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第5話 訪問客
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翌日、朝からスチュアート家のタウンハウスは予定のない客を迎え賑やかだった。
ベンジャミン・パーカーである。
ベンジャミンは前触れもなく現れることが時々あった。
ルシアが留守にしていると、帰って来るまで待っているのだが、まるで我が家にいるようにくつろいで過ごしている。
かわいらしい見た目が武器となって、伯爵家の使用人たちもそれなりに歓待していた。
「ルシア、元気だった?」
「ええ、元気よ。昨夜会ったばかりよね?」
「あれからもう12時間は経っているよ。パーティーではいつの間にか帰ってしまって、ぼくすごく探したんだよ」
「そうなの?何か用だった?」
「何か用って、ダンスを申し込むために決まってるじゃないか。ぼくは初めてのダンスはルシアとって決めているし、ルシアの初めてのダンスもパートナーはぼくって決まっているだろ?」
ルシアは楽しそうにふふふ、と笑った。
「またそんな冗談を言って、ベンジャミンたら。好きな子のためにファーストダンスを取っておきなさいよ」
「だからルシアと踊りたいんだってば!」
「ふふふ、練習?」
そんなやり取りを間近で聞いていたステラは、不憫な者を見る目でベンジャミンを見た。
それに気が付いたベンジャミンは、頭を抱えて嘆いた。
「わー!そんな目で見るのはやめてくれ!同情するならルシアに説明してやってくれ!」
ルシアは小首をかしげてベンジャミンを見た。
「どうしたの?ベンジャミン。なんだか様子が変よ?」
「お嬢様、ベンジャミン様はこれが通常運転でございます」
ステラが言うと、まぁそうか、とルシアも納得するのであった。
「ルシアは昨日の騒ぎを知っている?」
「騒ぎって?」
「やっぱり。ルシアは騒ぎが起きる前に帰っちゃってたんだね。だって、会場にいたら騒ぎが何のことかわからないわけないもん。あのね、アンドレイ侯爵令嬢スカーレット様って知ってる?」
ルシアは自分がスカーレットに絡まれ、取り巻きの令嬢からワインを掛けられたことを言っているのかと思いドキッとした。
「え、ええ。知っているわ。ちょうど昨日、お話をさせていただいたの。アンドレイ侯爵令嬢様がどうかしたの?」
「それがさ、パーティーの途中でスカーレット嬢の髪の毛が燃えたんだよ!」
「髪が燃えた?」
「火が付いたのを見て、取り巻きの令嬢たちがあわててグラスの水を掛けたらしいんだけど火が消えなくて、さらにその令嬢たちにも火が燃え移って髪がちりちりに焦げちゃったんだよ」
「まぁ!お怪我はされなかったのかしら」
「それが不思議なことに、あんなに燃えたのに頭も顔もやけどはしていなかったみたい。まるで魔法の火みたいだったって。なんでも、ありもしない第二王子殿下との婚約話を勝手に広めていたみたいで、王家の影に罰せられたんじゃないかって、みんなが噂していたよ」
「え…?アンドレイ侯爵令嬢様とナリス王子殿下の婚約は内定しているとわたくしも聞いたわ?」
「そんな話はでたらめらしいよ。そんなわけで僕のルシアの髪が無事かどうか確認に来たのさ」
「わたくしの髪は無事だったわ。ありがとう、ベンジャミン」
その時、リアムがやって来て、ベンジャミンに告げた。
「パーカー子爵令息様、申し訳ありませんがお嬢様に来客です。今度いらっしゃるときは、ぜひお約束を結んでからおいでください」
ベンジャミンはルシアに謝った。たいして反省もしていない様子で。
「急に会いに来てしまってごめんよ。また来るね」
「ええ、気にしないで。せっかく来てくれたのに、たいしたおもてなしもできずごめんなさい」
「いや、いいんだ。ぼくが悪いんだから。じゃあまたね」
「ごきげんよう」
ベンジャミンが出て行くと、ルシアは不思議そうにリアムに聞いた。
「お客様って、どなたかしら」
「ノースポール男爵令嬢アリサ様でございます」
「ノースポール男爵令嬢様?どこかでお会いしたかしら?」
「昨夜、お会いしましたよ」
