森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる

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第23話 国境の大河

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 アリステルの悲鳴が消えると、もう何の音も聞こえない。

 アリステルはガクガクと震える足を引きずって、レオンが落ちた辺りを覗き込む。

 遥か遠く、眼下には水の流れが見えた。

 峡谷の底は川になっているのだ。

 魔獣もレオンの姿も見当たらない。

 川に落ちたのだろう。

 川の深さも、流れの速さも、ここからではわからない。

 しかしこの高さから落ちて、ただではすまないことは、世間知らずのアリステルでもわかってしまう。

 レオンが死んでしまうかもしれない。

 いや、レオンならなんとか無事でいてくれるのでは。

 心は千々に乱れる。

 アリステルの目から、次から次へと涙が流れ落ちていく。

 胸の奥から、焼けつくような悲しみと、全身を苛む苦しみが、アリステルを襲った。

 これまで感じたことのない胸の痛みに、アリステルは慟哭した。

 いつの間にかアリステルにとって、レオンはかけがえのない人となっていた。レオンの鼓動を聞いて馬に乗り、レオンの腕の中に守られて眠りにつく。

 そんな旅をしながら、アリステルはレオンの優しさとたくましさに、心からの信頼を寄せていた。

 そのことに、いま、ようやくアリステルは気が付いた。


(レオンさんを愛している…!あなたがいなくてはダメなの!どうか、無事でいて!)


 長い間、泣きながら祈り、祈っても何の助けにもならず、ただただ虚しく、涙が止まった頃には、もうアリステルには体力も気力も残されていなかった。

 ひたすら静かに地面にうずくまり、絶望していた。


(レオンさんがいないならば、わたくしも、もう…)


 アリステルはふらふらと立ち上がると、渓谷へと身を投げ出そうとした。


「何やってるんだよ!」


 がつりと腕をつかまれ、引っ張られると、アリステルは力なく崩れ落ちた。


「おい、嬢ちゃんしっかりしろ!」


 アリステルを支え、軽く頬を叩く。アリステルのぼんやりとした視点が焦点を結ぶ。


「エイダンさん・・・」


 アリステルを襲った男たちを警備隊に引き渡し、しつこく事情聴取をされた後、エイダンはレオンとアリステルの後を追っていた。

 レオンが野営の旅に地面に残していたサインを読み解きながら、馬を走らせ、少しずつ距離を縮めていたのだ。


「レオンはどうした」


 そう聞かれ、アリステルの瞳には、もう枯れたかと思った涙がまたじわりとにじみ出た。


「魔獣におそわれ、川に、魔獣と一緒に落ちて…」


 エイダンは、峡谷を覗き見た。かなりの高さがある。覚悟はしなくてはいけない。

 しかし、水嵩によっては、助かる可能性もゼロではない。


「レオンの奴がこんなことでくたばるもんか。あいつはもっとえらい修羅場も潜り抜けてきたんだ。悪運の強いことったら、オーウェルズ一、いや大陸一と言ってもいい。だから、そんなに泣くなよ。元気出しなって」


 エイダンの声に、たしかにアリステルは勇気づけられた。


「そうですわ…。こんなことでレオンさんは、くたばりませんわね…」


 力なくほほ笑むと、エイダンに助けを求めた。


「わたくし、下まで降りて、レオンさんを探したいのです。どうか、お力を貸してください」

「いいとも、お嬢様。川下に下った辺りで下に降りられる場所がある。でもその前に、飯食って、寝て、元気出さねーとな」


 アリステルは、焦る気持ちをなんとか抑え、頷いた。




◆ ◆ ◆




 エイダンに連れられて河岸に降り立つことができたのは、それから二日後だった。

 魔獣に襲われたときにはぐれた馬が戻って来たので、馬を連れて川下へと進んだ。

 丸一日歩くと小さな町があった。

 そこで宿を取り、その晩は久しぶりに寝台で休むことができた。

 体は泥のように重く疲れているが、アリステルは眠れずにいた。

 脳の中心がじんじんとしびれたように痛み、浅くまどろみかけては物音にびくっと反応して目が覚めるといったことを繰り返した。

 朝になって川のすぐそばまで来てみると、川幅がかなり広いことがわかった。

 それなりの深さもある。

 早くレオンを探さなければと、アリステルは気が急いた。


「まずは上流へ向かって行こう。落ちた辺りまで上って見つからなかったら、また戻って来て今度は下流へ向かう」

「わかりました」

「…嬢ちゃんは、宿で待っていなよ。俺がさっさと探してくるからよ」


 エイダンは、アリステルを連れてレオンを探すのは難しいと感じていた。

 川岸は歩きにくい岩場で、場所によっては水の中を歩かなくてはならない。

 川は一見穏やかに流れているように見えるが、その実、流れは速い。

 足を滑らせれば、あっという間に流されてしまうだろう。

 レオンがケガを負って助けを待っているかもしれないと思えば、なるべく早く見つけてやりたい。

 もうすでに二日が経っているのだ。
一刻を争う事態である。

 アリステルは思わぬことを言われ、エイダンの目をじっと見た。

 ここまで何も言わず連れて来てくれたエイダンが、理由もなくそのように言うわけがない。


(わたくし、足手まといなんだわ・・・)


 アリステルはこの二日間、レオンが心配でろくに眠れなかったし、食欲もなく、無理矢理に口に何か入れてはいたが、ほとんど食べられなかった。

 不安に突き動かされて、必死にここまでやってきたが、たしかに足手まといにしかなりそうになかった。

 レオンを一刻も早く見つけること、それだけを考え、アリステルは苦渋の決断をした。


「わかりました。エイダンさん、お願いします」


 アリステルが意地を張ったら面倒だと思っていたので、すぐに頷いてくれて、エイダンはほっとした。


「必ず宿に戻るから、そこで待ってろよ」


 そう言ってエイダンは足早に川上へと進んだ。

 アリステルはしばらくエイダンの背中を見送っていたが、自分もこの近辺くらいなら少しは探して歩けると思い、川下へ向かって捜索を始めた。

 こうしてレオンの捜索が始まったが、何の手がかりもなく、二人は川下へと進むことになる。

 海に近づいて来たところで橋を渡り、今度はスコルト国側の岸辺を川上へと上っていく。

 時はすでに2週間を過ぎていた。
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