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第29話 隠しておくのは無理がある
しおりを挟む部屋の前にはシャールが壁にもたれかかり、腕を組んで立っていた。
アルフレッドを待っていたらしい。
「どうした、シャール」
シャールは不機嫌そうな様子を隠しもせず、アルフレッドに言い返す。
「どうしたはこっちのセリフだよ。いきなり王宮から帰って来たと思ったら、クララを連れてでかけて、一体なにごとなの」
「クララに会わせたい人がいて街はずれの教会へ行っていたんだ」
「会わせたい人?だれなの」
「…場所を変えよう」
アルフレッドは事のあらましをシャールに伝えることにし、二人はアルフレッドの自室へと場所を移した。
アルフレッドはメイドにお茶を用意させ、その後人払いをした。
「で、だれなの、会わせたい人って」
「うん、実はクララベルが下町で身分の低い男と密会しているという怪文書が王宮に届いたんだ」
「はぁ?!」
アルフレッドは例の手紙をシャールに見せた。
文面に目を通すと、シャールは苛ついたように前髪をかきあげ、はぁ~と深いため息を吐いた。
「その相手の男を突き止めたんだ」
「え?密会って、事実だったの?」
「いや、私もはじめは根も葉もないでたらめだと思ったんだ。しかし、ここ数週間のクララベルの行動を調べさせたところ、護衛騎士から街で一度はぐれたことがあるとの報告があった。その時に、身分の低そうな青年と会っていたことは事実だった。親し気に話し、別れを告げている様子だったと」
シャールには思い当たることがあった。
エルネスト訪問時のことだ。
街をほっつき歩いていたのはマリアベルだ。
マリアベルなら下町の男とも親しく話すことがあるかもしれない。
「それでその青年を調べたところ、教会で暮らしている元孤児だとわかったんだ。それもクララベルがいた伯爵領の孤児院出身だ。もしクララベルが彼と密会しているとしたら、きっと彼がクララベルに執着しているんだろうと思って、身を引くよう言ったんだ。だが、彼はクララベルのことは知らない、と。なんだか話がかみ合わなくてね」
シャールは思わず深く頷いてしまった。
そうだろうとも。
青年が会っているのはマリアベルだ。
侯爵令嬢のクララベルなんかじゃないのだ。
「だから会わせてみれば真実がわかるかと思ったんだ。…クララはその、最近エルネスト殿下と親しくしているんだろう?」
アルフレッドは伺うようにシャールを見た。
「そうみたいだね」
シャールの答えを聞いて、アルフレッドは目を閉じ、軽く息を吐いた。
「クララが望むなら殿下と縁を結べるよう力を尽くしてもいい。それにふさわしい女性だし、身分も釣り合う。だが他の男とのスキャンダルなど、もってのほかだ」
「兄さんはそれでいいの?」
「ああ、クララが幸せになることが私の望みだ」
シャールはまた深いため息をついた。
「兄さんがいいならいいけど。で、会わせてみたらどうだったの?」
「クララとは初対面だった。ただ、クララによく似た人を知っていると」
「あ~、なるほど。区別ができるわけね」
「ん?なに?」
「いやいや、こっちの話。で、なんでクララはあんなに取り乱してるの」
「クララとよく似た人というのが、マリアベルという少女なのだが、伯爵令嬢時代にクララの侍女だったんだ。その頃の話が出たら、辛いことを思い出してしまったようなんだ」
「なるほどね…」
シャールはしばし逡巡し、ついに心を決めて言った。
「俺、兄さんに黙っていたことがあるんだ」
アルフレッドは片眉を上げてシャールを見る。
「それはなんだ。どうしてそれを言おうとしている」
シャールは気怠そうに肩をすくめた。
「隠しておくのは無理があるって思ってさ。兄さんがクララベルと結婚して、クララがずっとこの家にいるのなら、もしかしたら一生言わなかったかもしれない。でも、エルネスト殿下との婚約を考えるなら、これは絶対に言わなくちゃいけないと思う」
アルフレッドはじっとシャールを見つめて続きを待った。
「クララベルの中には、クララとは別の人格が存在している。その娘の名前がマリアベルだ」
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