13 / 58
第11話 才能の無駄遣いとはこれのこと
しおりを挟む
海は穏やかで、波はほとんどない。
水際で足を濡らすと、その冷たさに思わず小さな悲鳴が出る。
「きゃっ、冷たいわ」
「わ~!冷たいけど、気持ちいいね!ルシア、ほら、ここらへんから少し深くなっているよ」
ベンジャミンは全身スーツなのであまり冷たくないらしい。
先へとずんずん進んでいくベンジャミンをリアムは止めた。
「ベンジャミン様、こちらのバナナボートをお使いになりませんか?」
「わ、いいね!ルシアも一緒に乗ろうよ」
「いいえ、わたくしはドーナツに乗るので、ステラと乗ってくださいまし」
「オッケー」
ベンジャミンとステラがバナナボートにまたがって水面にプカプカ浮かぶと、リアムがおもむろに何かのスイッチを取り出した。
「特別にジェット噴射をつけてみました。海の旅をお楽しみくださいね」
にっこりと笑ってボタンを押すと、バナナボートの後部からすごい勢いで何かが噴射し、水上を滑るように進んで行った。
リアムの魔力をこめた魔道具とも呼べる代物だ。
「「ぎゃー!」」
二人の悲鳴がハモった。
見る見るうちに沿岸部へと進んで行く。
「え…何、あれ?」
呆然とバナナボートを見送るルシア。
「観光客向け売り出してはどうかと、私が開発しました『モータージェット』という魔道具です。ベンジャミン様が快く試乗に協力してくださいまして、ありがたいですね。あとでベンジャミン様に感想を聞いてみましょう」
「でもリアム、危なくないの?」
「大丈夫ですよ。きちんと風避けの魔法陣も重量安定の魔法陣も組んでいますから、落ちたり息苦しかったりはしないはずです。ですが、念のため安全面を考慮して全身スーツも着ていただいています」
「ステラは着てないわ」
「ご心配なく。お嬢様の水着も、ステラの水着も、物理攻撃無効の魔法をかけておきましたので」
「…そう。なら安心ね。でも観光客に販売するときには、全身スーツとセットの方がいいわね。ミススミスも喜ぶし」
観光客向けの販売などもちろん口から出まかせである。
ベンジャミンをルシアの側から追いやるためだけに突貫で作られた魔道具である。
才能の無駄遣いとはこれのことである。
「さ、お嬢様はドーナツに乗るのですよね?こちらへどうぞ」
ルシアは恐る恐るドーナツ型に座るように乗った。
リアムが浮き輪部分をそっと押して泳ぐ。
「いかがですか?」
「楽しいわ。それに気持ちがいい。なんだかのどかで、お昼寝しちゃいたいわ」
ルシアはとても楽しそうで、リアムも機嫌よく浮き輪を押すのだった。
一方、のどかとは程遠いバナナボートに乗った二人は、岸に戻ろうとボートを漕いでいた。
「くそっ、あの執事めっ!念のためって、これのことだったんだな!」
ベンジャミンが悪態をつくが、遠くリアムには届かない。
ステラは肩をすくめた。
(あ~あ。私まで邪魔者扱いしなくてもいいのに。仕方ない。二人きりの時間を作ってあげよう)
ステラはベンジャミンに気づかれないよう、そっとオールを反対向きに動かすのだった。
ようやくベンジャミンとステラが岸にたどり着いたときには、すでにルシアは海から上がり、砂浜に設置されたパラソルの下で、優雅にジュースを飲んでいた。
疲れ果てた様子のベンジャミンを少し気の毒そうに見た。
「ベンジャミン、大丈夫?この後、遊覧船で沖に出てみようと思うのだけど」
「う…、僕は少し休もうかな」
「そうね、その方がいいわ。ステラ、ベンジャミンに付いていてあげて」
「かしこまりました」
「どうぞ、ホテルの部屋をお使いください」
「うん、そうさせてもらうよ」
ベンジャミンはよろよろとホテルに入って行った。
ルシアはリアムに手を引かれ、遊覧船に乗り込んだ。
リアムが合図を送ると遊覧船は快調に滑り出した。
どこまでも続く碧い海。
ルシアの髪を強く風がたなびかせる。
「リアム」
「はい、お嬢様」
すぐそばでリアムが返事をした。
「隣に来て、一緒に海を見ましょう!」
