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第11話 才能の無駄遣いとはこれのこと
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海は穏やかで、波はほとんどない。
水際で足を濡らすと、その冷たさに思わず小さな悲鳴が出る。
「きゃっ、冷たいわ」
「わ~!冷たいけど、気持ちいいね!ルシア、ほら、ここらへんから少し深くなっているよ」
ベンジャミンは全身スーツなのであまり冷たくないらしい。
先へとずんずん進んでいくベンジャミンをリアムは止めた。
「ベンジャミン様、こちらのバナナボートをお使いになりませんか?」
「わ、いいね!ルシアも一緒に乗ろうよ」
「いいえ、わたくしはドーナツに乗るので、ステラと乗ってくださいまし」
「オッケー」
ベンジャミンとステラがバナナボートにまたがって水面にプカプカ浮かぶと、リアムがおもむろに何かのスイッチを取り出した。
「特別にジェット噴射をつけてみました。海の旅をお楽しみくださいね」
にっこりと笑ってボタンを押すと、バナナボートの後部からすごい勢いで何かが噴射し、水上を滑るように進んで行った。
リアムの魔力をこめた魔道具とも呼べる代物だ。
「「ぎゃー!」」
二人の悲鳴がハモった。
見る見るうちに沿岸部へと進んで行く。
「え…何、あれ?」
呆然とバナナボートを見送るルシア。
「観光客向け売り出してはどうかと、私が開発しました『モータージェット』という魔道具です。ベンジャミン様が快く試乗に協力してくださいまして、ありがたいですね。あとでベンジャミン様に感想を聞いてみましょう」
「でもリアム、危なくないの?」
「大丈夫ですよ。きちんと風避けの魔法陣も重量安定の魔法陣も組んでいますから、落ちたり息苦しかったりはしないはずです。ですが、念のため安全面を考慮して全身スーツも着ていただいています」
「ステラは着てないわ」
「ご心配なく。お嬢様の水着も、ステラの水着も、物理攻撃無効の魔法をかけておきましたので」
「…そう。なら安心ね。でも観光客に販売するときには、全身スーツとセットの方がいいわね。ミススミスも喜ぶし」
観光客向けの販売などもちろん口から出まかせである。
ベンジャミンをルシアの側から追いやるためだけに突貫で作られた魔道具である。
才能の無駄遣いとはこれのことである。
「さ、お嬢様はドーナツに乗るのですよね?こちらへどうぞ」
ルシアは恐る恐るドーナツ型に座るように乗った。
リアムが浮き輪部分をそっと押して泳ぐ。
「いかがですか?」
「楽しいわ。それに気持ちがいい。なんだかのどかで、お昼寝しちゃいたいわ」
ルシアはとても楽しそうで、リアムも機嫌よく浮き輪を押すのだった。
一方、のどかとは程遠いバナナボートに乗った二人は、岸に戻ろうとボートを漕いでいた。
「くそっ、あの執事めっ!念のためって、これのことだったんだな!」
ベンジャミンが悪態をつくが、遠くリアムには届かない。
ステラは肩をすくめた。
(あ~あ。私まで邪魔者扱いしなくてもいいのに。仕方ない。二人きりの時間を作ってあげよう)
ステラはベンジャミンに気づかれないよう、そっとオールを反対向きに動かすのだった。
ようやくベンジャミンとステラが岸にたどり着いたときには、すでにルシアは海から上がり、砂浜に設置されたパラソルの下で、優雅にジュースを飲んでいた。
疲れ果てた様子のベンジャミンを少し気の毒そうに見た。
「ベンジャミン、大丈夫?この後、遊覧船で沖に出てみようと思うのだけど」
「う…、僕は少し休もうかな」
「そうね、その方がいいわ。ステラ、ベンジャミンに付いていてあげて」
「かしこまりました」
「どうぞ、ホテルの部屋をお使いください」
「うん、そうさせてもらうよ」
