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第23話 これはチャンスだ

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 侯爵家に着くと、玄関先で青筋を立てたシャールが、仁王立ちしてマリアベルを待ち構えていた。

「え、なにごと?」

「なにごと、じゃ、なーい!!お前はマリアだな?マリアなんだな?」

「そうよ」

 馬車を降りるとシャールに引っ張られて、どたどたとクララベルの部屋へと連れ込まれる。

「いま、応接室にエルネスト殿下が来ている」

「え!」

「お前が早退したことを気にかけ、訪問してくださったのだ」

「わ!」

「それなのに留守だと?!ふざけるな!どこをほっつき歩いていたのだ!」

「繁華街だけど」

「あ~、も~、話はあとで聞く。急いで支度をして出てくること」

「え~めんどくさ。断ってよ」

「もちろん断ったさ!でもひと目会って謝りたいとかなんとか言って、全然帰ってくれないんだよ。これ以上王族を待たせるわけにはいかないんだよ!」

 シャールだって、マリアベルをエルネストに会わせたくなんかない。
 クララベルの恋を絶対に許さないと宣言をくらったばかりなのに。
 マリアベルとエルネスト…。
 混ぜるな、危険!の文字が脳裏にちらつく。
 しかし、どうしようもない。

「絶対にボロを出すなよ。お前はクララだ!クララになりきるんだ!」
「いやよ。わたしは、マリアベル。クララにはならないわ」

 マリアベルはてきぱきと着替えながら、きっぱりと宣言した。
 これはチャンスだ。
 王太子に愛想をつかせるのだ。
 クララベルの恋をつぶしてやる。

「マリア!」

 シャールはマリアベルの両肩をがしっとつかんで、正面からマリアベルを見つめる。
 これ以上ないくらい真剣に。

「マリア、君が思っているほど王族は甘くない。二重人格などと知られたら、魔塔に閉じ込められて研究材料になるぞ。下手をしたら魔女認定をされて火あぶりだ。絶対にバレてはいけないんだ。頼むから、クララベルのふりをしてくれ」
「そんなの…嘘よ。魔女だなんて…。せいぜい頭のおかしな女だと思われるくらいだわ」
「相手は王太子なんだぞ。クララとマリアの言ったことに矛盾があっただけで罪に問われかねない。王族を謀ったことになるんだ」

 マリアベルは悔しくて下唇をかんだ。
 心の中に葛藤が渦巻く。
 シャールの言うことは正しい。
 感情的になってエルネストを愚弄することは、身の危険を招く行為だ。
 どんな罰を受けることになっても、自分はいい。
 でも、何も知らないクララベルは?
 そう考えると、シャールの言う通りにするしかなかった。

「わかったわ。なるべくクララのようにふるまってみる」

 そう言うと、シャールはあからさまにホッとして、青ざめていた顔にやや赤みが戻った。
 真剣にマリアベルの身を案じてくれていたのだ。
 シャールにエスコートされる形で、エルネストの待つ応接室へ入った。
 ずいぶん待たされただろうに、エルネストは礼儀正しく待っていた。
 マリアベルの姿を見て、思わずサッと立ち上がり近づいて来た。

「クララベル嬢。具合が悪いと聞き心配で来てしまった。迷惑だったろうか」

 エルネストの言葉に、マリアベルは困ったような笑みを浮かべた。

「迷惑などと思いませんわ。ありがとう存じます」

 いつもよりやや小さめの声で自信なさげに話すと、さすが体は本人だけあってクララベルにそっくりである。
 しかしその内心は、べーっと舌を出している。

(ずっるい質問。面と向かって迷惑だって言える人いるの?)

 クララベルだったら、頬を赤く染めてはにかんだのだろうか。
 エルネストはマリアベルの表情を見て、どうやらあまり歓迎されていないことは感じたらしい。

「あまり顔色がよくないようだ。無理にお邪魔してしまってすまなかった。どうしても謝りたくて」

「謝っていただくことなんて、なにもありません」

「クララベル嬢の気持ちも考えずに、令嬢たちの処分のことなどを話してしまって悪かった」

 王族が己の非を認めて謝罪をするなど、本来はあってはならない。
 マリアベルはわざと大げさに傷ついたような表情を作って、エルネストに言った。

「おやめください。わたくしが悪いのです。この上、王太子殿下に頭を下げさせてしまうなんて、わたくし…」

 涙で言葉が詰まったかのような演技をしつつ手で顔を隠し、ちらちらとエルネストの様子をうかがう。
 エルネストは昼に続き、また泣かせてしまったかと焦った。

「いや、そんなつもりじゃないのだ。クララベル嬢は何も悪くない!それを言いたかったのだ」

 ここでシャールがマリアベルの肩を抱いて引き寄せ、エルネストから引き離すように立ち回った。

「殿下、お気持ちはわかりました。妹も謝っていただく必要はないと言っています。もう休ませてやってはいただけませんか」

 エルネストはハッとして気まずそうに咳ばらいをした。

「ああ、そうだな。無理を言ってしまったようだ。クララベル嬢、お大事にしてくれ」

「ありがとう存じます」

 マリアベルはちょこんとひざを折ってお辞儀をし、退室した。

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