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another side マルグリットの破滅

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    ユーディコッツ家の応接室に閉じ込められたジェイコブは、食事に盛られた薬によって、思うように身動きが取れなくなっていた。

 意識はあるものの、手足がしびれ、動くと眩暈が襲う。

 体もやけに怠く、重く、寝台に横たわっていることすら苦痛である。

 マルグリットが食事を運んでくるが、また毒が入れられているのではないかと思うと、口にする気になれず、もう何日食事を摂っていないことか。

 水だけは飲んでいるが、もしかしたら水に薬が盛られているのかもしれないという恐怖もある。

 筋肉隆々の男であったが、この数日で驚くほど痩せてしまった。

 筋肉が落ちないようにせめて手足だけでも動かしたいが、しびれてうまく動かせない。

 ジェイコブは絶望的な気持ちになっていた。


(俺が馬鹿だったのだ…。そもそも貴族令嬢との婚約など、分不相応だったのだ。友人に止められたときに、もっと助言を聞くべきだった)


 今さらそのようなことを考えたところでどうしようもないと言うのに、ジェイコブはグズグズと後悔した。

 そこへマルグリットがやって来た。


「ジェイ、今日はいい知らせがあるわ。あなたのお気に入りのアリステルさん。ガスター家から出て行ったわよ。うふふっ」

(出て行っただって?!どういうことだ)


 驚いて聞きたかったが、唇もしびれてうまく喋れないことにジェイコブは気が付いた。


(くそっ)

 その様子をマルグリットは冷たい目で見ていた。


「下町の男たちにいいように遊ばれて、絶望して姿を消したそうよ。汚らわしいわね」

(嘘だ!!)


 ジェイコブは目を見開いて、動かない体を精一杯動かして、マルグリットに詰め寄ろうとした。


(アリステル嬢に手を出すなって言ったじゃないか!)


 しかし言葉はマルグリットには伝わない。

 ジェイコブが苦しそうにわめく姿を見て、マルグリットは意地悪く笑った。


「おほほほほ、無様ね、ジェイ。わたくしを裏切った罰よ。あの女が他の男に穢されているところ、その目で見たかったかしら?」


(アリス先生!すまない、俺のせいで・・・!)


 ジェイコブが打ちのめされそうになったその時、部屋の外から人の怒鳴る声やガタガタと物が動いたような大きな音が聞こえてきた。


「何事かしら?騒がしいわね」


 マルグリットが首をかしげているうちに、応接間の扉が乱暴に開かれた。

 扉を開けたのはユーディコッツ子爵、マルグリットの父であった。

 その目は血走り、顔は青ざめている。

 子爵の背後には数名の男たちが退路を塞ぐように立っていた。

 王立軍の衛兵隊である。

 子爵はマルグリットを見つけると、すぐさま駆け寄ってその頬を力いっぱい叩いた。


「きゃっ!」


 マルグリットは生まれて初めて頬を叩かれ、床に這いつくばると目に涙をためて叫んだ。


「何をなさるの!お父様!」

「それはこっちのセリフだ!お前と言う奴は…!」


 衛兵の一人が、子爵を後ろから取り押さえる。


「ユーディコッツ子爵、落ち着いてください!」

「くっ・・・!」

「令嬢を取り押さえろ」

「はっ」


 衛兵たちは、マルグリットを後ろ手に縛り上げた。


「やめなさい!何をなさるの!一体わたくしが何をしたと言うの!」


 騒ぐマルグリットを一瞥して、衛兵隊のリーダーは言った。


「隣国ナバランド国王より陛下宛てに、ナバランド国伯爵令嬢アリステル・ヴァンダーウォール様の暗殺を謀ったとして、抗議分が届いている。犯人を捕らえ、厳格に処分せよとの陛下の命だ。マルグリット嬢は王宮の地下牢へ、ユーディコッツ子爵はこのまま屋敷に留まり処分を待つように」


 マルグリットは唖然として衛兵を見た。


「う、嘘よ。知らないわ!」

「調べは付いている。連れて行け!」


 指示を出した衛兵隊のリーダーは、寝台に横たわるジェイコブに近づいた。



「お前はジェイコブ・ガスターか?」



 ジェイコブはなんとか、小さく頷いて見せた。


「家族より捜索願が出ている。大丈夫か?動けないのか?おい、人を呼んで来い。救護院に運ぶぞ」


 数名の衛兵を呼び、ジェイコブは救出された。



 ◆ ◆ ◆



 大国ナバランドは北の地に鉱山を抱え、様々な鉱物を採掘している。

 南のオーウェルズ国とスコルト国では採れない多くの鉱物をナバランドからの輸入に頼っている。

 逆にオーウェルズからナバランドへは海産物や農産物を輸出している。

 鉱物の輸入量はナバランドの使者との交渉で一年ごと取り決められるが、ナバランドが採掘量を絞れば、たちまちオーウェルズは物資不足に陥る危うい関係でもあった。

 スコルト国を含め三か国は王家同士の婚姻を含め、長い間、互いの努力により友好関係を築いてきた。

 その友好の上に、経済の安定があるのだ。

 その友好関係を崩しかねない事件が起きたと、ナバランド国から抗議文が届き、オーウェルズ国王フィリップは怒りを顕にし、マルグリット捕縛次第、すぐに謁見の間へ連れてくるように指示を出した。

 マルグリットは何事かをわめきながら衛兵に引き摺られて入って来たが、国王の前とわかるとさすがに口を閉じ、頭を下げた。


「ユーディコッツ子爵令嬢、面をあげろ」

「…はい」


 マルグリットは震える声で返事をした。

 声だけではない。

 全身が恐怖からガタガタ震えていた。


「お主、自分が何をしでかしたかわかっているのか?」

「わたくしは…何も…」

「たわけが!他国の貴族に害を加えて何もしていないなどとたわけたことが通用すると思うな!」


 国王の一喝は空気を震わし、マルグリットを委縮させた。


「他国の貴族だとは知らなかったのです…!」

「ほう?しかし情報によれば、言語に明るく礼儀作法も優れており、明らかに貴族階級の娘だったと言うではないか。なぜ相手が貴族であると気づかなかった?お前の目は節穴か?ならばくり抜いてしまえ」

「ひっ…!」

「沙汰を言い渡す。子爵令嬢マルグリット、ただいまを以てその身分を剥奪し、鉱山での労役を課す。ユーディコッツ子爵家は取り潰しとする。以上だ。その女を連れて行け!!」

「はっ」


 国王の横に控えていた宰相は、思いのほか厳しい沙汰にやや驚いていた。


「なんだ?厳しすぎると思っているのか?」


 勘の鋭い国王に内心舌を巻いて宰相は答えた。


「はぁ、そうですね。愚かなだけの娘にはやや厳しいかと」

「愚かなことも罪よ。厳罰に処さねば、ナバランドが納得すまい」


 こうしてマルグリットは貴族ではなくなり、ただの罪人として鉱山へ送られた。

 鉱山での過酷な労働に耐えられるわけもなく、ほんの数か月で命を落としたと風の便りが聞こえてくる。

 一方、ユーディコッツ邸より救出されたジェイコブは、しばらくは毒の後遺症で不自由な生活を送ったが、徐々に回復した。

 ひそかに思いを寄せていたアリステルがナバランド国の伯爵令嬢であったことを知り、人知れず恋敗れたのだった。

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