二重人格令嬢、王子様に恋をする。

玖保ひかる

文字の大きさ
上 下
13 / 39

第12話 覚えていないとは言わせませんわ

しおりを挟む

 月日が経ち。
 侯爵家で大事に育てられ、クララベルは15歳となった。
 王立学院に通い始める年齢である。
 領地に残る侯爵夫妻に別れを告げ、王都のタウンハウスへと居を移す。
 タウンハウスには、2年前からシャールが住んでいるし、王宮に勤めているアルフレッドも時々は帰って来るので、寂しいということもない。
 侯爵家のカントリーハウスで過ごした時間は、とても穏やかに流れた。
 クララベルにとって辛いことは滅多に起きなかったので、マリアベルの出番は減っていた。
 それはシャールを安心もさせたが、張り合いが無くなったような気持ちにもさせた。
 クララベルの入学初日、一緒に馬車に乗り込み、向かいに座ったクララベルを、シャールは複雑な表情で見つめた。

「なんですか、お兄様」
「…いや、別に。昨日はよく眠れたかなって」
「実は、ちょっと緊張してよく眠れませんでした」

 クララベルは表情を曇らせてやや俯いた。

「大丈夫だよ。すぐ友達もできるだろうし、俺だっているし」
「はい、そうですね」

 クララベルはそう返事しながらも、表情が晴れないまま王立学院の門をくぐった。
 心配事の大半は杞憂で終わるものなのだが、クララベルの人生は心配事の的中率が非常に高い。
 教室に入って早々に、クララベルは意地悪そうな笑みを浮かべた令嬢にからまれた。
 マノン・ジラール侯爵令嬢だ。
 初めてのお茶会で、マリアベルに撃退されたあの令嬢だ。
 腰ぎんちゃくのエマ・ローラン伯爵令嬢も一緒だ。

「あら~?急に教室が田舎臭くなったと思ったら。田舎娘がまだ図々しく侯爵家に居座っているのね。ねえ、みなさま?田舎の匂いがプンプンしてきましたでしょう?この方、性格がものすごくひねくれているんですのよ。みなさんもお気を付けになって」

 いきなりひどい言葉を浴びせられ、クララベルの思考は停止しかけた。
 しかし、なんとか踏みとどまり、勇気を出して疑問を口にする。

「あの…どちら様ですか?わたくしが何か致しましたか?」
「は?」

 マノンがニヤニヤ笑いを引っ込めて真顔になる。

「このわたくしに、どちら様と、いま仰ったのかしら?ああ、わたくしがあまりにも美しく成長してしまったから、だれだかわからなかったのかしら?覚えていないとは言わせませんわよ。このわたくしに無礼を働いたことを」
「無礼を…?」

 クララベルには覚えがなかった。
 しかし不安なことはあった。
 それは時々、記憶がなくなっていること。
 自分が何をしていたか、まったく思い出せない空白の時間が存在した。
 その間に、もしかしたら大変な無礼を働いたのかもしれなかった。
 自分はやっていないと自信を持って言えなかった。

「あの、もしご無礼があったのなら謝ります…」

 気弱そうに頭を下げるクララベルを、マノンとエマは勝ち誇った態度で見下した。
 そんなクララベルの様子をちらちらと伺いながら、他のクラスメイトもうすら笑った。
 クララベルは皆の視線を感じ、足が震えだした。

「今さらそのようにおしとやかな振りをしたって、わたくしは騙されませんわ。あの時与えられた屈辱を、今こそ何倍にもして返して差し上げますから、そのおつもりで」

 マノンとエマが立ち去ると、クララベルは震える足を叱咤して、なんとか自分の座席に座った。

(怖い…!)

 そう強く思ったとき、すっと気が遠くなりクララベルは引きこもってしまった。
 一瞬後にはマリアベルが現れた。
 マリアベルは大きくため息をついた。

(クララ、初日からこれでどうするのよ。ちょっと絡まれたくらいで怖がって隠れて…。いっちょ暴れてやれば、からまれなくなるかしら?)

 マリアベルが思案していると、隣の席に座ったかわいらしい令嬢が控えめに話しかけてきた。

「シモン侯爵令嬢様、大丈夫ですか?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...