昨夜と言えば、父母と一緒にあいさつに回った中には、ノースポール男爵はいなかったはずだ。
他に会ったのは王家の方々とベンジャミン、それとスカーレット一味だけだ。
ということは、スカーレットの取り巻きの一人なのだろう。
「応接室に案内してあります。どうされますか?」
「会います。お茶を用意してちょうだい」
「かしこまりました」
ルシアはややこわばった面持ちで応接室へ入った。
アリサは椅子に掛けていたが、ルシアが入ってくるなり立ち上がり、丁寧にお辞儀をした。
ピンクブロンドの髪には見覚えがあった。
ワインをかけてきたスカーレットの取り巻きだ。
「突然の訪問をお許しください」
「許します。どうぞお掛けになってください」
「はい、ありがとうございます」
二人は向かい合ってテーブルに着いた。
アリサは同性のルシアから見ても、可愛い容姿をしていた。
ほわほわと揺れるピンクブロンドの髪。
長いまつげはくるりとカーブしている。
おっとりと見えるようでいて、意思は強そうな勝気な瞳をしている。
「昨夜はお召し物にワインをかけてしまい、申し訳ありませんでした。本日はお詫びに参りました」
ルシアが何も答えないうちに、リアムが程よく茶葉を蒸らしたティーポットを持って来た。
カップに注がれた紅茶の香りが、豊かに部屋に広がった。
ルシアは紅茶を一口飲んだ。
いつもの美味しい紅茶にほっとする。
カップをソーサーに戻して、ルシアはアリサを見た。
「お詫びとおっしゃられても…」
「本当に申し訳ありございません。ドレスは弁償させてください」
「そういう問題ではありません」
「ですが、せめてドレス代を弁償させていただかないと、私の気も済みません」
「あなたの気を済ますために、なぜわたくしが我慢しなくてはならないのでしょう」
「…それは!…仰る通りです」
アリサはうなだれた。
「そのように反省なさるくらいなら、あのようなことをしなければよかったのではなくて?一体、どんな理由でワインを掛けたのですか?スカーレット様に命じられて?」
「…いいえ。言い訳になってしまいますが、聞いてくださいますか」
「いいでしょう。聞きます」
ルシアは頷いた。
ベンジャミン・パーカーである。
ベンジャミンは前触れもなく現れることが時々あった。
ルシアが留守にしていると、帰って来るまで待っているのだが、まるで我が家にいるようにくつろいで過ごしている。
かわいらしい見た目が武器となって、伯爵家の使用人たちもそれなりに歓待していた。
「ルシア、元気だった?」
「ええ、元気よ。昨夜会ったばかりよね?」
「あれからもう12時間は経っているよ。パーティーではいつの間にか帰ってしまって、ぼくすごく探したんだよ」
「そうなの?何か用だった?」
「何か用って、ダンスを申し込むために決まってるじゃないか。ぼくは初めてのダンスはルシアとって決めているし、ルシアの初めてのダンスもパートナーはぼくって決まっているだろ?」
ルシアは楽しそうにふふふ、と笑った。
「またそんな冗談を言って、ベンジャミンたら。好きな子のためにファーストダンスを取っておきなさいよ」
「だからルシアと踊りたいんだってば!」
「ふふふ、練習?」
そんなやり取りを間近で聞いていたステラは、不憫な者を見る目でベンジャミンを見た。
それに気が付いたベンジャミンは、頭を抱えて嘆いた。
「わー!そんな目で見るのはやめてくれ!同情するならルシアに説明してやってくれ!」
ルシアは小首をかしげてベンジャミンを見た。
「どうしたの?ベンジャミン。なんだか様子が変よ?」
「お嬢様、ベンジャミン様はこれが通常運転でございます」
ステラが言うと、まぁそうか、とルシアも納得するのであった。
「ルシアは昨日の騒ぎを知っている?」
「騒ぎって?」
「やっぱり。ルシアは騒ぎが起きる前に帰っちゃってたんだね。だって、会場にいたら騒ぎが何のことかわからないわけないもん。あのね、アンドレイ侯爵令嬢スカーレット様って知ってる?」
ルシアは自分がスカーレットに絡まれ、取り巻きの令嬢からワインを掛けられたことを言っているのかと思いドキッとした。
「え、ええ。知っているわ。ちょうど昨日、お話をさせていただいたの。アンドレイ侯爵令嬢様がどうかしたの?」
「それがさ、パーティーの途中でスカーレット嬢の髪の毛が燃えたんだよ!」
「髪が燃えた?」
「火が付いたのを見て、取り巻きの令嬢たちがあわててグラスの水を掛けたらしいんだけど火が消えなくて、さらにその令嬢たちにも火が燃え移って髪がちりちりに焦げちゃったんだよ」
「まぁ!お怪我はされなかったのかしら」
「それが不思議なことに、あんなに燃えたのに頭も顔もやけどはしていなかったみたい。まるで魔法の火みたいだったって。なんでも、ありもしない第二王子殿下との婚約話を勝手に広めていたみたいで、王家の影に罰せられたんじゃないかって、みんなが噂していたよ」
「え…?アンドレイ侯爵令嬢様とナリス王子殿下の婚約は内定しているとわたくしも聞いたわ?」
「そんな話はでたらめらしいよ。そんなわけで僕のルシアの髪が無事かどうか確認に来たのさ」
「わたくしの髪は無事だったわ。ありがとう、ベンジャミン」
その時、リアムがやって来て、ベンジャミンに告げた。
「パーカー子爵令息様、申し訳ありませんがお嬢様に来客です。今度いらっしゃるときは、ぜひお約束を結んでからおいでください」
ベンジャミンはルシアに謝った。たいして反省もしていない様子で。
「急に会いに来てしまってごめんよ。また来るね」
「ええ、気にしないで。せっかく来てくれたのに、たいしたおもてなしもできずごめんなさい」
「いや、いいんだ。ぼくが悪いんだから。じゃあまたね」
「ごきげんよう」
ベンジャミンが出て行くと、ルシアは不思議そうにリアムに聞いた。
「お客様って、どなたかしら」
「ノースポール男爵令嬢アリサ様でございます」
「ノースポール男爵令嬢様?どこかでお会いしたかしら?」
「昨夜、お会いしましたよ」
昨夜と言えば、父母と一緒にあいさつに回った中には、ノースポール男爵はいなかったはずだ。
他に会ったのは王家の方々とベンジャミン、それとスカーレット一味だけだ。
ということは、スカーレットの取り巻きの一人なのだろう。
「応接室に案内してあります。どうされますか?」
「会います。お茶を用意してちょうだい」
「かしこまりました」
ルシアはややこわばった面持ちで応接室へ入った。
アリサは椅子に掛けていたが、ルシアが入ってくるなり立ち上がり、丁寧にお辞儀をした。
ピンクブロンドの髪には見覚えがあった。
ワインをかけてきたスカーレットの取り巻きだ。
「突然の訪問をお許しください」
「許します。どうぞお掛けになってください」
「はい、ありがとうございます」
二人は向かい合ってテーブルに着いた。
アリサは同性のルシアから見ても、可愛い容姿をしていた。
ほわほわと揺れるピンクブロンドの髪。
長いまつげはくるりとカーブしている。
おっとりと見えるようでいて、意思は強そうな勝気な瞳をしている。
「昨夜はお召し物にワインをかけてしまい、申し訳ありませんでした。本日はお詫びに参りました」
ルシアが何も答えないうちに、リアムが程よく茶葉を蒸らしたティーポットを持って来た。
カップに注がれた紅茶の香りが、豊かに部屋に広がった。
ルシアは紅茶を一口飲んだ。
いつもの美味しい紅茶にほっとする。
カップをソーサーに戻して、ルシアはアリサを見た。
「お詫びとおっしゃられても…」
「本当に申し訳ありございません。ドレスは弁償させてください」
「そういう問題ではありません」
「ですが、せめてドレス代を弁償させていただかないと、私の気も済みません」
「あなたの気を済ますために、なぜわたくしが我慢しなくてはならないのでしょう」
「…それは!…仰る通りです」
アリサはうなだれた。
「そのように反省なさるくらいなら、あのようなことをしなければよかったのではなくて?一体、どんな理由でワインを掛けたのですか?スカーレット様に命じられて?」
「…いいえ。言い訳になってしまいますが、聞いてくださいますか」
「いいでしょう。聞きます」
ルシアは頷いた。
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