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第38話 与えられた恩には全力で報うべし ~過去・出会い⑤~
しおりを挟む最後まで言う前に、ルシアが立ち上がって叫んだ。
「リアム!うちで働いてよ!断らないで!」
みながびっくりしてルシアを見た。
「ルシア、そのように騒いではいけませんよ。マナー違反です」
クレアが注意するが、ルシアは聞かなかった。
「だって、リアムにいて欲しいんだもん。リアムがうちで働いてくれたらいつでも会いたいときに会えるでしょう?ね、リアム。お願い!」
しかしリアムは首をたてに振らなかった。
「お嬢様にそう言ってもらえて嬉しいんだけど、王都へ行くつもりなんだ」
これは嘘ではなかった。
アンダレジアを出国してから2年が過ぎた。
船が着いたサガンに2年も留まってしまった。
幸い追っ手の姿を見てはいないが、そろそろ場所を変える潮時だと感じていた。
「え!いやよ。ルシアはリアムがいいの!王都に行っちゃったら、もう会えないかもしれないじゃない」
「自分は平民なので、そもそもお嬢様とお会いできるような立場にありません。もし仮にこのお屋敷で働かせていただいても、お嬢様とお会いするようなことは滅多にないかと思います」
やんわりリアムに拒絶されたと感じて、ルシアはひどく傷ついた。
堪えようと思っても、涙がじんわりと浮かんできてしまう。
ぐっと唇をかんで、涙がこぼれないように目を見張った。
それを見てリアムは珍しく動揺した。
自分が年下の女の子を泣かせてしまった自覚があった。
「お嬢様、泣かないでください。ごめんね。ぼくが言い過ぎたよ」
「うっ、うっ…ただ一緒にいたいだけなのに」
クレアが困った顔をしてルシアの側に歩み寄り、そっと肩を抱いた。
「ルシア、お母様と一緒にお部屋に戻りましょう。お顔をふいて、落ち着いたらまた来ましょうね」
「…はい」
クレアと共にルシアは退室した。
二人が出て行くと、リアムが眉尻を下げて謝った。
「すみません。ぼくがきつく言ってしまったから」
「なに、気にすることはない。間違ったことは言っていない。ああも懐いてしまうとはな…。ルシアの恩人だから率直に話すが…」
リアムはやや身構えて話の続きを待つ。
「ルシアを暴漢から助ける際に、君は魔術を使っているね。いや、いいんだ。隠していることを責めているわけではないんだ。しかし、魔術が使えると分かれば、王宮魔術師にもなれる。今の仕事よりは楽な生活ができるのではないかな?何か事情があるのだろう?」
「それはお答えしなくてはならない質問でしょうか」
「答えたくないなら答えなくてもよい。ただ、私は心配しているのだよ。どんなに隠そうと思っても、下町であのように魔術を使えば、かならずどこかから秘密は漏れる。魔術師を欲しているのは何も王宮だけではない。君の能力を悪用しようとする輩も現れるだろう。君は強いのだろうが、魔術封じをされてしまえばどうすることもできまい。君にはきちんとした後ろ盾が必要だと、私は思うのだよ」
ローガンの話をリアムは黙って聞いている。
頑固そうなその姿を見て、ローガンは苦笑した。
「それに、君の出自だ。他国の貴族か、王族か…。どうしたってわかってしまうものだよ。それに君の見た目は目立つ。君を探そうと下町に人をやったが、すぐに見つかったよ。葉を隠すなら森の中、という言葉を知っているだろう?君は下町にいるべきではない」
「王都なら人がたくさんいるから…」
「一緒だよ。王都へ行っても、君は必ず目立ってしまう。下町にいる限りは、な。どうだろう、うちで働くと言う話、考えてみないか」
リアムはどう答えようか逡巡した。
ローガンの言っていることは的を射ていた。
船問屋の下働きとして生活していくことにも限界は感じていたのだ。
しかし、初対面の者に身をゆだねてよいかどうか判断が付きかねた。
「君が話してもよいと思うまで詳しい事情は聞かないが、姿を隠しておきたいと言うのであれば、この国での新しい身分を用意しよう。それに君はまだ子供だ。大人になるまでに必要な教育を受けられるようにしてやろう。将来君がどう人生を歩むのかはわからないが、知識や技術は助けになるはずだよ。我が家にいればそれなりに護衛もいるし、そう簡単に国からも口を出されないだけの力もあるつもりだ。君のことを隠しながら守ることもできる。サガンから離れたいと言うなら、王都のタウンハウスで仕事をしてもよい」
「…なぜ、そのようによくしていただけるのでしょうか」
「それはな、ルシアの恩人だからというのがひとつ。与えられた恩には全力で報うべしと考えている。君が我が家で働けばルシアが喜ぶというのがひとつ。純粋に友達になってくれるとありがたい。ついでに、我が家のために少し魔道を使ってくれたら最高なんだが、それは無理強いしない」
ローガンはいたずらっ子のような笑顔を浮かべた。
それを見て、リアムの心も決まった。
「お礼として受け取るにはあまりにも過分ですが、お言葉に甘えてこちらで働かせていただきたいです」
「そうか。決心してくれるか。では本日よりスチュワート家の人間だ。君の身柄はそこのセバスチャンに任せるから、よく指示を聞いて動くように」
「かしこまりました」
その後、ルシアが顔を洗って出直してきたときには、すっかり話がまとまっていた。
スチュワート家で働くことになったと聞き、ルシアは満面の笑みを浮かべた。
その瞳は、今度は喜びの涙で濡れた。
「ここで働いてくれるの?」
「うん」
「ずっと一緒にいてくれる?」
「いいよ」
「本当?きっとよ!リアム大好き!」
そう言って、ルシアはリアムの飛びついた。
小さい体でぎゅっと抱き着いてくる。
リアムは受け止めながら、愛おしさがあふれてくるのを感じた。
(このお嬢様を守りながら暮らすのも悪くないな)
こうしてリアムはセバスチャンの指導の下、スチュワート家の執事見習いとして雇われることになり、セバスチャンの養子としてリアム・ロードという名を正式に名乗ることになった。
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