「かしこまりました」
リアムはルシアの風上に立ち、強すぎる風をそれとなく遮る。
そんな優しさがルシアは好きだった。
「わたくし、少し思い出したのよ。あなたと出会ったときのこと。あなたは町で暮らしていたのに、わたくしがわがままを言って家に来てもらったのよね」
「そうでしたかね」
「ええ、そうよ。あなたが来てくれて、わたくしの専属執事になってくれて、本当に嬉しかったの。でもね、今になって不安なの。わたくし、あなたの未来を奪ってしまったのではないかしら。町での生活を奪ってしまったのではないかしら。本当はわたくしの執事になんてなりたくなかったのではないかしらって…」
ルシアの瞳が不安げに揺れた。
リアムは柵を掴んでいたルシアの手を上からぎゅっと握った。
「不安になるなよ。俺はお前の執事になれて嬉しかった。町にいた頃は船乗りの使い走りをしていたくらいで、別にやりたいことなんかなかった。俺はお前のためならなんだってするよ」
「リアム…」
ルシアはリアムを見つめて、瞳に涙をためた。
「なんで泣くの」
リアムはとろけるような微笑みを浮かべた。
愛しい者を見つめるような眼差しに、ルシアは少し照れてはにかんだ。
「だって、嬉しいんだもの」
そう言うとルシアはリアムの体にぎゅっと抱き着いた。
「ずっと一緒にいてね。リアム」
「いいよ」
リアムもそっとルシアの体を抱きしめたが、すぐに体を離し、用意してあったルシアの上着を肩に羽織らせた。
「そろそろ体が冷えて来たようです。何か飲みますか?」
急に執事らしく戻ってしまったリアムに少しだけ寂しさを感じたが、さっきまでの不安はきれいになくなっていた。
水際で足を濡らすと、その冷たさに思わず小さな悲鳴が出る。
「きゃっ、冷たいわ」
「わ~!冷たいけど、気持ちいいね!ルシア、ほら、ここらへんから少し深くなっているよ」
ベンジャミンは全身スーツなのであまり冷たくないらしい。
先へとずんずん進んでいくベンジャミンをリアムは止めた。
「ベンジャミン様、こちらのバナナボートをお使いになりませんか?」
「わ、いいね!ルシアも一緒に乗ろうよ」
「いいえ、わたくしはドーナツに乗るので、ステラと乗ってくださいまし」
「オッケー」
ベンジャミンとステラがバナナボートにまたがって水面にプカプカ浮かぶと、リアムがおもむろに何かのスイッチを取り出した。
「特別にジェット噴射をつけてみました。海の旅をお楽しみくださいね」
にっこりと笑ってボタンを押すと、バナナボートの後部からすごい勢いで何かが噴射し、水上を滑るように進んで行った。
リアムの魔力をこめた魔道具とも呼べる代物だ。
「「ぎゃー!」」
二人の悲鳴がハモった。
見る見るうちに沿岸部へと進んで行く。
「え…何、あれ?」
呆然とバナナボートを見送るルシア。
「観光客向け売り出してはどうかと、私が開発しました『モータージェット』という魔道具です。ベンジャミン様が快く試乗に協力してくださいまして、ありがたいですね。あとでベンジャミン様に感想を聞いてみましょう」
「でもリアム、危なくないの?」
「大丈夫ですよ。きちんと風避けの魔法陣も重量安定の魔法陣も組んでいますから、落ちたり息苦しかったりはしないはずです。ですが、念のため安全面を考慮して全身スーツも着ていただいています」
「ステラは着てないわ」
「ご心配なく。お嬢様の水着も、ステラの水着も、物理攻撃無効の魔法をかけておきましたので」
「…そう。なら安心ね。でも観光客に販売するときには、全身スーツとセットの方がいいわね。ミススミスも喜ぶし」
観光客向けの販売などもちろん口から出まかせである。
ベンジャミンをルシアの側から追いやるためだけに突貫で作られた魔道具である。
才能の無駄遣いとはこれのことである。
「さ、お嬢様はドーナツに乗るのですよね?こちらへどうぞ」
ルシアは恐る恐るドーナツ型に座るように乗った。
リアムが浮き輪部分をそっと押して泳ぐ。
「いかがですか?」
