上 下
19 / 58

第17話 国王からの召喚状

しおりを挟む

 領主であるはずのアンドレイ侯爵を排除して、領地の割譲についての話し合いは行われた。

 巨額の借金と引き換えに、広範囲の領地がゴート商会に接収されることとなった。

 これで借金はチャラになるが、ゴート商会を通して生活用品が購入されており、その代金は新たな借金としてゴート商会が債権を持つ。

 愚かな侯爵夫人と令嬢は、値の張るドレスや宝石類をいまだに買い漁り、ゴート商会はあえて自由に買い物をさせ、借金が膨れ上がっていくままにしている。

 もちろんゴート商会とはリアムが設立したスチュワート家の隠れ蓑である。

 直接的にはスチュワート家との関連性は見えないようになっている。

 アンドレイ侯爵家の領地の大部分がゴート商会を仲介して、スチュワート伯爵が買い上げた形になった。

 税収の上がる豊かな農地も、栄えた繁華街も手放してしまったアンドレイ侯爵家は、収入源を断たれすでに再起不能となったが、侯爵自身はまだそのことに気が付いていない。

 大きな決断を下すことになった家令は、いつの間にか侯爵家から姿を消していた。

 侯爵家の経営を一手に引き受けていた家令が失踪し、侯爵家は上を下への大騒ぎである。


◆◆◆


 その頃、ローガン・スチュワート伯爵のもとに、国王からの召喚状が届いた。

 さすがに国王の情報網に侯爵領の買い上げが引っ掛かったのだろう。

 もともとオーウェルズ屈指の大富豪であるスチュワートが、広大な侯爵領を手中に収めたとなれば、王家も黙っていられない。

 ローガンは身だしなみを整えると、やれやれと王宮に上がった。

「ローガン・スチュワート、国王陛下の召喚に応え参内いたしました」

 ローガンが国王の前に頭を垂れた。

 国王は謁見の間に設えられた玉座に座り、その斜め後ろに第一王子と第二王子が控えている。

「顔を上げよ。ローガン、ずいぶん派手にやってくれたな」

「はて。何のことですかな」

「そのようにわかりやすくとぼけるな。経緯は知っておる。一体どういうつもりなのか、申し開いてみよ」

「私としましては、人助け以外に何の思惑もありません。アンドレイ侯爵家が莫大な借金を踏み倒さんとし、多くの民が困っておりました。侯爵家からの支払いがないせいで資金繰りが悪化し一家心中を覚悟した者までいるのです。たまたまその窮状が耳に入ったものですから、融資を申し出たわけです」

「たまたま耳に入るとは、なんとよくできた話だな」

 国王はあきれたように言う。

「そう申されましても、放っておけるほど薄情でもなかったものですから」

「だとしても、領地を巻き上げたのはやりすぎだな」

「巻き上げるなど、心外ですな。こう申しては身も蓋もないが、アンドレイ侯爵殿には健全な領地経営ができないことは一目瞭然。私が肩代わりした借金だって返せはしなかったでしょう。そこで領地を預かり、収益を上げ、借金返済の手伝いをしようとしたまで。返済が終われば領地を返しますとも」

「この狸め。子飼いの商会を使ってまた借金漬けにしておいて、返済が終われば領地を返すなどと。永遠に借金は終わらないのであろう」

「はて。まさか領地を失ってまで散財を繰り返すなどと誰が思いますか」

「領地を失った認識もなさそうだがな。まぁよい。侯爵家に運営能力がないことは顕著である。本日をもってアンドレイ侯爵家は爵位を返上、スチュワートが買い上げた元侯爵領は王家直轄地とする。スチュワート家が肩代わりした借金については相応の補償をしよう。よいな」

 ローガンは頭を下げて同意した。

 スチュワート家にとって収支は赤字であるが、目的は達成したのでローガンは満足そうな表情である。

 元侯爵夫妻とスカーレットは平民となり、強制労働施設へ送られ、労働賃金が王家への返済に充てられる。

 賃金など微々たるものだから、死ぬまで施設から出ることは叶わないであろう。

 こうしてアンドレイ侯爵家は没落した。

 それなりの大きな派閥を持つ侯爵家だが、資金繰りが悪化してからは政治にもたいした影響力を持たなくなっていたため、王家にとってはさしたる問題ではない。

 派閥下にいた下級貴族たちは今後、出世の道が断たれた形となるが、それもどうでもいい。

 国王も二人の王子たちも、すました顔であった。

「ところでスチュワート伯爵」

 第二王子のナリスがローガンに話しかけた。

「はい」

「先日はご令嬢とダンスの約束をしていたにもかかわらず、約束をたがえてしまった」

「そのように気にかけていただいただけで娘も満足でございましょう」

「私が気にかかるのだよ。埋め合わせをさせてはくれないか」

「もったいないことでございます」

「茶会を用意しようと思うが、ルシア嬢は来てくれるだろうか」

「大変ありがたいお申し出ですが…ルシアはすでに王都を離れ、領地におります。ご存知の通り領地は遠く参内するには時間がかかりますゆえ、またの機会に」

 無理を押して王都へ来いとは言えまいと踏んでそう答えたが、ナリスは簡単には引き下がらなかった。

「それはちょうどよかった。実は来月、アンダレジア国第二王子の結婚式に参列する予定でね。伯爵の領地から船に乗ることになっているんだ。その時にでも会いに行くよ」

 アンダレジア国はスパニエル大陸の最南端の国である。

 スチュワート領の港町サガンからアンダレジア行きの船が出る。

 必然、スパニエル大陸へ向かうときはサガンに数日滞在することになる。

 サガンで旅支度を整え、出港を待つ。

 王子が滞在するとなれば、領主の屋敷に迎えることになるだろう。

「…それは光栄です。ぜひお越しください」

 ついにローガンが折れた。

「息子が世話になる。頼んだぞ、ローガン」

 ナリスが令嬢に興味を持つことが珍しかったので、国王もルシアに関心を寄せていた。

 スチュワート伯爵家は政治的には要職に就いていないが、国一番の資産家で保有資産はずば抜けている。

 もしナリスの後ろ盾となれば、メリットは大きい。

 ローガンが王家との婚姻に後ろ向きなことは見て取れるが、いざとなれば王命で婚約すればよい。

 国王は楽しそうに口元を緩めた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

【完結】公爵令嬢はただ静かにお茶が飲みたい

珊瑚
恋愛
穏やかな午後の中庭。 美味しいお茶とお菓子を堪能しながら他の令嬢や夫人たちと談笑していたシルヴィア。 そこに乱入してきたのはーー

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

元妻からの手紙

きんのたまご
恋愛
家族との幸せな日常を過ごす私にある日別れた元妻から一通の手紙が届く。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

処理中です...