 小説家になろうにも投稿してます。

悪役令嬢(濡れ衣)は怒ったお兄ちゃんが一番怖い

下菊みこと
恋愛
お兄ちゃん大暴走。 小説家になろう様でも投稿しています。

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

処理中です...