「楽しいわ。それに気持ちがいい。なんだかのどかで、お昼寝しちゃいたいわ」
ルシアはとても楽しそうで、リアムも機嫌よく浮き輪を押すのだった。
一方、のどかとは程遠いバナナボートに乗った二人は、岸に戻ろうとボートを漕いでいた。
「くそっ、あの執事めっ!念のためって、これのことだったんだな!」
ベンジャミンが悪態をつくが、遠くリアムには届かない。
ステラは肩をすくめた。
(あ~あ。私まで邪魔者扱いしなくてもいいのに。仕方ない。二人きりの時間を作ってあげよう)
ステラはベンジャミンに気づかれないよう、そっとオールを反対向きに動かすのだった。
ようやくベンジャミンとステラが岸にたどり着いたときには、すでにルシアは海から上がり、砂浜に設置されたパラソルの下で、優雅にジュースを飲んでいた。
疲れ果てた様子のベンジャミンを少し気の毒そうに見た。
「ベンジャミン、大丈夫?この後、遊覧船で沖に出てみようと思うのだけど」
「う…、僕は少し休もうかな」
「そうね、その方がいいわ。ステラ、ベンジャミンに付いていてあげて」
「かしこまりました」
「どうぞ、ホテルの部屋をお使いください」
「うん、そうさせてもらうよ」
ベンジャミンはよろよろとホテルに入って行った。
ルシアはリアムに手を引かれ、遊覧船に乗り込んだ。
リアムが合図を送ると遊覧船は快調に滑り出した。
どこまでも続く碧い海。
ルシアの髪を強く風がたなびかせる。
「リアム」
「はい、お嬢様」
すぐそばでリアムが返事をした。
「隣に来て、一緒に海を見ましょう!」
「かしこまりました」
リアムはルシアの風上に立ち、強すぎる風をそれとなく遮る。
そんな優しさがルシアは好きだった。
「わたくし、少し思い出したのよ。あなたと出会ったときのこと。あなたは町で暮らしていたのに、わたくしがわがままを言って家に来てもらったのよね」
「そうでしたかね」
「ええ、そうよ。あなたが来てくれて、わたくしの専属執事になってくれて、本当に嬉しかったの。でもね、今になって不安なの。わたくし、あなたの未来を奪ってしまったのではないかしら。町での生活を奪ってしまったのではないかしら。本当はわたくしの執事になんてなりたくなかったのではないかしらって…」
ルシアの瞳が不安げに揺れた。
リアムは柵を掴んでいたルシアの手を上からぎゅっと握った。
「不安になるなよ。俺はお前の執事になれて嬉しかった。町にいた頃は船乗りの使い走りをしていたくらいで、別にやりたいことなんかなかった。俺はお前のためならなんだってするよ」
「リアム…」
ルシアはリアムを見つめて、瞳に涙をためた。
「なんで泣くの」
リアムはとろけるような微笑みを浮かべた。
愛しい者を見つめるような眼差しに、ルシアは少し照れてはにかんだ。
「だって、嬉しいんだもの」
そう言うとルシアはリアムの体にぎゅっと抱き着いた。
「ずっと一緒にいてね。リアム」
「いいよ」
リアムもそっとルシアの体を抱きしめたが、すぐに体を離し、用意してあったルシアの上着を肩に羽織らせた。
「そろそろ体が冷えて来たようです。何か飲みますか?」
急に執事らしく戻ってしまったリアムに少しだけ寂しさを感じたが、さっきまでの不安はきれいになくなっていた。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
亡くなった王太子妃
沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。
侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。
王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。
なぜなら彼女は死んでしまったのだから。
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる