上 下
5 / 58

第3話 左様なことが通用するとお思いで?

しおりを挟む
 一心にナリスを見つめていた幾人もの令嬢がこのほほ笑みを目撃し、声にならない悲鳴をあげた。

 その視線の先に一人の令嬢がいることがわかると、醜く顔をゆがめ、互いに目配せをする。

 そんな周りの様子に気付かず、ルシアはダンスが始まるまでスイーツでも食べようかと飲食コーナーに足を向けた。

 両親は社交のため、ルシアとは別行動となった。

「わぁ、リアム見て!とてもおいしそうだわ」

 嬉しそうなルシアにリアムは優しく頷く。

「緊張されていたので喉が渇いたでしょう。まずはこちらのお飲み物をどうぞ」

「ありがとう」

 ルシアはグラスを受け取ると、のどを潤した。

 いつの間に飲み物を用意してくれたのか。

 いつでも欲しい物を欲しいときに用意してくれるリアムは、本当に有能な執事だと思う。

(リアムは私の心が読めるのかしら?そういう魔術もあると聞いたわ)

 などとルシアが考えているうちに、リアムはルシアの好きそうなスイーツを皿にとりわけ差し出す。

「さあ、どうぞ」

「ありがとう。いただくわ」

 ルシアはフォークを手に取り、苺のケーキを一口食べた。

(さすがに王宮のスイーツはおいしいわ。普通の苺ケーキに見えるのに、なぜこんなに味が違うのかしら)

「リアム、わたくしが今、何を考えているかわかる?」

「そうですね。どうして王宮のケーキはこんなにおいしいの?ですか」

「やっぱり!わたくしの心を読んでいるわね?」

「いえ、そんなことはできませんよ」

 読心術など必要がない。

 長年共にいてルシアのことだけを見ていれば、ルシアの気持ちなど手に取るようにわかるというものだ。

 懐疑的な目をリアムに向けながらもぐもぐとくちを動かすルシアの前に、数名の令嬢が立ちふさがった。

 真ん中にいる紫色のドレスを着た令嬢がルシアを上から下までジロリと見ると、フッと鼻で笑った。

「あらあら、はしたなく食べ物を頬張っているわ。平民の娘が紛れ込んだのかしら?ドレスも…地味ね。そこのあなた、名を名乗りなさい」

 ルシアはきょろきょろと辺りを見回し、どうやら自分に言っているようだと確認し、令嬢を見た。

「初めまして。スチュアート伯爵が娘ルシアです」

 ルシアが名乗ると、礼儀知らずにも令嬢たちは自己紹介を返しもせず、ルシアを口々にののしり始めた。

「たかが伯爵家の娘がナリス様に色目を使うなんて信じられないわ。無礼ですよ!」

「ナリス様はこちらにいらっしゃるスカーレット様と婚約することが決まっているのよ。パーティーに招待されたからと言って、婚約者候補になれるかもしれないなどと勘違いしてはダメよ」

「そうよ。あなたは知らないでしょうから教えて差し上げてよ。スカーレット様はもう王子妃教育も終えられて、正式に婚約が発表されるのを待っているところなのよ」

「おわかり?つまり、今さらナリス様をたぶらかして横取りしようとしても無駄ということよ」

「いやだわ。まさか本気で横取りできるとお思いなの?」

「あらあら、ろくに口がきけないようね」

「本当に。こういうのを愚鈍というのではなくて?」

 くすくすと感じ悪くあざ笑う声が全員から漏れる。

 ルシアは突然のことに訳も分からず、困惑して立ち尽くした。

 すると、ルシアの前にスッとリアムが出て、ルシアを背に隠した。

 恐ろしく容姿のよいリアムに、令嬢たちは息をのむ。

「アンドレイ侯爵令嬢スカーレット様、これは一体どういうことですか」

 リアムに名指しされたのは、リーダー格の紫色のドレスの娘である。

「あら、わたくしはお名前をうかがっただけよ」

「名乗りもせずルシアお嬢様を愚弄する言葉の数々。無礼なのはそちらでは?」

「格下の伯爵家にこちらが名乗る必要がありまして?」

「最低限の礼儀ですよ。それに、そちらのご令嬢方は我が伯爵家より格の劣る家名と存じますが」

 そう言ってリアムは、スカーレットの取り巻きの令嬢たちに視線を移す。

 取り巻き立ちはふてぶてしく笑った。

「わたくしたちは、スカーレット様の傘下にある者よ。スカーレット様より格下の者はわたくしたちにとっても格下でしょう?」

 リアムはその言葉を聞いて、酷薄そうに笑った。

「左様なことが通用するとお思いで?エジンバラ子爵令嬢アントワーヌ様」

 まさか身バレするとは考えていなかったのだろうか。

 アントワーヌは顔色が悪くなった。

「だいたいあなた、何者なの?!」

「私はスチュワート家第二執事のリアム・ロードでございます」

「使用人のくせに偉そうな口をきかないで!」

「主人を攻撃されて黙っているような使用人はおりませんよ。サンシール男爵令嬢ベラ様」

 やはり名を呼ばれて、ベラも顔を引きつらせる。

 しかし、スカーレットが守ってくれると信じているため、強気な姿勢は崩さない。

 周囲には騒ぎを聞きつけてチラチラと見物している人が増えてきていた。

 ようやく状況が飲み込めたルシアは、事を収めようと、リアムの腕をそっと引いた。

 リアムはルシアの意思を尊重して、スッと身を引いた。

「スカーレット様、わたくしはナリス第二王子殿下の婚約者候補になることなど、望んでおりません。そのような家格にないことはわきまえております。スカーレット様が婚約者に内定されていることは存じませんでしたが、なにかご不快にさせるようなことがあったのでしたら謝罪致しますわ」

 見物人がざわついている。

 スカーレットが婚約者に内定しているという情報は誰も知らなかったからだ。

 なぜならそのような事実がないからである。

 スカーレットもさすがにまずいと思ったのか、持っていた扇子を広げると口元を覆った。

「わかれば結構。これで失礼いたしますわ」

 そう早口で言って、くるりと身をひるがえした。

 取り巻き達も慌ててスカーレットに続いた。

 なんとか事が収まり、ルシアはほっと一息ついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 完結まで執筆済み、毎日更新 もう少しだけお付き合いください 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

処理中です...