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見晴らしの良い小高い丘。
一人の青年が大きな木の幹に背を預け座り込み、遠く青い空を見上げていた。
その表情は何の感情も映していない。
美しい景色に、美しい青年、一幅の絵画を切り取ったように、静かな時間が流れていた。
目を離したら、消えてなくなりそうな、そんな危うさが彼にはあった。
彼の側に遠慮がちに近づき、そっと寄り添うように一人の少女が座った。
もしかしたら拒絶されるかもしれないと思いつつ、放っておけなかった。
少女が隣に座っても、彼はじっと動かず、空を眺めている。
「行ってしまわれたのですね」
静かに少女がそう言ったとき、ようやく彼が視線を移した。
その瞳には驚きの色が混ざっていた。
「君は、知っていたの?」
少女はそっと頷いた。
「だって、まったく違うのですもの。さすがに気が付きましたわ」
「…そりゃそうか」
彼はふっと寂しそうに笑った。
彼女が消えてしまってから、早くもひと月が経とうとしていた。
「わたくし、どちらのクララベル様も大好きでしたわ」
「…マリアベル」
「え?」
彼は少女の目をしっかりと見つめながら言った。
「マリアベルっていうんだ、あいつ」
「あの方は、マリアベル様というお名前だったのですね」
「ん、そう」
青年の微笑みがあまりに痛々しくて、少女は胸の前でぎゅっと両手を握った。
「あの、よかったらマリアベル様のことを、話してくれませんか。わたくしも、あの方のことをもっと知りたいです」
青年は視線をまた空に戻して、しばらく黙っていた。
そしてようやく口を開いた。
「…あいつは、いつも、とんでもないことをしでかすから、目が離せなくて、ほんと、大変だったよ」
一人の青年が大きな木の幹に背を預け座り込み、遠く青い空を見上げていた。
その表情は何の感情も映していない。
美しい景色に、美しい青年、一幅の絵画を切り取ったように、静かな時間が流れていた。
目を離したら、消えてなくなりそうな、そんな危うさが彼にはあった。
彼の側に遠慮がちに近づき、そっと寄り添うように一人の少女が座った。
もしかしたら拒絶されるかもしれないと思いつつ、放っておけなかった。
少女が隣に座っても、彼はじっと動かず、空を眺めている。
「行ってしまわれたのですね」
静かに少女がそう言ったとき、ようやく彼が視線を移した。
その瞳には驚きの色が混ざっていた。
「君は、知っていたの?」
少女はそっと頷いた。
「だって、まったく違うのですもの。さすがに気が付きましたわ」
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彼はふっと寂しそうに笑った。
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「え?」
彼は少女の目をしっかりと見つめながら言った。
「マリアベルっていうんだ、あいつ」
「あの方は、マリアベル様というお名前だったのですね」
「ん、そう」
青年の微笑みがあまりに痛々しくて、少女は胸の前でぎゅっと両手を握った。
「あの、よかったらマリアベル様のことを、話してくれませんか。わたくしも、あの方のことをもっと知りたいです」
青年は視線をまた空に戻して、しばらく黙っていた。
そしてようやく口を開いた。
「…あいつは、いつも、とんでもないことをしでかすから、目が離せなくて、ほんと、大変だったよ」
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