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第51話 平和な日々
しおりを挟む慮淵に仕えながら命令外の行動を取った裏切り者が、上皇につながっていることを突き止め、別荘地のあるこの町へと急ぎ兵を連れて来た。
途中で爆発音がしたと思ったら、天候が急に悪化し、何やら不穏な空気を感じ焦りながら来てみれば、町を望む森は暴風になぎ倒され無残なありさま。町にも大きな被害が出たようだ。
爆心地と思われる場所には、蒼月がどうやら無事に囚われた少女を救い出し佇んでいる。
「先を越されてしまったようだな。蒼月殿のあの剣幕では、致し方ないか」
慮淵がそうぼやく傍らで、護衛の男が素っ頓狂な声を出した。
「サク!サクではないか!このような場所で何をしているのだ!」
名を呼ばれたサクは、驚いて振り返り護衛の男を見る。
「お父ちゃん!」
「お父ちゃん???」
慮淵は目を白黒させてサクを見る。そう、護衛の姿に身をやつしていたのは、慮淵と共闘の立場にあるサブロであった。
「なに?では、攫われたというこの娘が舞才人の…」
ごにょごにょと小声でこぼれた言葉は、誰の耳にもとどかなかった。サクは蒼月から離れ、サブロのもとへ駆け寄った。
「お父ちゃん!良かった。ヤタガノに帰ったらお父ちゃんがいなくなっていたから、私、探しに来たのよ。どうして黙って行ってしまったの?心配したんだから!」
「…悪かった。父母に会いたかったのだ」
「私にはおじいちゃんとおばあちゃんがいるのね?知らなかったよ!私にはお父ちゃんしか家族はいないって思ってたわ。どうして今まで教えてくれなかったの?」
「いや、事情があって…」
「お父ちゃんの馬鹿!何も言ってくれなかったら、何もわからないままじゃない!私だってもう子どもじゃないのよ。本当のことを教えて!」
「あ、ああ。わかった。これからはなんでも話そう」
慮淵は非常に複雑そうな表情でサクを見つめた。マウキにそっくりである。そして、やはり弟の面立ちにも似ている。
(ここに伯父さんもいますよ…と。言えたら良かったが)
言わぬ約束であるし、それがサクのために良いと慮淵は口を閉ざした。
蒼月がサクを大切に思っていることは一目瞭然。
(朱雀国の宋蒼月が守るのなら、姪の身の安全も保たれることだろう)
いつの間にか暗雲が晴れた空は、真っ赤な夕焼け空であった。
「それじゃ、お父ちゃん。もう行くね」
あれからサブロと共にヤタガノ村へ戻って来たサクは、数日の親子水入らずを終え、再び王都へ出発しようとしていた。
ヤタガノ村へ戻る途中、サブロの故郷へも立ち寄った。移動の道すがら、サブロからすべての真実を教えられたサクは、サブロと血のつながりがないことも知ったが、それでもサブロの愛情を疑うことはなかった。
しかし、初めて会うサブロの両親には、どう接していいのか、戸惑いがあった。マウキのためにサブロも、サブロの家族も、人生が狂わされた。そのマウキにそっくりな自分が、サブロの家族に受け入れられるとは思えなかったのだ。
そんな心配は、しかし杞憂であった。サブロの両親は、サブロの罪が帳消しになったことに涙を流して喜び、サブロが守り育てて来たサクを歓迎した。本当の孫のようにサクを慈しんでくれる義祖父母に、サクは深々と頭を下げたのだった。
ありがとう、嬉しい、ごめんなさい。
そんな気持ちがぐちゃぐちゃになって、たくさん涙がこぼれたサクを祖父母は抱きしめて、なぐさめてくれたのだった。
ヤタガノに戻ってからは、一緒に住んでいたころのように、ただ平和でなんでもない日々を過ごした。
サブロは狩りに出かける。サクは荒れてしまった庭と畑の手入れをする。夜になる前に夕餉を作り、サブロの帰りを待つ。サブロは帰ってきたら獲物の処理をするから、サクはその間に湯を沸かし、汚れた体を洗い流せるように準備をする。
こうして十五年間、二人は生活してきた。とても懐かしく、長い空白を感じずにスッと戻れることの安心感もあった。それでいて、過去のままではない。
サクには愛する人ができた。このヤタガノ以外の場所で、愛する場所ができた。王都でサクを待ってくれている人がたくさんいる。成し遂げたい夢もできた。辛い出来事も、ヤタガノで癒され、王都へ帰りたいとサクは願うようになっていた。
そんな頃に、たたらの里へ行っていたライと凛音が戻って来た。無事に里長に結婚の許可をもらえたようだ。
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