31 / 39
第30話 別人格の少女
しおりを挟む「クララベルの中には、クララとは別の人格が存在している。その娘の名前がマリアベルだ」
「・・・・・」
シャールの言ったことが脳に浸透して理解されるまで、かなりの時間を要した。
その間、しばし呼吸を忘れるほど、アルフレッドは衝撃を受けた。
「な、んだって?」
アルフレッドは我知らず、首を横に振った。
信じられない、という気持ちが行動に出てしまっていた。
「本当だよ。俺は何度もマリアベルと会っている。兄さんの前にも表れたことはあったよ」
「ウソだろう…?」
アルフレッドの口の中で、声にならないつぶやきが、生まれた。
(別人格の少女が、私の前にも表れたことがある?私はクララベルのことを想いながら、クララベルと別人とが入れ替わっても、気が付かなかったと言うのか?)
侯爵令息として、どんな時でも感情を読み取られないようにと厳しくしつけられて来た成果が、アルフレッドから表情を奪う。
内心、どのような絶望を味わっても、無表情でやり過ごそうとする。
そんなアルフレッドを気遣いながらも、シャールは言葉を続けた。
「クララが伯爵家で使用人から暴力を受けて育ったことは、兄さんも知っているだろう?クララは辛い思いや、痛い思いをした時に、心を閉ざして意識を失う。その時にクララの代わりにその痛みを引き受けて来たのが、マリアベルなんだ。マリアベルはクララが死なないように、暴力をやり過ごして、食べ物を探して与え、クララを守って来たんだ。そしてそれは、今も続いている。うちに来てからもクララをいじめた家庭教師やメイドを撃退したし、学校でもマノン・ジラールと戦っていた」
「待ってくれ…。それではマリアベルは、クララの辛い、負の部分だけを引き受けて生きて来たというのか?クララを守るために…?」
「まあ、おおむねそうだろうな」
二人は気が付かなかった。
部屋の扉が薄く開き、外でクララベルが話を聞いていたことに。
クララベルは顔面蒼白になり、よろけながら自室に戻って行った。
だからそこから先の話は聞かなかった。
「でも、俺から見たマリアベルはいつも楽しそうで、生きることに常に希望を見出しているような子だよ。だから負の部分だけを引き受けたと言っても、マリアベル自身はそうは思っていないんじゃないかな」
「そうか…」
クララベルがもし最後まで話を聞いていたなら、また違った結末があったのかもしれない。
◆◆◆
ほんの少しだけ、時を戻そう。
アルフレッドに頭を撫でられ、寝落ちたクララベルは、ほんの一時ですぐに目覚めた。
マリアベルが出てくるほど深くは、意識が落ちなかった。
少し頭がぼんやりしていたが、側にいつも付いてくれているメイドのアンリがいて、心配そうに見守ってくれていた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「アンリ…、ありがとう。大丈夫よ」
「よかったです。何か温かいお飲み物を用意しましょうか」
「ええ、お願い」
アンリが部屋を出て行くと、クララベルは身を起こした。
少し気持ちが落ち着いて、先ほどのことも、遮幕を通して見ているような、非現実感に包まれていた。
アルフレッドの、大丈夫、という優しい声だけが現実感を持って、クララベルの心に響いていた。
「お兄様にお礼を言いたいわ」
クララベルはベッドから降り、アルフレッドの部屋へやって来た。
ノックしようとして、中から話し声がすることに気が付いた。
(シャールお兄様もいるのかしら?入ったらお邪魔かしら?)
クララベルは気を使って、ほんの少しだけ扉を開け、中の様子を窺った。
兄二人が深刻に話をしている様子に、どうしようかとためらったとき、クララベルの耳にシャールの言葉が飛び込んで来た。
「クララベルの中には、クララとは別の人格が存在している。その娘の名前がマリアベルだ」
クララベルの全身に衝撃が走り抜けた。
10
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
婚約破棄された悪役令嬢は王子様に溺愛される
白雪みなと
恋愛
「彼女ができたから婚約破棄させてくれ」正式な結婚まであと二年というある日、婚約破棄から告げられたのは婚約破棄だった。だけど、なぜか数時間後に王子から溺愛されて!?
悪役令嬢に転生して主人公のメイン攻略キャラである王太子殿下に婚約破棄されましたので、張り切って推しキャラ攻略いたしますわ
奏音 美都
恋愛
私、アンソワーヌは婚約者であったドリュー子爵の爵士であるフィオナンテ様がソフィア嬢に心奪われて婚約破棄され、傷心……
いいえ、これでようやく推しキャラのアルモンド様を攻略することができますわ!
執着王子の唯一最愛~私を蹴落とそうとするヒロインは王子の異常性を知らない~
犬の下僕
恋愛
公爵令嬢であり第1王子の婚約者でもあるヒロインのジャンヌは学園主催の夜会で突如、婚約者の弟である第二王子に糾弾される。「兄上との婚約を破棄してもらおう」と言われたジャンヌはどうするのか…
婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される
安眠にどね
恋愛
社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。
婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!?
【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる