上 下
27 / 58

第25話 スパニエル大陸へ

しおりを挟む

 リアムの願いも空しく、数日たってもルシアは目覚めなかった。

 万能回復薬を飲んだにもかかわらず何日も眠りから覚めないなど、前例のないことだ。

 滞在していたナリスも、予定の5日間が過ぎ、後ろ髪引かれる思いで昨日アンダレジア国へと出立した。

 邸中の者たちが沈鬱な表情を浮かべている。

 そんな中、スチュワート家に新しい情報がもたらされた。

 凶器に使用されたナイフには何らかの魔術が発動する仕掛けが施されていたかもしれない、と。

 連日厳しい尋問が行われているが、アントワーヌは連行された時から正気を失っており碌な証言が取れていなかった。

 とにかく情緒が安定しないのだ。

 狂ったように笑い出したり、そうかと思えばメソメソと泣き出したり、大声でルシアやその他もろもろのことをののしったり。

 そんな中で、呪い、というと言葉が出たため、凶器のナイフを鑑定に掛けたところ、魔法陣の様なものが彫り込まれていることがわかった。

 リアムはすぐさま衛兵隊の本部に駆け付け、凶器のナイフを見せてもらった。

 非公式ではあるが、魔法陣に関してリアムより詳しい者はこのオーウェルズ国にはいない。

 刀身に彫り込まれるように、文様が描かれている。

 リアムはじっと刀身を見つめ、その文様を記憶に刻む。

「これは魔法陣ではない。呪術師の使う呪文だ」

 リアムは衛兵にナイフを返しながらそう言った。

「呪文?」

「そうだ。普通、呪術師は呪いを発動するのに物理攻撃を必要としない。今回のように呪いたい相手に傷を負わせなければ呪いが発動しないのは、呪いたい相手を術者が特定できていない場合だ。その場合は呪文を刻んだ形代に対象者の血液を垂らすのが一般的だ。このナイフのように凶器に呪文を刻み、相手を傷つけることで呪いが発動する」

「おい、待てよ。呪いって、そんなもの本当にあるのかよ」

「ある」

 リアムが迷いなく断定すると、衛兵は言葉を失った。

 呪術と魔術は異なる。

 魔術が術者に内在している魔力を糧に発動する術であるのに対し、呪術は森羅万象からエネルギーを得て術者の念を現象化するわざである。

 オーウェルズ国には魔術師は少ないながらもいる。

 しかし、呪術師は存在しない。

 呪術などはおとぎ話のような物、と考えられている。

 だから呪術師などは公式には存在しないし、呪術師であると名乗り出たら、その者は詐欺師と同様に扱われるだろう。

 オーウェルズでは、の話だ。

 他国には呪術を行っている国がある。

 スパニエル大陸の北方の国々だ。

「ナイフの入手経路はわかっているのか?」

「女は自宅にあったナイフを使用したと言っていますが、裏は取れていません」

「呪文を刻めるのはポルタかマドラだろう。そっちの方面で調べてみてくれ」

「わかりました」

 衛兵と挨拶を交わすと、リアムは衛兵隊本部からスチュワート家に転移し、ローガンの執務室の扉をノックした。

「入れ」

 部屋の中からローガンの返事が聞こえた。

 リアムは中へと入りお辞儀をした。

「旦那様、失礼いたします。お嬢様に関して報告があります」

「何かわかったのか」

「はい。傷が癒えたにも関わらずお嬢様が目覚めないのは、呪いがかけられていたためです。凶器に使われたナイフには呪いが発動する呪文が刻まれていました」

「呪いだと?!」

「左様でございます。呪いに違いありません」

 ローガンは低くうめき声を上げた。

「なぜルシアが呪われるのだ」

「旦那様、申し訳ありませんでした。私が短慮で令嬢方の髪を燃やしてしまったために、恨みを買いました。すべてわたくしの責任です」

「このたびの下手人はあの時髪を失った令嬢の一人だったか。よくお前が燃やしたと真実にたどり着いたものだ」

「まさかお嬢様に敵意が向くとは思わず…」

「使用人のしでかしたことは主人が責任を取るのだ。ルシアが責任を取る形になっただけだ」

 リアムは己への怒りでどうにかなってしまいそうだった。

 悔しさを、唇をかむことで押し込める。

「しかし呪いとは…一体どうすればよいのだ」

「呪いは、解呪しなくてはなりません」

「ならばすぐに解呪に取り掛かってくれ」

 リアムは苦し気に顔をしかめた。

「できません」

「なに!?」

「私にはできません」

「お前にできないなら、だれができるのだ。お前以上の魔術師などいないではないか」

「これは魔術ではないのです。だから魔術師に解呪はできません。この国には解呪できる者はいないでしょう。旦那様、どうか、私をスパニエル大陸へ行かせてください」

「スパニエル大陸には解呪できる者がいるのか?」

「心当たりが一人だけいます」

「わかった。行くがよい。頼んだぞ!」

「はい」

 リアムはすぐさま支度を整え、その日のうちにスパニエル大陸行きの船に乗り込んだのだった。

 サガンを出発した船がスパニエル大陸の最南端アンダレジア国へ到着するには、通常10日かかる。

 風向きが悪かったり、無風の日が続いたりすると、もっと遅くなる。

 リアムが風魔術を駆使して帆に常に強い風を当て続けたため、リアムが乗り込んだ船は予定より速く海を進んでいた。

 順風満帆とはまさにこれのこと。

 アンダレジア国の港へ到着したのは、サガンを出て6日しかたっていなかった。

 前日に出発したナリスの船はまだ航路半ば。

 大海原のどこかで抜き去っていた。

 乗り込んでいた船乗りたちは大いに喜び、海の女神に感謝の歌をささげている。

 歌声を背に、リアムは一人足早に船を後にした。

 一刻も早くルシアの呪いを解呪しなくては、その思いがリアムを急かした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?

三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。 そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。

曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」 きっかけは幼い頃の出来事だった。 ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。 その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。 あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。 そしてローズという自分の名前。 よりにもよって悪役令嬢に転生していた。 攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。 婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。 するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?

[完結]18禁乙女ゲームのモブに転生したら逆ハーのフラグを折ってくれと頼まれた。了解ですが、溺愛は望んでません。

紅月
恋愛
「なに此処、18禁乙女ゲームじゃない」 と前世を思い出したけど、モブだから気楽に好きな事しようって思ってたのに……。 攻略対象から逆ハーフラグを折ってくれと頼まれたので頑張りますが、なんか忙しいんですけど。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

処理中です...