ベンジャミンはよろよろとホテルに入って行った。
ルシアはリアムに手を引かれ、遊覧船に乗り込んだ。
リアムが合図を送ると遊覧船は快調に滑り出した。
どこまでも続く碧い海。
ルシアの髪を強く風がたなびかせる。
「リアム」
「はい、お嬢様」
すぐそばでリアムが返事をした。
「隣に来て、一緒に海を見ましょう!」
「かしこまりました」
リアムはルシアの風上に立ち、強すぎる風をそれとなく遮る。
そんな優しさがルシアは好きだった。
「わたくし、少し思い出したのよ。あなたと出会ったときのこと。あなたは町で暮らしていたのに、わたくしがわがままを言って家に来てもらったのよね」
「そうでしたかね」
「ええ、そうよ。あなたが来てくれて、わたくしの専属執事になってくれて、本当に嬉しかったの。でもね、今になって不安なの。わたくし、あなたの未来を奪ってしまったのではないかしら。町での生活を奪ってしまったのではないかしら。本当はわたくしの執事になんてなりたくなかったのではないかしらって…」
ルシアの瞳が不安げに揺れた。
リアムは柵を掴んでいたルシアの手を上からぎゅっと握った。
「不安になるなよ。俺はお前の執事になれて嬉しかった。町にいた頃は船乗りの使い走りをしていたくらいで、別にやりたいことなんかなかった。俺はお前のためならなんだってするよ」
「リアム…」
ルシアはリアムを見つめて、瞳に涙をためた。
「なんで泣くの」
リアムはとろけるような微笑みを浮かべた。
愛しい者を見つめるような眼差しに、ルシアは少し照れてはにかんだ。
「だって、嬉しいんだもの」
そう言うとルシアはリアムの体にぎゅっと抱き着いた。
「ずっと一緒にいてね。リアム」
「いいよ」
リアムもそっとルシアの体を抱きしめたが、すぐに体を離し、用意してあったルシアの上着を肩に羽織らせた。
「そろそろ体が冷えて来たようです。何か飲みますか?」
急に執事らしく戻ってしまったリアムに少しだけ寂しさを感じたが、さっきまでの不安はきれいになくなっていた。
水際で足を濡らすと、その冷たさに思わず小さな悲鳴が出る。
「きゃっ、冷たいわ」
「わ~!冷たいけど、気持ちいいね!ルシア、ほら、ここらへんから少し深くなっているよ」
ベンジャミンは全身スーツなのであまり冷たくないらしい。
先へとずんずん進んでいくベンジャミンをリアムは止めた。
「ベンジャミン様、こちらのバナナボートをお使いになりませんか?」
「わ、いいね!ルシアも一緒に乗ろうよ」
「いいえ、わたくしはドーナツに乗るので、ステラと乗ってくださいまし」
「オッケー」
ベンジャミンとステラがバナナボートにまたがって水面にプカプカ浮かぶと、リアムがおもむろに何かのスイッチを取り出した。
「特別にジェット噴射をつけてみました。海の旅をお楽しみくださいね」
にっこりと笑ってボタンを押すと、バナナボートの後部からすごい勢いで何かが噴射し、水上を滑るように進んで行った。
リアムの魔力をこめた魔道具とも呼べる代物だ。
「「ぎゃー!」」
二人の悲鳴がハモった。
見る見るうちに沿岸部へと進んで行く。
「え…何、あれ?」
呆然とバナナボートを見送るルシア。
「観光客向け売り出してはどうかと、私が開発しました『モータージェット』という魔道具です。ベンジャミン様が快く試乗に協力してくださいまして、ありがたいですね。あとでベンジャミン様に感想を聞いてみましょう」
「でもリアム、危なくないの?」
「大丈夫ですよ。きちんと風避けの魔法陣も重量安定の魔法陣も組んでいますから、落ちたり息苦しかったりはしないはずです。ですが、念のため安全面を考慮して全身スーツも着ていただいています」
「ステラは着てないわ」
「ご心配なく。お嬢様の水着も、ステラの水着も、物理攻撃無効の魔法をかけておきましたので」
「…そう。なら安心ね。でも観光客に販売するときには、全身スーツとセットの方がいいわね。ミススミスも喜ぶし」
観光客向けの販売などもちろん口から出まかせである。
ベンジャミンをルシアの側から追いやるためだけに突貫で作られた魔道具である。
才能の無駄遣いとはこれのことである。
「さ、お嬢様はドーナツに乗るのですよね?こちらへどうぞ」
ルシアは恐る恐るドーナツ型に座るように乗った。
リアムが浮き輪部分をそっと押して泳ぐ。
「いかがですか?」
「楽しいわ。それに気持ちがいい。なんだかのどかで、お昼寝しちゃいたいわ」
ルシアはとても楽しそうで、リアムも機嫌よく浮き輪を押すのだった。
一方、のどかとは程遠いバナナボートに乗った二人は、岸に戻ろうとボートを漕いでいた。
「くそっ、あの執事めっ!念のためって、これのことだったんだな!」
ベンジャミンが悪態をつくが、遠くリアムには届かない。
ステラは肩をすくめた。
(あ~あ。私まで邪魔者扱いしなくてもいいのに。仕方ない。二人きりの時間を作ってあげよう)
ステラはベンジャミンに気づかれないよう、そっとオールを反対向きに動かすのだった。
ようやくベンジャミンとステラが岸にたどり着いたときには、すでにルシアは海から上がり、砂浜に設置されたパラソルの下で、優雅にジュースを飲んでいた。
疲れ果てた様子のベンジャミンを少し気の毒そうに見た。
「ベンジャミン、大丈夫?この後、遊覧船で沖に出てみようと思うのだけど」
「う…、僕は少し休もうかな」
「そうね、その方がいいわ。ステラ、ベンジャミンに付いていてあげて」
「かしこまりました」
「どうぞ、ホテルの部屋をお使いください」
「うん、そうさせてもらうよ」
ベンジャミンはよろよろとホテルに入って行った。
ルシアはリアムに手を引かれ、遊覧船に乗り込んだ。
リアムが合図を送ると遊覧船は快調に滑り出した。
どこまでも続く碧い海。
ルシアの髪を強く風がたなびかせる。
「リアム」
「はい、お嬢様」
すぐそばでリアムが返事をした。
「隣に来て、一緒に海を見ましょう!」
「かしこまりました」
リアムはルシアの風上に立ち、強すぎる風をそれとなく遮る。
そんな優しさがルシアは好きだった。
「わたくし、少し思い出したのよ。あなたと出会ったときのこと。あなたは町で暮らしていたのに、わたくしがわがままを言って家に来てもらったのよね」
「そうでしたかね」
「ええ、そうよ。あなたが来てくれて、わたくしの専属執事になってくれて、本当に嬉しかったの。でもね、今になって不安なの。わたくし、あなたの未来を奪ってしまったのではないかしら。町での生活を奪ってしまったのではないかしら。本当はわたくしの執事になんてなりたくなかったのではないかしらって…」
ルシアの瞳が不安げに揺れた。
リアムは柵を掴んでいたルシアの手を上からぎゅっと握った。
「不安になるなよ。俺はお前の執事になれて嬉しかった。町にいた頃は船乗りの使い走りをしていたくらいで、別にやりたいことなんかなかった。俺はお前のためならなんだってするよ」
「リアム…」
ルシアはリアムを見つめて、瞳に涙をためた。
「なんで泣くの」
リアムはとろけるような微笑みを浮かべた。
愛しい者を見つめるような眼差しに、ルシアは少し照れてはにかんだ。
「だって、嬉しいんだもの」
そう言うとルシアはリアムの体にぎゅっと抱き着いた。
「ずっと一緒にいてね。リアム」
「いいよ」
リアムもそっとルシアの体を抱きしめたが、すぐに体を離し、用意してあったルシアの上着を肩に羽織らせた。
「そろそろ体が冷えて来たようです。何か飲みますか?」
急に執事らしく戻ってしまったリアムに少しだけ寂しさを感じたが、さっきまでの不安はきれいになくなっていた。
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